第5話 西口・セロー・森の奥

忍者が消えてから、顔面に迫力のある客が増えた。


眼光が鋭い。


目の力だけで人を従わせる力を持っている。


オーラ、というか、押しがつよい。店にいるだけで呼吸が苦しくなってくる。


そんな男たちが、2人3人でやってくるのだから普通の客は来なくなってしまった。ドアを開けても「あ、今日はダメだね」と帰ってしまう。来るのはジュリぐらいで、この娘は、まあ、なんというか、天然というか、バカなのだろう。


「お!きょーもお客さんいるじゃん!よかったねー!よろしくぅ!」

とブルブルおっぱいをゆさゆさしながらカウンターに座る。

下っ端のチンピラのお兄さんたちは嬉しそうにジュリにちょっかいをかける。「お、いい女がいるじゃねえか」「高いよー!サービスもいいけど!」「へへ・・ちょっと俺で練習しないか?」「あはは!私プロだよー!」「おれもプロだよ」などなど。


1週間、2週間とそんな日が続くと、不思議なことに気づく。


「売り上げが・・・・伸びている・・・!?」


周囲を威圧し、他の客をビビらせるお兄さんたちは、それなりに金離れの良い、ナイスな客だった。


このまま、怖いお兄さんたちの店としてやっていけるんじゃないかしらん?


そんなスゥイートな妄想にかられたころに、ジジイがやってきた。ジジイは店を一瞥すると、お兄さんたちのところに行き「おう」と声をかけた。「っす」とお兄さんたちはかしこまった。「金落としてくれてんのか?ありがとよ」「いえ・・・」


彼らの間にどんなルールがあるのかわからない。でも、これだけだった。たったこれだけのやり取りの後、怖いお兄さんたちはさっぱりと店にこなくなった。俺は再び売り上げに頭を悩ませるようになり、やっぱり逃げようかな・・・?と臆病になったりしたのだった。


そんなことで毎日を過ごしているうちに季節は回り、路面がコンニチハ!と顔を出し、じりじりと日向の雪山が小さくなっていった。遅い春がやってきたのだ。


***


忍者さんとの仕事で使ったバイク「ウニ」は、そのままビルの駐車場に止めてあった。


「どうすんの?」とジジイに聞いたら「乗りこなしとけ」と言うことだった。バキバキに割れたカウルやオイルなどの消耗品、タイヤをノーマルに変更する。エンジンをかける。駐車場の空気を響かせてウニが起きる。フォオオオオン!!そのまま早春の路上に散歩に行った。


ビルの陰はまだアイスが残っているので、あまりスピードは出せない。だが文句なしに気持ちが良かった。太陽を浴びながら、ゆっくりと流しているだけで気持ちがいい。


俺は、バイクにまた乗れるようになったのだ。


それがとにかくうれしかった。そのまま駅の裏の開拓エリアに行き、バッティングセンターまで行ってみる。古い建物が取り壊され、新しい大きな建物が作られようとしていた。


おもしろかったのは緑ネットで覆われているバッティングセンターは残っていることだ。ここをつぶせばそれなりの土地になるとおもうのだが、きっと誰かの愛?で残っているのだろう。古い人間だ。俺は久しぶりに西口くんと対戦することにした。バイクを止め、コインを買って、スタートする。やっぱりインコースぎりぎりを攻めてくる西口くんに俺はびびり、むかつきつつも、愛しさを感じていた。


***


「オフ車は乗れるか?」とジジイが突然店にやってきた。


「乗ったことはない」と俺が言うと「じゃ、乗れるようになれ」とだけいう。「今度はどんな仕事だよ?」「まだ言えねえ、とりあえず崖を登れるぐらいまで乗りこなせ」前回のようにあまり説明せず仕事が始まった。


また忍者でも後ろに乗せるのだろうか・・・ヤクザから逃げ出したり、暴力を受けそうになったり、店を破壊されたりするのかもしれない。「・・・・が、拒否できない」とぽつり、独り言を誰もいない営業前のエスト!でつぶやいてしまった。


なんといってもここ最近は怖いお兄さんの影響で客が寄り付かず、そのお兄さんがたもこなくなってしまったので開店休業状態だったのだ。すこし暖かくなったとはいえ、光熱費を支払うだけで精一杯だった。家賃がゼロでなければやっていけない。


「じゃあ、閉めるかもしれないの?わたしは続けてほしいけど」と本日唯一の客になったジュリが言う。「俺もやめたくないよ」「でしょー」「だからバイクに乗るしかない」「うんうん、マスター得意だしね!」「オフは乗ったことないけどな!」「オフ?」「オフロードバイク」「へー、山道でも走るのかな?」「崖を登れるようになれってよ」「スゴーイ!そんなことできるの?」「いや、できないよ?」「じゃあ、どうするの?」


できないことをできるようにするためには練習しかないではないか。バカみたいに繰り返して、失敗して、失敗するたびに考えて、その考えを実行することの繰り返しだ。俺は田島さんがウニの代わりに持ってきたセロー250にまたがって森の中に来ていた。


森、といってもかなりでかい。大雪山国立公園という日本一でかい国立公園なのだが、ここのでかさをなんといえば・・・ただ、人はそのでかさに途方に暮れる。でかすぎてまともな道なんてないし、人なんて住んでないし、熊とか鹿とかいっぱいいるんだろうけど、今回は気にしないことにする。まあ、出会ったら出会った時だ。


セローにまたがりトコトコ走る。まだ崖なんてムリだし、ふつうに林道を走るだけだ。足つきがとてもよくて、コケる予感は全くない。セローの乗りやすさに感動する。けっして早くはないけど、どっしりと安定していて、こちらの要求を裏切らない。たとえばバレーボールぐらいの大きめの石があって、それを乗り越えようとする。軽量でハイパワーなモトクロッサーなら風のように石を乗り越えるのだけれど、セローはよっこいしょって感じで「ぴょん」と乗り越える。低回転時のトルクが太くてぶん回す必要がなく、必要なパワーがじわっと必要な分だけ染み出てくる感じだ。


セローに乗って無限に広がる森と、森を神経伝達ネットワークのように切り裂く林道を味わった。ところどころ崩落し、車では通れなくなっている。セローならば手のひらぐらいの道があれば走れる。最悪道がなくてもなんとかなる。何度か笹の斜面を走ってみたが、しっかりと笹が根を張っているので問題なく走れた。沢にも入ってみた、車高がそんなに高くないので水をじゃぶじゃぶかぶったがこれも問題なかった。沼・・・はさすがに無理なので入らなかった。が、ここではセローは無敵だ。


林道は車が入ってこれるように整備されていてとても走りやすかった。水たまりとかあるものの、セローにとっては舗装路面と大差ない。これだけの道を整備する大変さを想像すると、尻の穴がぞわっとする。


そんな道がずっと続き、そして枝分かれする。名前の書いてある林道もあれば、何も書いていない林道もある。迷子になったら命の危険があるかもしれない。スマホで地図をみても、こんな林道はもちろん表示されておらず、方角しかわからない。俺は慎重に、絶対に迷わないように、道を記憶しながら進んだ。ガソリンタンクが半量になったころに引き返していく。


そんな練習を繰り返し、必要な道具(パンク修理セット、予備ガソリンタンク)をもって森の奥に奥にと入っていく。昼だというのに暗い。鳥の声が響き渡り、それも方向感覚を狂わせている。太陽、音、臭い、感じられることをすべて感じて、俺は森に入っていく。


やがて林道も荒れてくる。崩落がそのままにしてあったり、倒木があったり、かつては道だったのかな?ってぐらいの旧道になったりする。俺はセローで崩落のぎりぎり横を通ったり、倒木を乗り越えたり、笹でビシビシとシバかれながら進んだ。


やがて完全に崩落している個所にきた。右手に山、左手に川で、道はトラック2台ぐらいがすっぽり入るほど崩落、走れる個所は残っていない。深さは2mほどか。


俺は崩落している道にセローを突っ込ませる。イメージしているラインに乗せて、落下のクッションを腕と足で吸収する・・・とおもったら思ったよりも強くてガツン!とハンドルで顎をうってしまった。イッテー!脳がくらくらする。アクセルを戻してしまい失速、崩落した谷に横になってしまった。


でかいボウルの底にバイクと取り残されてしまった。もし、這い上がれなかったら・・と妄想してしまい、ぞわわっ!となってしまった。信じるんだ、俺はこのボウルから脱出できる。セローを起こし、またがって、エンジンをかける。キュイン!トトトト・・・と無傷だ。


さて、目の前には2mほどの壁がある。下半分は傾斜しているけど、上半分は壁だ。これをバイクで登るってことは、バイクはまっすぐ天を向くことになる。そんな体勢から上の道に復帰できるのか?


「ははは」と俺は笑った。とてもおもしろい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る