第4話 理由・メンツ・Aセット
「うちの忍術はいろんな状況に対応してる、常に戦いになった状況を想定して生活してるんだけど、車内ってのは最悪だね」
ずいぶん酔っ払ってきた忍者が言う。
「使える技がほとんどない、1対多数になると最悪だ、さらに運転手がその気になればドアロックからどこかの壁に激突させてしまうことも可能だ」
「じゃあ普段から乗らないの?」
「いや、自分の車や信用している人の運転する車なら乗るよ」
「じゃあ、今回も?」
「今回は信用ってより、追撃される恐れがあったからね、仕事の時はだいたいバイクかな」
たしかに、追撃された。挽き殺されかけたし、歩道に逃げなければアウトだったろう。
「自分の車でやればよかったじゃん」
「そうするとタイヤに穴をあけられたり、激突されたり、ナンバーから身元をわられたりするからね」
「誰かに車を用意してもらうのは?」
「ほぼ同じ理由」
「自分でバイクを運転するのは?」
「できなくはないけど、相手の攻撃に集中できない」
「忍者のお兄さんは、いっつもこんな仕事をしてるの?」
「そうだね、戦場よりはこっちのほうが自分の武の道に近い気がする」
「今回はどんな仕事だったの?」
「おいおい、そろそろ勘弁してくれ、それに来客もくるんじゃないかな?」
「来客?」
と、このタイミングでドアが蹴られ「ガシャン!」とガラスが割れた。ぞろぞろと男たちが入ってくる。スーツやトレーナーなどを着て、眉間にしわ、肩をいからせた歩き方、小指の無い手にはドス、いかにもな極道だった。
つかつかと中に入り、忍者のおにいさんを取り囲む。先ほどのアルファードに乗っていた人もいた。ここがバレていたのか?ジュリは「ヒッ!」とカウンターをくぐりこちらにやってきた。忍者は落ち着いて酒を飲んでいる。
「しゃあおらてめこのガキがあぁ!!おおぉん!!?ゆぅとったらいわしたるぞこらワレガキ!!」
言ってる意味がよくわからない。だが、迫力は文句なしにある。殺される、と思った。俺も、ついでにジュリも。
だが、時間がたっても争いがおこることはなかった。やくざたちは脅しに徹して、手を出すことはなかった。忍者さんの反撃を恐れているのか?と思ったが、どうも違うようだ。しばらく膠着状態のまま時間が経過した。
「よゆぅこいてんじゃねっぞガキコラてめバシタのガラさらってしずめんぞコラまじでおぉう?」
「息が臭いって」
「んだオラ!ケンカうってんのか!おう!かっちゃんぞコラ!ボケのくそがよぅ!アキラのびょーいん代からだではらえこら!」
「あの兄ちゃん生きてた?あはは、殺したかと思ったよ」
タコ坊主でスーツの男が真っ赤になる。手を振り上げ、忍者さんの横っ面を殴る直前、忍者さんはタコ坊主を見た。
さっきまでジュリの乳を見ながらだらしなくよっぱらっていた男は、突然忍者の顔になった。男は忍者の顔と目にのみこまれ、拳を振り下ろすことはできなくなった。
「よせ」
ともう一人のスーツが言った。場は再び膠着状態になった。
***
割れたガラスから外気が入ってきて寒い。それに場の空気も寒い。5人の男たちがその空気を作っている。
その空気が動いたのは、新しい客だった。ジジイと田島さんだ。入ってくるなり、入り口で仁王立ちし、場の注目を集めた。
「・・・・」
沈黙が流れた。ジジイは何もしゃべらず、ここの空気を支配し続けた。
「・・・上で、ナシつけてある」
と小さな声で言った。先ほどの怒声よりも迫力がある。
「ここのルールは知ってんだろな?」
と割れたドアガラスを見た。
それがすべてだった。男たちは列を作ってドアから出て行った。ジジイは忍者さんに封筒を渡し「どもっす」と忍者さんも出て行った。「ガラス代と今夜のバイト代」と田島さんは封筒を俺にくれた。そこには20万が入っていた。
「じゃ、また連絡する」
とジジイたちも出て行った。俺はジュリを追い出し、ガラスの応急処置をして店を閉めた。
***
翌日、昼過ぎに店に行く。掃除をしていたら業者がやってきてガラスの修理が行われた。「じゃ、終わりましたんで」「あ、いくらっすか?」「いえいえ、お代は新旭興さんからもらってるんで大丈夫です」「そうですか」おそらく、昨日のやくざだろう。
誰もいなくなった店内に静寂がやってきた。俺はコーヒーを入れ、昨日の出来事を整理していく。
1.東光のバッセンにバイクでいった
2.そこでモメごとが起こり、男が出てきた
3.男は忍者を名乗った
4.追撃をかわし、店に戻った
5.ジュリと酒を飲んでいたら追撃者がやってきた
6.追撃者は脅すだけで何もしなかった(できなかった?)
7.ジジイがやってきて「ナシつけた」というと解散になった
「ナシ」とは「話」だろう。なんの話だったのか?
いや、それよりも大事なところを思い出した。
6.5 割れたガラスを見て「ここのルールは知ってるんだろ?」と言った
ここのルール?
店主が知らされていないルールがあるのか?
俺は何かとんでもないことをやらされているんじゃないか?
ここにきてジジイの優しさが恐ろしくなってくる。
家賃はいらない?
売り上げも全部やる?
その代わりバイクに乗れ?
条件が破格すぎないか。
そこまでしてまでこの店を開きたかったジジイの魂胆はなんなのか?
俺は忍者さんの名刺を取り出し、メールを書いた。
***
件名:昨日はお疲れ様ですest!です
本文:昨日名刺をいただいたest!です。突然のメール失礼します。
昨日の出来事が意味不明すぎて、居ても立っても居られません。そこで伴さんなら何か知っているのではないかと思いました、質問させてください。
1.ここのルールとは何でしょう?この店にはなにか取り決めのようなものがあるのでしょうか?
2.今回の仕事はやはり暴力団どうしのいざこざが原因なのでしょうか?
お仕事上、答えられないこともあるかと存じます。ですが、どうしても知りたいと思い、失礼ながらもメールさせていただきました。よろしくお願いします。
est! 店主 」
*
翌日、丁度24時間後に返信があった。
「件名:伴です
本文:メール読みました。あなたの抱えている疑問はごもっともかと存じます。そして、私の仕事上の秘匿案件であることもご察しの通りです。そこで、問題ないと思われる範囲のことについて、私の知る限りお話させていただきます。」
メールはこれですべてだった。添付ファイルもない。ハイパーリンクもない。いったいどうなっているんだ!とノートPCから目を離すと、目の前に忍者がいた。
***
「これからネパールなんだ、Aセットたのめる?」
「ネパール・・・」
「瞑想の先生がいてね、2週間はあっちにいるとおもう」
俺はAセットを作り、提供した。
「うん、味は前の店よりも上がっていると思うよ」
「前の店をしっているんですか?」
「なんどかね、ここでの仕事の時は、いつも寄っていた」
「ここってなんなんですか?」
「まあ・・・想像でしかないんだけどね、ここからは僕の独り言なんだけど、ヤクザって面子で生きている人たちだから、争いがあると復讐があって、復讐にも復讐を重ねる人たちなんだよね、で、いつまでも復讐の連鎖が終わらなくなってしまうと、共倒れになるから、あるところまでいったらガス抜きが必要になるんだよね『これで手打ちだ』とね」
伴は水をグビリと飲む。
「その手打ちを知らせるのが俺のような完全部外者のカタギの存在なんだよね、昔のゲームにもあったらしいけど、タイムオーバーになるとやってくる無敵のやっかいものみたいな存在、この店はそんな存在のテリトリーになっている」
そんな存在?
「それがあの人と、俺みたいなヤツ」
それって、けっこう、ヤバいですよね?
「まあ、行くところまでいってしまって、メンツもルールもしらねえ!ってヤツもでてくるからねえ」
俺って、ここから逃げたほうがいいですかね?
「どうだろうねえ、命まではとられないと思うよ」
カチこんでくるヤクザがいるかもしれないのに?
「キミはいちおう素人だからね」
・・・
「それにバイクの腕前は見事だったよ」
ありがとう
「じゃ、またね」
忍者は煙のように消えていった。
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