第7話 出発・林道・かまわない
出発前日。俺は悩んでいた。パッキングが決まらないのだ。
セローに荷物を載せて、イイ感じに収めることができない。
車と違い、積載量の限界はすぐにやってきた。
2人分の水
行って帰ってこれるだけの補助燃料タンク
2日分の食料と調理器具
テントと寝袋
ここら辺が必要最低限
ここからさらに
灯火類とバッテリー
道が崩壊していた時に役立つ折り畳みシャベル
崖を這い上がるときに必要になるロープとハーネス
レイナの着替えやタオル
怪我をした時のエイドセット
これらをセローに搭載するために、俺はGIVIというブランドのハードケースを買った。結構な値段がしたが、ジジイをこれ以上頼りたくなかった。背景が胡散臭すぎるからだ。
「「覚せい剤は本当に悪なのか?」」
「「シャブが無ければ家族を守れなかったじゃないか」」
「「中毒になってでも家族を守りたいって気持ちがわからないのか?」」
ジジイの言っていることはわかる。
だが、どうしても腹の奥に落ちてこないのだ。言葉を消化できない、頭で理解できても、深く納得することができない。消化できないピンポン玉を呑み込んだ気持ちだ。
でもレイナちゃんの気持ちに答えたい。それはシンクロしている。ジジイも俺も、この女の子の前から消えた父親の後を追う手伝いをしてあげたい。たとえ死体になっているとしても、それはそれを見ることで納得して、レイナちゃんの今後の人生を歩みだすきっかけになるだろう。
GIVIのバックを3つ、リアに積載することでパッキングはおさまった。さらに60リットルのザックをしばりつけることで余裕さえ生まれた。これなら、山奥でセローが止まっても歩いて帰ってこれるはずだ。
出発の日は晴れの日にした。3日間は晴れ続ける予報だ。
ジジイは自分の運転するポルシェスパイダーで林道の入り口までついてきた。それまでレイナちゃんは助手席に座れるし「こんないい天気にツーリングしない手はないだろうよ」と楽しそうだった。林道の入り口は東大雪の深い森を分断する1筋の道路のそばにある。俺もセローを運転しながらツーリングを楽しんだ。
先行するジジイのポルシェが止まる。そこから小川沿いに林道が伸びている。
「ここだ」と車から降りてきたジジイが言う。「この奥が例のポイントだ」「何キロぐらいある?」「メーター読みで30キロ、だが途中から崩落や倒木が続くから燃料はギリギリだ」そう言ってポルシェから予備ガソリンタンクを下ろし、セローに給油した。
タイヤの空気圧を落とし、リアステップを開く。レイナちゃんがそこに足をかけ、リアシートに座った。「・・・高いっ!」と驚いている。「乗り心地は良くないけど、まあ我慢してよ」と俺もシートをまたいだ。背中に女子高生のふくらみは期待できない。なぜなら、彼女は転倒したときのために強化プラスチックの入ったジャケットを来ているからだ。
「まあ、バイクに関しちゃコイツは大丈夫だからよ」とジジイがレイナちゃんに声をかける。「はっ!まあ確かにな」「GPSはあてにするな、ここら辺の林道はほとんど登録されていない」そう言って俺に紙を渡す。「これが例のポイントまでの分岐ルートだ」と紙をセロハンテープでセローのシールドに貼り付ける。
「いいか、ガソリンの残量を常に気にしていろ、燃料の減りはあっという間だ、補助タンクはお守りと思え、ポイントオブノーリターンを見逃すなよ」
「はいはい、じゃ、行ってくるよダディ」
「まて、最後にこれを」
といって封筒を渡してくる。
「もし、万が一、ヤツが生きていたらこれを渡してくれ」
封筒をジャケットの胸ポケットに入れ、俺は何も言わずセローを発進させた。
***
林道はきちんと整備されていてとても走りやすかった。凹凸のないフラットダートを流すように走っていると、空を飛んでいる気分になる。砂煙をあげるタイヤはしっかりと地面に食いつき、回転するギアのようにエンジンのトルクを前進の力に変える。木々の間から見える空が青い。緩いカーブを曲がると50m先に鹿がいた。
子供なのだろうか、興味深そうな目でこちらを見ている。ホーンを鳴らすと、ぴょーんとジャンプして道を開けてくれた。道路わきでもこちらをじっと見ていた。
やかましいエンジン音と走行音をたてて走る。しっかりとしたコンクリの橋があり、広い河原と激しく流れる川を渡った。バカでかい景色が目の前にあった。もしこのまま、こんな感じの道が続くのであれば最高だろうな。
でも、アクセスが良い場所ではダメなのだ。浩輔が森に逃げたのはシャブを購入できなくするため。そのためにはなるべくアクセスが悪い場所でなければならない。だからきっとこの状態の道はすぐに終わるだろう・・・と考えていたら終わった。
右に行くと秘境温泉があるという道、その道は整備されている。
まっすぐ行くのが浩輔への道、ゲートが閉まっている。
林野庁と北海道開発局の看板があり「この先は立ち入り禁止です!」「もしなにか事故があっても知りませんよ!」「まともに走れる道じゃないですよ!」と警告がしてある。
俺はレイナを下ろし、GIVIのハードケースのサイドにつけてある2つを外し、セローを山に向かって走らせた。道一杯に広がるゲートは車の侵入を防いでいるが、バイクはその脇を走れる。事実、オフ車乗りと思われるタイヤ痕がゲートの横についている。1mほど山を登り、ゲートの向こう側に行く。セローがゲートを突破した後でレイナも続く。GIVIのケースも再度取り付ける。
林道はまだ続いていた。小川の真横を走っている。道は凸凹が強くなり、俺は腰を浮かせて衝撃を吸収した。レイナもケースをつかんでなんとかバランスをとっている。
やがて小川の並走も終わり、道は斜度がついてきた。もう何年も整備されていないようで、林道には雑草がめだってきた。山からは木や長い草がラリアットのように手を伸ばしており、かわし切れないものは体で受けるしかなかった。ムチのようなラリアットを受け続ける。
倒木も出てきた。細いものは勢いで乗り越えられるが、軽自動車のタイヤぐらい太いものはレイナを下ろしてクリアした。ガソリンはどんどん減っていく。
小高い丘の稜線に出た。周囲に高い木は無く、視界が開けている。右手には大雪山連峰があり、太陽はまっすぐ頂点にいる。昼だ。いい場所だったのでセローを止めて、レイナをおろし、昼ご飯を食べた。
倒木に腰かけ、作ってきたサンドウィッチを食べて、コーヒーを飲む。風が気持ちいい。レイナも気持ちよさそうだった。
「いい場所だね」
「うん」
とだけ会話を交わす。どうしても浩輔さんの生死が気になってしまい、会話が長く続かなかった。
丘が終わり、再び川沿いの林道になる。雑草はタイヤの半分ぐらいまでの高さになっており、倒木も増えた。だんだんレイナも慣れてきたので、太い倒木も一緒に超えた。
谷間を走る道になる。地図によると、この先から崩壊が始まっているらしい。いきなり道が消えて崖に落ちないように慎重に走った。
最初の崩落地点につく。山から流れてきた水が土を削り、やがて石を流し、大きな岩も流れていったのだろう。谷底の沢にはでかい岩が転がっている。あれがこの道を支えていたのだろう。自然の力に驚く。
崩落は小さく1m程のボウルになっていた。レイナを下ろし、ボウルの底にダイブする。若干ルートを山側に。ボウルの底でセローのトルクを爆発させる。クラッチを乱暴につなぎ、そこにある岩を蹴った。山に向かって斜めにセローは駆け上がる。前輪が林道を超え、山の斜面をつかむ。後輪が浮いて空中を掻くが、勢いはそのままで山に駆け上がる。「よいしょっと」とハンドルを戻し、林道に戻った。
「おー!」とレイナが目を丸くして驚く。拍手もしてくれる。ずっと練習していた成果を発表できてうれしかった。
崖は斜めにカットするように登るのだ。それがコツだ。それがわかるまで、何度も何度も練習してコケてきた。セローには2stモトクロッサーのような軽量さもパワーもないが、低速のトルクはある。それを生かす。だから崖から岩が生えていたらそれを蹴る。ちょっとでも助走が付けられるなら河原も走る。空を飛ぶことはできないが、地面を走ることにかけては最強の乗り物だ。
それから何度か、大きな崩落ポイントがあった。
最も深いのは3mほどあった。レイナを下ろし、一気に駆け上がる。登ったらGIVIのケースから登山用のロープとハーネスを取り出しレイナに装着させる。ハーネスは太ももの付け根と腰につけるだけのものだが十分だった。上からロープでレイナを引っ張り上げることもなく、自分の力でヒョイヒョイと登ってきてしまった。まあ、そんなものだろう。これは保険だ。
河原を走ることもあった。
笹薮を突っ切ることもあった。
転倒は1度した、GIVIのハードケースのおかげで、バイクの下敷きになることはなかった。
やがて林道が終わった。そして残り燃料も半分を超えた。
「ここがジジイのいう、ポイントオブノーリターンだ」
と俺はレイナに言う。
「今回持ってきたガソリンでは、この先に行くことはできない、もし行ったら帰りのガソリンがなくなるからだ」
レイナは悲しそうな顔をしている。
「予備のタンクはあるけれど、それはあくまで予備だ、緊急時以外は使えない、今日はここまでにしよう」
レイナ、わかってくれ。
「今引き返せば明るいうちに国道まで帰れる、そこでテントを張ってジジイのポルシェを呼びつけよう」
ダメなんだ、これ以上は危険だ。
「夜になればヒグマも活動してくる、こっちの食料を狙うかもしれない」
レイナはつばを飲み込み、こちらを見る。
「・・・・帰れなくなるかもしれないんだよ?」
「別にかまいません」とレイナは言った。
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