第8話 キャンプ・告白・獣の夜
林道の最終地点まで到達した。
そこは車が転回できるように丸く整地されていて、キャンプする場所としては最適に見えた。
「絶対に帰らない」
というレイナを説得したが、すべての言葉は彼女に届かなかった。何を言っても「べつにっ!死んでもいい!」と貝殻のように閉じ困ってしまう。それならばせめて、キャンプができる場所まで行こう・・となったのだ。
1泊分の装備はあった。2人用の小さなテントは、2人で寝るとまったく余計なスペースが無くなってしまうサイズで、これがエッチな展開というやつか・・・とここに来る前はドキドキしていたんだけれど、実際にシクシクとさめざめ泣き続けるレイナちゃんを前にそんな気分にはとてもじゃないけどならないのだった。
お湯を沸かしてインスタントラーメンを作り、レイナちゃんに渡す。それをモサモサと食べている彼女を見ながら俺もラーメンを作る。
ここはいったいどこだろう?
東大雪の深い深い森の中
とだけしかわからない。スマホを見ると、GPSは
「東大雪の深い深い森の中です」
と教えてくれる。つまりは役に立たないのだった。もちろん電波も通じていない。
俺はあきらめてスマホの電源を落としレイナちゃんを見た。キレイな女の子だ。泣きはらしている大きな瞳と、白い肌と、小柄な体、よく手入れされた髪、マクドナルドあたりで良く見る高校生という感じ。んで、一緒にいる男子はだいたいレイナちゃんを狙っていたり、狙っているけどなにもできなかったり、レイナちゃんはそれを待っているけど何もしてこないことにもどかしさを感じていたり・・・とか妄想させるようなよくいる高校生の1人という感じだ。
だが、話をしてみるとその印象は崩れる。
レイナちゃんは吃音を持っていて、上手く人としゃべることができない。特に初対面の男性には壊滅的で、est!で話を聞いたときは「あっ・・・・でも・・・・その・・・・・!」という言葉の後にかろうじて意味のある文節が続くのだった。
そんな彼女があやしいオッサンに連れられて、あやしい餃子カレーbarのお兄さんのバイクに乗って、こんなヤバヤバな森の中にやってきたのは奇跡だ。彼女の意志が起こした奇跡。
本来引っ込み思案の彼女の、噴火のような強い意志。それにジジイも、俺も動かされている。
だから「帰らないっ!」と彼女が宣言するならば、もう帰れない。
適当に枯れた枝をかき集めて、火を起こした。寝袋の下に引くための断熱マットを椅子にして、彼女と焚火を並んで見守る。焚火は良い。あっという間に時間が流れて、気が付けば日が落ちていた。俺はコーヒーをズズズと飲みながら、どうやって帰るか考えていた。
セローのガソリンが尽きるまで森の奥に走ったとして、どれくらいの距離になるんだろう?オンロードならガソリン満タンで航行距離200㎞は走れるセローだが、タイヤの空気圧を落とし、倒木や崩壊路を乗り越えてきたのだから100㎞も行ってないはずだ。だから100㎞の道を歩くことになる。
「100㎞か・・・」
と俺はつぶやいてしまった。そんなに歩けるんだろうか?何日かかるんだ?食料はどんなに見積もってもあと2日分しかない。つまり1日50㎞歩けばなんとか帰れる。国道まで出れば車が走っているし、電話がつながる場所まで行けるはずだ。
「でも、50㎞って・・・」
歩けるのか?そんな距離を?レイナを連れて?24時間テレビの100㎞マラソンとかでも必死でやっているじゃないか。
「ムリだな・・・」
今引き返せばなんとかなる。トリップメーターで89km。ガソリンが尽きるまで戻って、予備タンクの2リッターがあれば国道まで戻れる。次はもっと大きな予備タンクを積んでくればいいだけの話だ。
そうだ、そう言って説得しようとレイナちゃんを見たら、レイナちゃんはこっちを見ていた。焚火に照らされた白い肌と、強い意志を持った大きな瞳に驚く。
「何?」「帰らないから」「でもさ、今なら無事に帰れるし、今度はもっとガソリン持ってくればもっと奥まで行けるから・・」「帰らない!」「だからね!」と強い口調になってしまった。また彼女を驚かせてしまう・・と一瞬後悔したが「いや!!」と戦う顔をして反論する。
「なんで・・・・・そんなに帰りたくないの?」
「あんな場所・・・あんな街・・・」
「まあ、否定はしないけどいいとこもあるじゃん、動物園とか・・・」
レイナが大きな目をさらに大きくさせ、怒り、を俺にぶつけてきた。
「だから!イジメ!!られてたのっ!!」
「ああ・・・」
「あんなやつら!!バカども!!オナニーしろとか!!!殺してやりたい!!!!」
「・・・・」
「カッターで!!一度切ってみた!!最初すっごいビビって!!あはは!!それから変なキモイ上級生の男子やってきて!!!」
「もういいよ」
「変な臭いたまり場につれてかれて!!!!回されて!!!なんどもイヤって言ったのに!!言ったのに!!!!」
「わかった、ごめん」
「ほんっとどうしようもない街!!おばあちゃんと一緒に学校にも言ったけど!!あいつら自分のことばっかり!!死ね!!死ね!!!死ね!!!」
「そうだね、殺したほうがいい」
「うわあああああああああああん!!!!!!」
とても大きな声で獣のようにレイナは泣いた。そのおかげか、夜は野生動物に襲われることなく眠ることができた。
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