第11話 怒り・別れ・帰り道

人里離れた森の奥深くで3年過ごした男の殺人告白を俺は黙って聞いていた。風が温められて森の空気を運んで「ざわわ」と鳴る。


「まあ、いろんな偶然が重なった結果なんだけどな」

「偶然で人を殺すのか?」

「まさか!殺意はなかった」

「でも殺した」

「ちょっと金を借りようと思ったんだ、森に住むためにもいろいろ欲しかったしな」

「家族を放り出してまでやることじゃないだろ」

「最初は数か月だけの計画だったんだ、でも殺してしまった、ほとぼりが冷めるまで森の中にいようと思ったんだ」

「それで3年もここにいるのか?」

「極道連中が血眼になって俺を探しているしな」

「レイナのことは心配じゃなかったのか?」

「心配だったさ!でも毎日家に極道がやってくるんだ!俺はいないほうがいい!」

「はぁ・・・・・・・」


この馬鹿な父親に俺は溜息しか出なかった。でも、言わなければいけない。それは俺の役目だろう。


「レイナな、いじめられてるぞ」

「・・・・・・」


浩輔はくっと顔をしかめて下を向いた。自分のアホさにやっと気づいたらしい。


「そうとう陰湿で、自殺してもおかしくないようなヤツだぞ」


今度は顔を上げてこっちを見た。目には怒りが生まれている。


「性的なヤツだぞ」


浩輔が獣になってこちらにつかみかかってきた。怒りで激高している、が、俺は満月のような冷たさでやつを見上げている。もう、何も言うことはないからだ。


怒り、悲しみ、怒り、後悔、怒り、懺悔、怒り・・・・


浩輔の表情からさまざまな感情がシェイクしているのがわかる。殴るなら殴れ、殴られるぐらいしかやってやれることがない。


「ウォオオオオオオオオオオ!!!!!!」


と獣の叫びを吐き出して浩輔は俺に覆いかぶさってきた。ぐっ!ぐぅっ!と涙を必死にこらえている泣き方だ。


浩輔の感情が収まるまで、俺は2chのまとめサイトで知ったさだまさしの「償い」という歌を頭の中で歌っていた。この歌の主人公に比べれば、浩輔のやっていることは甘い。


やがて浩輔が感情のコントロールを取り戻した。

「あぐっ・・・すまない・・・・アンタ申し訳ないが、1人で山を下りてくれないか?」

「レイナをほっておけないだろ、それにガソリンがない」

「レイナはしばらくここにいればいい、ガソリンに関しては大丈夫だ」

「食料はあるのか?ガソリンはほとんど空なんだ」

「食料はある、アンタのテントを使わせてもらえば大丈夫だ、ガソリンはほとんどいらない」


そういって浩輔は地図を取り出した。なんと!紙の!国土地理院のHPからダウンロードした詳細な1/45000の地図にはスマホのマップにはない分岐路まで書き込まれていた。


「いいか?ここからすぐの山頂まで上れば電波を拾える、ドコモかAUならな、そしてそこからまっすぐ南に突っ切るんだ、ヒグマの獣道がある、セローならなんとか通れる道だ、そしてこの崖に注意して稜線を東に、ほとんど平均台みたいな稜線だがスピードがあれば渡れる、その平均台を超えれば徒渡だ、この時期なら渇水しているからぎりぎり渡れる、スピードを殺すなよ、その川沿いに秘湯があって温泉マニアが作った道がある、2mぐらいの崖は下れるか?そこを下れば国道まではすぐだ」


正確に書き込まれた地図を見ると、何とか行けそうな気がした。1人で、荷物をほとんど下した状態なら行けるかもしれない。いや、行こう。


「わかった、レイナはいつ迎えにくればいい?」

「メールするよ、アドレスを教えてくれ」


と驚いたことに浩輔はスマホを取り出した。あ、そうか、電波が通じるところがあるのか、バッテリーは太陽電池があればいいしな。


「じゃ、行くよ」


通れは立ち上がった。


「悪いな」


と浩輔は見送ってくれた。セローにGIVIケースを取り付けて、俺に地図をくれる。


「次はゆっくりしていってくれ」

「ん」


俺は急いでセローを動かし、残り少ないガソリンで山を登る。レイナが起きだしたのだ。父娘の感動の対面の場所に俺はふさわしくない。


アクセルをひねると、すぐに山頂についた。山頂は畳1畳ぐらいの岩のピークで、セローにまたがっていると高度館にぐらぐらしそうになる。


俺はスマホを取り出した。確かに電波がある。俺はジジイに電話して秘湯のことを聞いた。「知ってる」ということだった。そこから国道に向かうと伝える。「わかった、待ってる」とジジイは言った。多分待っててくれるだろう。


そこからゆっくりとセローは落ちていく。岩のピークは終わりハイマツの低い樹木地帯に入る。タイヤぐらいの高さの松が行く手を遮る。ただ、1か所だけ、何者かに踏まれて、草を食べられて作られた道がある。


タイヤがはまってしまわないように注意しながら、微妙なアクセルコントロールでハイマツ地帯を抜けた。ここから1人用のテントのように稜線が左右に広がっていて、その中心に細い細いリッジの稜線が伸びている。


ヒエッ・・・


と一瞬クラクラしてしまった。だが、進むしかない。覚悟を決めると。


ドロッ


としたアドレナリンが出てくるのがわかる。


俺はできる。


バイクに乗ることが俺の仕事だからだ。


岩の稜線は障害物もないかわりに、足の置き場もない。だから停車しようとしてしまうと、どちらかの足を地面につかなければならないが、その地面は10mほど切り立った崖になっている。


止まったら落ちる


だから前進するしかない、ジャイロだ、運転免許を取得した時のことを思い出せ。


下を見るな。見たら落ちる。


前を見ろ。ブレーキを握るな。バイクと一体になれ。


アクセルはアイドリングのままで、岩の平均台を進む。


やや下りになっているので、ニュートラルのままでも加速する。だが、俺はセカンドにコクン!とギアを入れてアクセルを回した。


下りの加速以上に加速する。


そうしてやっと自分にコントロールする権利が得られる。


主導権だ、環境に流されている奴に自分をコントロールすることはできない。


アドレナリンのラッシュで俺は笑顔だった。笑っていたかもしれない。だからリッジが終わり、空を飛んで、2mほど下の地面に着地したときもテンションがヤバかった。


セローのサスペンションが最後まで沈み、そしてショックを吸収した。もうちょっとハードにしていたらジャンプしていただろう。


このころには俺は確実に笑っていた。


「ひゃああああああああ!!!!ははははははは!!!!!」


といいながら川に突っ込んでいった。もう勢いしかない。だからもし水深が深い場所があったらそこまでだったろう。


いや、わからない。ひょっとしたらかなり深い場所もあったようにおもう。でも俺はハイテンションで最後のガソリンを使ってエンジンをブン回していたから、キューブタイヤが水を掻いて推進力を得ていたはずだ。


川を渡り切ってやっと止まった。エンジンから揮発した川水が水蒸気となって俺の身を守っている。


それを見ていた秘湯マニアが「おおー!!!」と声を上げた。その声で秘湯の場所を把握できた。


見上げると、さっきまでいた山頂が見える。小さなピークだった。あそこから落ちるように走ってきたのか・・


体がジーンとしびれてくるのがわかる。なんで俺は感動しているんだ?


ああ・・生きてるからか。


よく生きてるなあ。


ははっ、まあ生きるか。


国土に続く道はすぐに見つかった。地図を一応見返して間違いないことがわかる。


斜度がキツイ坂をウネウネとs字を切っている道。この道沿いにおとなしく走ってしまえば、俺のガソリンは確実になくなる。というか、そろそろ終わりそうだ。


だからまっすぐに突っ切った。道と道の段差は2mほどだが、さっきの稜線ジャンプで俺は気持ちが出来上がっているので問題ない。


「ほっ」


と空中に飛び出し


「でしん!」


と着地する。


そしてまた「ほっ」とアクセルをふかして落ちる。「でしん!」と着地する。衝撃はかなりの物だが、サスペンションと膝で殺せる。


俺は殺しまくって、落ちまくった。


やがて平坦な林道になり、セローは「ぐうぅぅん」とガソリンを食いつくした。クラッチを切って残りの推進力を使い切ると、目の前には国道とポルシェに乗ったジジイがいた。


「よう」とジジイは言った。

「おう」と俺は答えた。

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