第12話 怒り・捜索・納得
「ブツは回収できたのか?」
「ブツ?」
とぼける俺にジジイの目つきが鋭くなる。
「金見て欲かいたか?GIVIケースが変わってるじゃねえか」
「はっ!こんなもんいらねえよ」
「じゃあ、よこせ、バイクから外して車に積め」
俺はおとなしくシャブと現金の入ったGIVIケースを外し、ジジイの前まで来る。
「積めよ」
「質問に答えてくれたらな」
「・・・自分の立場ってのが分かってねえみたいだな」
ジジイは明らかに怒っている、表情こそ変わりないものの、瞳の性質が変わった。赤く、熱を帯びているような瞳。
「俺はお前を置いてこのまま帰ることができる、そうなりゃお前はこの森の中で死ぬ」
「分かってねえのはジジイ、お前だよ」
俺は言い返す。
「俺はこの箱の中身をそこの小川にぶちまけることができる、命など知ったことか」
俺だって怒ってるのだ。レイナの告白を聞いた時から。
俺の怒りを理解したジジイは「ふーっ・・・」と自分の怒りとメンツを抑えるのに12秒ほどかけ、胸ポケットからピースを取り出し一服した。森の中で吸うたばこは美味そうだった。
「なにが欲しいんだ?」
ポルシェから灰皿を取り出し、ピースをもみ消しながらジジイは言う。
「すべてを話してほしいだけだ、小間使いは嫌だ」
「小間使いのくせに生意気だ」
「命を掻けた、知る権利はあるだろ」
深い森の中で、燃料と食料を失っていた。帰り道のショートカットを教えてくれなかったら、今頃野生動物におびえながらテントでうずくまっていただろう。浩輔を追いかけてケガをしたレイナを連れて、歩いて帰る自分を想像した・・・ゾっとする。
その恐怖をも怒りに変えている。
おれは怒っている。
その怒りを向けるべき相手も分かっている、それは目の前のジジイじゃない。
だからこんなところでぶつかってる場合じゃないのだ。俺はGIVIケースを開き、中のシャブと札束をジジイに見せた。ジジイはピクリとも表情を変えなかった。かまわずに札束を1つつかんで小川に放り投げる、ポチャンと音がした。
「・・・わかった、そのまま乗れ」
とジジイは言った。
「カネを拾ってこい、これが最終のラインだ」
ポルシェ718カイマンは300馬力の暴力的な加速とトルクで発進した。森の中を走る1筋の国道を走る獣に乗ってる気分だった。タイヤは自らの力と軽量で空回りをするし、それがアスファルトに食いついたと思ったら「ドン!」とGが前方にかかり加速する。まるで飛行機だ。
俺は川で濡れた足を意味なく踏ん張り、足元のGIVIケースと自分を守ろうとしていた。ゆるい左カーブを曲がろうとしただけでカイマンは滑り出し、対向車線のトラックと接触する寸前でコントロールを取り戻し走行車線に戻った。助手席の俺にはトラックドライバーの「おい!!」という表情がわかった。俺も同じ表情をしていただろう。
「ゴッ!!!」という風圧がカイマンをたたき、その力でロールする。そのロールさえもトラクションに変えて前方にワープする。バイクとは別次元の加速だ。バイクは弾丸となって空気を切り裂くが、車は車という生き物として加速する。
スピードが、そのままジジイの怒りだった。感情をそのままドライビングに乗せている。スピードでトンネルでは光とセンターラインが線に見えた。前方を走る車をすぐにとらえ、一瞬の躊躇もなく対向車線から追い抜きにかかる。対向車はすぐに来ていた。タイミングをミスっていると感じた。だがジジイはアクセルを抜くことなく、そのまま加速した。対向車はブレーキを踏んだ。そのおかげで、カイマン1台分の隙間が生まれて、リアフェンダーをかすめるように前にでることができた。クラクションがならされたが、一瞬でその音すらも置き去りにした。
トンネルを抜けるとダムの上にでた。左右に遮蔽物がなくなり、空を飛んでいる感覚になる。加速は続き、エンジンは吠える。遠くに久しぶりの信号が見えた。「ち」とジジイが舌打ちをして、カイマンはおとなしくなった。
「で、何を聞きたい?」とやっと口をきけるようになったジジイ。困った人間だ。
「何で黙ってた?」と俺はケースを叩く。
「言っていた通り、浩輔が生きている可能性は低かったし、生きていたとしても浩輔は極道の出した捜索隊の前に姿を現さなかった、レイナを連れたお前が変な動きをすれば浩輔は姿を現さなかっただろう」
「これのために人が死んだんだろ?」
「ああ」
「警察は?」
「大した捜査はしなかった、浩輔が殺したことはすぐにわかっただろうが、逃げ込んだ先があそこだ、山狩りをするには範囲がデカすぎる」
「だが、かなりの金になるだろ?このシャブの量と札束は?」
「3000万ぐらいだったと言われている、浩輔が使い込んでいなければだがな」
「組員を殺された上に、そんな損害が出たんじゃヤクザも怒ったんじゃないのか?」
「怒った・・・ハハッ!」
「なにがおかしい?」
「ハハッ!!あれを『怒った』と言うにはずいぶんかわいらしい言葉だなと思ってな」
「・・・」
「あれは『怒った』というよりは『狂った』というべきだ」
それは街をひっくり返したような大狂乱だったらしい。組は浩輔に生死問わずの懸賞金を出した。その金額は1000万で、ハナシは末端の組員から暴走族やその家族までいきわたった。「で、この人って誰?」と聞かれれば「なんかヤクザからお金を盗ったらしいよ」と噂になり、組のメンツはさらに潰れた。組長はそのことにさらに怒り狂い、あろうことか警察に捜索願を出した。前代未聞だ。警察も殺人事件の容疑者ということで一応受理はしたが、覚せい剤がらみの芋づる式検挙を狙えるということで検察がストップをかけた。つまりは、捜査のふりをして組の資金源をぶっこぬいてしまおうというわけだ。
そうして自滅に向かって順調に落下していく組に対して関東から本家の人間がやってきた。「と、言われている程度のハナシだぞ」とジジイは念押ししたが、ちょっと頭が働く人間ならだれでも気づくような暗殺だったらしい。組長がバシタのマンションで心臓発作で死亡し、捜索願は打ち切りになり、北の大地の小さな組は解散に追い込まれた。
「そもそも何だけどさ」
と俺は疑問を投げかけた。
「なんで、そんなにお金持ってたの?」
「たまたまだよ、売人が仕入れ業者と取引した直後で、大きな取引があった日だったらしい」
「殺意はなかったって言ってたぞ」
「だろうなあ、地下にあるクラブで取引したらしんだが、浩輔が偶然ケースの中身を見ちゃったんだろうなあ、売人もバイク乗りでよくGIVIのケースを使っていたから話が合うんだろう、で、中身を見て追い込まれていたシャブ中の浩輔がケースを持ち逃げしようとして、追いかけて、階段の上でもみあいになって・・というところだろうな」
「良く知ってるな」
「俺は無関係の市民だからな、警察は市民の奴隷だ」
カイエンは市内に入り、常識的なスピードで流れ始めた。EST!に近い駐車場まで到着し、そこに停めたところで「よし、今後の話をしよう」とジジイが言った。
「レイナは数日後に迎えに行く、一度行ったルートだから大丈夫だろう、燃料も往復できる分持っていけ、俺はシャブと金をしかるべき手順で処理する」
「しかるべき手順?」
「レイナをいじめた連中に、格安で提供するのさ」
「そんなことできるのか?」
「プロを舐めたらいかんぞ、ヤツラは売れる相手には絶対に売る」
「なぜ、そんなことをするんだ?」
「なぜ?お前と一緒だ、俺たちは怒っている」
「・・・」
「もし、彼らがシャブにまったく興味を示さない、よくできた人間ならばハナシはこれでオシマイだ、お前もそれで納得するよな」
レイナをいじめた連中をシャブ中地獄に落とす。もし見向きもしない偉い人間なら何もしない。フェアな働きかけに思えたので俺は答えた。
「納得する」
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