第9話 消失・推理・発見

翌朝起きると、レイナが消えていた。


狭いテントでくっつきあうように寝ていたのに、まるで煙のように、いや、煙になったとしても気づくぐらいの距離だったのに消えた。言い訳させてもらうと昨日は泣きじゃくるレイナを慰め、すっかり夜になって枯れ枝もなくなってしまって「さあ、寝るか」と歯磨きをしながら空を見上げたら「ごっ!」とむせこんでしまうぐらい星がキレイで、これにはレイナもすっかり心を奪われて「凄いところだね」「うん、凄い」と共感したあとで寝袋に潜り込んだら、疲労がどっとやってきて泥のように眠ったから・・・いや、言い訳は後だ。


まずは外に出る。外に出たらレイナがすでに起きていて「おはよう、もういいから帰ろう」とにっこり笑顔で言ってくれたらいいなあ・・・って思っていたんだけどそんなことは無くて、昨日のキャンプ跡がそのまま残っていただけだった。


体からサーッと血の気が引いていくのがわかった。レイナが消えた?うん、間違いなく消えた。ああ、こりゃ消えた。そうだね、間違いなく消えている。俺に相談もなく消えてんね。脳内会議で、12人の評議員が結論「消えた」。


そうか、消えたかぁ・・


俺は歯を磨きながらしみじみ思った。今日も快晴で目の前には無限の森が広がっていて、鳥はすでに活動を始めていて、太陽に照らされた部分から夜露が蒸発してそこから虫たちが動き始めている。ムッとした大型の野生動物の気配もする。きっとこちらを警戒しているんだろう。


いつ、消えたんだろ?


時間を確認すると午前6時35分だった。昨日寝たのは午後8時ぐらいだったから9時間以上寝ていたようだ。レイナがその気になったら俺が寝込んだのを確認してから動き出して、すでに8時間以上移動しているかもしれない。


だが、俺はこの可能性を捨てた。いくらヘッドライトがあったとしても始めてきた道を一人で歩くのはムリだ。なぜなら心細いからだ。いま、レイナが消えて俺が感じているのも心細さだ。


うおおお!ヤバイ!たった1人になってしまったぞ!


落ち着け!とにかく現状の確認だ。だからレイナは明るくなってから動き出したに違いない。日の出は4時だが、明るくなるのは4時過ぎから5時。多分動き出してから1時間ぐらいしか経過していない。


うん、追いかけよう。道は1本しかない。


そしてレイナがどちらに行ったのかは分かってる。


***


セローでさらに森の奥に向かって走り始めるj。もはや道というより、かつて道だった跡、という林道を走る。草はぼうぼうと生えまくっており、もはや木になっているやつもある。枝はかなり低い場所から道に張り出しており、太陽の光をより得ようとしていた。


こんな道を走ったのか?レイナ。


なぜだ?俺がいやなのか?


頭の中でレイナの思考を追う。何もわからない。道はぐいぐいと上り始め、岩や倒木や崩落路もあり、その末に小さなピークに到達した。まるで登山道だ。山頂は広場になっていて、テニスコートぐらいの草地が広がっていた。


そこにレイナはいた。横たわって寝ていた。

レイナの横にはジェベルがあった。錆びて朽ち果てたバイクの成れの果てだった。


俺はセローを止めてレイナのところに駆け寄る。気を失ったように寝ていた。


「・・おとうさん」


と寝言を言っている。


俺はレイナが生きていることに安堵し、全身の力が抜けていった。


それにしても、キャンプからセローで10分は駆け上ったように思う。細い足で、夜明け間に動き出さなければここまでこれなかったろう。


なぜ、勝手に動き出したのか?


俺には1つの仮説が浮かび上がってきた。レイナは動き出したのではない、動かざるを得なかったのだ。


・・

・・・


聞こえてくるのは鳥の声と風の音。何かを考えるには最高の環境だ。


・・

・・・


なぜ、動かざるを得なかったか?


・・・


答えはわかっている、その答えを呼ぼう。


息を大きく吸い、でかい声で叫んだ。


「浩輔ぇえええ!!!!!出てこおおおい!!!!!娘を殺す気かぁあああああああああ!!!!!!!」


鳥がギャーギャーと飛び立ち、空気が揺れた。


・・

・・・


何かが動いている気配がする、その気配はこちらを見ている。慎重に、姿を現さない。


俺はもうやることがないから考えた。仮説の補強だ。


つまり、レイナは父親の姿を見たのだ。だから追いかけざるを得なかった。


どこで見たのか?俺たちのキャンプに浩輔がやってきたのだ。


なぜやってきたのか?おそらく父親はどこかでレイナを見てしまったのだ、だから確認しにくるしかなかった。


対面、何かを感じて起きだしたレイナ、ヘッドライトと月明かりに照らされた父親の姿。


覚せい剤をやって家族を壊してしまった男、追いかけてきた娘、遠くで確認するだけのつもりだったはずだが、ばったりと顔を見合わせてしまった。思わず逃げてしまう。


3年間森で過ごした男と、普通の女子高生、捕まるはずもない。娘でなければ。ちょっと道を外れてしまえば足場はなくなる。なれた者でなければ獣でも足を滑らせるのだ。後ろをチラチラと確認しながら逃げる。追ってくるな・・・と願う。だが追ってくる。やはり転ぶ。そして、娘をここまで運んでくる。


俺はそこまで考えて、ハッ!とレイナの頭を確認した。目立った外傷は無いが、こめかみのあたりが赤く腫れている。ふぅと安堵した。


「これぐらいなら大丈夫だ、問題ないよ」俺は言った。

「そうか・・・安心した」と浩輔は答えた。

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