3
A
「よお、ライブどうだったよ?」
洪音がアルコールとそれ以外の「ナニカ」で酩酊した状態で訊いて来る。
ライブ後の打上会。
香水と「ナニカ」が混じった神経の中枢を蕩かす酷い臭い。
酷い興奮状態だ――
ライブの後はいつも女を連れ込むのもわかる気はする。
明らかに
いつもよりボディタッチが多い。
これを鎮めるのは大変だろう。
赦せる訳ではないが――
「新曲だったね」
ボウタイを解いたイブニングコートの隙間から覗く鎖骨とタトゥから目を逸らしてそれだけ伝える。
「お?わかる?嬉しいねぇ」
屈託の無い笑顔。
だいたい、コイツはいつだってそうなんだ。
後先考えずに感覚で突っ走って、センスが良いからそれだけで乗り越えられて、でも詰めが甘いから要らない処で躓く。
胸元のタトゥだって、僕が教えたウロボロスは互いの尾っぽを環状に噛むだけなのに、何故か無限記号の様に絡み合うドラゴンに変わってる。
これじゃぁ、ほとんど交尾じゃないか――
まあ、メジャーに行く気もないだろうから、その方がコイツらしく尖っていて面白いのだけれど――
「新曲、どうだったよ?」
僕を抱きかかえる様に腕を回してくる。
束ねた黒髪が僕の顔を撫でる。
「まあ、良かったよ。アウシュヴィッツ以降の詩には遠いかも知れないけれど」
「お?お前の最先端の分野と比べてくれんの?嬉しいねぇ」
コイツの書く詞はいつだって人の事を度外視にしている。
無垢で、屈託なく厭世と世間への不満を口に出す。
かと思えば、急に神秘の世界へ誘う。
深く人の懐に入り込んだかと思えば、急に軟らかい部分を滅茶苦茶にしてくる。
それをエレクトリックバスの腕前とこの笑顔で有耶無耶にして、最後は一緒に蕩ける。
だからコイツらのライブには行きたくないんだ――
あんな、集団で性交している様なのを見せつけられるなんて――
こっちの身にもなってみ給えよ――
ああ、ダメだ――
コイツの臭いで、こちらも蕩ける——
B
「で、だからだ、君達の音楽には大衆の『大衆性』を打破した『先』の『音楽』を魅せられる可能性がおおいにあるんだ。だのに君等ときたら、それを自分達の享楽の為に消費してしまうから、それが僕には悔しいんだよ……全く……ああ、ここで云う『大衆性』と云うのはね……」
居酒屋から静かな店にハシゴしたとたん、コイツはいつも饒舌になる。
コイツの解説はいつだってややこしくて、こっちが何を分っていないかを直ぐに見抜くクセにそこの説明にまた説明が必要な言葉が並ぶ。
何度かこいつの展覧会の打上みたいなのに混じったときも、俺らのとはまるで違って、ギャラリーやその近くのオーナーの家でワインや何かを呑みながら延々訳の分らない事を言い合っていたなぁ――
コイツらはそれを「
コイツの描く絵もそうだ。
面白くて、こっちを深淵まで取込んでしまいそうな力があるのに、一々小難しくて、色んな方面の教養と結びつけてはそれを再構成するから、まるで通じないんだ。
もっと売れて良いのに――
「つまり、ステージ上で精神的なセックスを見せつけられる僕の気にもなって欲しい、って事だ」
コイツの口から強烈にストレートな言葉出てきた事で俺はコイツの前に引き戻される。
「また君はどこか遠くに行っていたね?」
うねった黒髪が掛かったすかした眼鏡の向こうから、コイツの大きく黒い目がこっちを覗いてくる。
「君はいつだって『遠く』に行こうとする。歌詞もそうだ。『
そう言って、俺から目を逸らすと、自分の前にある
「遠く」に行ってるのはオマエも一緒だろ――
精神が自分の体から離れて、俺達のライブを、あんな「虚空」みたいな処から観やがって——
オマエも、俺等の乱交に混じりやがれ――
「でも、ロックライブなんて『遠く』に行ってなんぼだろ?」
ロウシはまだ向こうを向いてやがる。
「なら……宇宙の果て迄飲込んで、あのハコの坩堝で蕩かして濃縮して、噴出でもしてみせたらどうだ」
ん――?
それは――面白いな――
「それ、いいね!」
おれは思わずロウシの顔を覗き込む。
相変わらず視線はこっちから外しやがる。
でも、イイ――!
「次、それで行くわ!」
こいつはいつだってやばくて面白いんだ。
AB
2人で並んで裏路地を歩く。
互いに顔を見ないまま、一緒に歩く。
暗く、光の少ない道を。
コイツはいつだって面白く、コッチを乱すんだ――
乱されるコッチの気にもなってみろ――
相喰無間双黒竜 @Pz5
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