第10話 理由・GIVI・札束


3年間森の中で生活すると、人間と言うのは自然に還っていくようだ。森の中から現れた浩輔は髪の毛とヒゲはボサボサに伸び、服はかつてシャツだったものとかろうじてわかる土色に汚れまくったもの、ここでは迷彩になっている。つぎはぎだらけのジーンズだったものはかろうじて陰部を隠しているだけの布にすぎない。


「娘は・・・まだ寝ているか?」

「ああ」

「よかった・・こんな姿は見せたくない」

「どんな姿でも構わんが、俺はお嬢さんに頼まれてここまで来たんだ、会ってやれよ」

「冗談言うな、服だって久しぶりに着たんだ」

「会ってやれって、なんならいまここで起こしてみるか?」

「よせ!・・・・・」


娘に会うことを極度に避けている父親。誰もいない森で3年も生活した生命力はすごいと思うが、1人の人間としてはどうなんだ?俺は浩輔を見下し始めていた。


「こっちにこい」


と浩輔が娘から離れていく。俺は寝ているレイナから離れて浩輔の後をついていった。10mほど離れた白樺の木まで行くと、俺は浩輔に首根っこを捕まれて白樺に叩きつけられた。浩輔の手にはバイクのスポークと思われる鉄の細い棒があった。


「おまえ!何者かしらないがとっとと消えろ!!」

「ガソリンが無いんだよ、途中でガス欠して死ぬ」

「歩けよ!」

「食料もそんなに無いんだ」

「俺のを分けてやるからよお!」

「何をそんなにおびえているんだ?」

「うるせえ!」

「シャブは抜けたんだろ?」

「ここでは生きていくだけで精いっぱいなんだよ!」

「娘に会うぐらいはできるだろ?」

「できるかよ!俺はもう死んでるってことにしてくれよ!」

「あは!無理だよ!目撃されてんじゃん」

「くっそ・・お前なんなんだよ」


俺はジジイの名前を出して「こいつを預かってる」と胸ポケットから封筒を取り出した。浩輔はジジイの名前を聞いて、おとなしく封筒を手に取り、中の手紙を読みだした。俺は遠慮なく彼に質問を浴びせかけた。


「それにしても、よく生きてたよなあ、冬とか寒いし雪しかないだろ?」

「なんとかなるよ、冬は肉も長持ちするし」

「食い物はどうしてる?ハンティングとかしてるのか?」

「バイクをばらしてスリングショットとか簡単な罠を作った」

「へえ、火は?毎回木の棒をスリスリ摩擦で起こしてるのか?」

「最初はライターがあったし、無くてもバイクのプラグとキックで何とかなる」

「熊とかに襲われないのか?」

「距離感を持てば大丈夫だ」

「そうか、でもやっぱ寒さだよな、マイナス20度とかになったら死ぬだろ?」

「毛皮と、少しの薪があれば大丈夫だよ、大きなウロがあるんだ、そこに枯草を敷き詰めて冬を越している」

「ヒマで死なないか?」

「スリングショットで鳥を落としたり、毛皮をボルトやナットでつなぎ合わせたり、生きるためにやることはいくらでもあるよ」


話をしながら浩輔は3度ほど手紙を読み「そうか・・・」と目をつぶった。目をつぶると土人形のように見えた。


「待っていてくれ、GIVIのケースを持ってくる」


と森の中に消えた。


GIVIのケース?


何のことだ?


手紙には何が書いてあったんだ?


くそ、あいかわらず俺は小間使いだ、肝心なことは何も知らせてくれない。


・・・いや、そもそも聞いてないのが悪いんじゃないか?


ジジイに俺は聞いたか?もっと深いことまで疑問に持つべきじゃないのか?


ジジイが動いたのは本当にスエ子との友情が原因なのか?


そこになんらかの利益があったから動いたんじゃないか?


浩輔は森に生活するつもりでやってきたんじゃないか?


なんのために?


もちろんシャブを抜くために。


だったらそうゆう施設でやるのが一般的じゃないのか?


どうしてそうゆう施設に行かなかったんだ?


考え事をしていたら浩輔が戻ってきた。手には工具箱ぐらいのGIVIケースが握られている。「見つからないように埋めておいたんだ」とこちらに渡してくる。「でも水は入っていないはずだ、頼むぞ」「頼まれても困る、なにも聞いていない」「いいからあの人に渡してくれ」とジジイの名前を言う。


「ジジイのことを知っているのか?」

「おふくろとの古い友人だが、俺とも長い付き合いがある、恩もすこしあると思う」

「なあ、どうしてこんなところに逃げてきたんだ?」

「聞いただろ?シャブを抜くためだ」

「町の施設じゃだめなのか?」

「だめだ、ある理由で追われている」

「その理由ってなんだ?」

「お前には関係ないし、聞かないほうがいい」

「関係ない?ここまで来たのは俺だけだろ?」


・・・・


しばらく見つめあう。浩輔は品定めをするような目つきでこちらを見てくる。


「・・・そうでもない、これまで大勢でやってきたことがある」

「へぇ、それも初耳だ」

「オフ車数台でチームを組んでな」

「見つかったのか?」

「まさか、あんなバカでかい音をたてて、この森で俺が見つかるかよ」

「じゃあ、俺もあっさり見つかったんだな」

「ああ、娘がいなけりゃ出てこないって」

「・・どうして、そんなに人におびえているんだ?」


・・・・


ふたたび沈黙。しつこいかもしれないが、俺は理由が知りたい。


「・・・そのケースを開ければわかるよ」とGIVIのケースを指さした。

俺はケースを開ける。鍵は刺さっていたのでそれを回すと「ゴリ」っと音がして回った。黒い箱が開かれる。


中にあったのは小分けされた白い粉だ。かなりの量。スーパーで売っている小麦粉の1㎏の袋2個分ぐらいある。


それと札束が4つ。


俺は驚いて浩輔を見た。


「盗んだんだ、売人を殺してな・・」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る