2

B

 また、酒をのんでいる――


 重く、黒いビンが高々と上がる。


 この前のライブもそれでミスをしやがったのに――

 俺の音楽世界を壊すようなことしやがって――


 煙る楽屋の中。

 最近は禁煙ばかりになってきたが、ここはまだ大丈夫らしい。


 まあ、オカゲサマで「タバコ以外のケムリ」もいいワケだから助かってるが――


 俺はタキシードの着付けを確認し座ると自分で巻いたハッパで一息入れる。

 今日使うSRのローBからハイCまでのチューニングを確かめる。


 また、黒いビンが上がる。


「おい、ライブ前の酒はすこし抑えろよ」


 思わずリードギターのトオンに言ってしまう。


「ア?ロックって言ったらジャックダニエルだろ?」

 それはわかる。

「いや、それはわかるけどよぉ、お前、自分の作曲を酒でダメにするの、ヤじゃねぇの?」

 トオンはチューナーでギターの様子をみながらこっちを視てくる。

「そこまではヤんねぇよ」

 ヤツはヘッドとメカニカルブリッジのボルトを六角で絞め、アームでチョーキングしながら鳴らしてくる。


 遠くでタイバンの音が聞こえる。

 グルーブがたりぃな。

 低音がくぐもってやがる。


「それに、コオン、お前だってガンジャきめてるじゃねぇか」

 俺はハッパを煙らせる。

「こっちのはダウナーだし、感覚はシラフとほとんど変わンねぇよ」

 俺はSRをスラップで鳴らしながら応える。

うた書いてるときもキメてるなら、むしろちょうどいいか?」

 トオンはシェクターのSDカスタムでスウィープをしながら聞いてくる。


 煙る——


「え?なになに?本番前に喧嘩?」

 リーダーでボーカルのナルキが入ってくる。

 俺とトオン、二人の目を順番に視る。


「ロックでいいねぇ!」


 リーダーは嬉しそうに叫ぶ。

 俺とトオンは二人してお互いの目を視た後、二人してため息をつく。


「ロックって言えば何でもいいと思うなよ?」

「え?でも、ロックって、何でもアリでしょ?」

 俺のまっとうな突っ込みにさらにボケを被せてきやがる。

 俺はハッパを深く入れて仰け反ると、ゆっくりと煙を吐き出しながら一息入れる。

「ウチの同居人に言わせると、『ロック』って言うのは『反抗や革新の連続の中にある態度に内在するモノ』なんだそうだ、リーダー」

「ああ、お前んところのメンドイゲージツ家のアイツか?」

 俺が起き上がるとリーダーより先にトオンが口を挟む。

「『面白い美術家』だよ」

 一応、アイツのこだわりの点は訂正しておく。

「え?いいじゃん。寧ろ、酩酊状態の方が、僕ら『デュオニソス』にはピッタリじゃないか?」

 ナルキは俺の話を聞いてたのか聞いてねぇのかわからないことを言いやがる。


「おい、そろそろ前のバンド終わるからソデ行くぞ」

 ドラムスのタイジがギターのレイジやキーボードのオリスと一緒に楽屋口を出て行く。


「おし、行くか」

 俺はハッパを一吸い終えると、SRを抱えて3人に続く。

 後の2人もついてきた。


 廊下ではけてきたタイバンメンバーとすれ違う。

 まあ、悪くはなかったか。


 ソデに着くと、タイジはもうドラムセットの前に座ってバスドラをツインペダルにして、ハイハットの調子を確かめていた。

 俺もまだライトの当たらないステージに出て行って、そのままSRとボードをマーシャルに繋げる。

 ブツン、と刺さる音が響く。


 ああ、クル――


 アンプはミドルが多目だったので、バスを3時位の処まで上げる。

 前のバンドは随分マイルドなセッティングだったんだな。


 客席の後ろを見ると何やら話し合っているのは女の子が多い。

 それもバンギャ的なのじゃなくて、なんか甘い感じのが。

 前のバンドも甘い感じだったな。


 なら、もっとミドルに合わせたボードやセッティングしろよ――

 この辺りだから女の子もピエン系や量産型が多いな――


 軽くスラップしながらチューニングを確かめる。

 トオンとナルキも入ってきて機材を確かめてる。


 客席の後ろ、シモテの方に目をやると、何か見慣れた緩い黒髪ウェーブのサブカル眼鏡がいる。

 この前みたいに俺を睨みつけてやがる。


 ロウシ――

 今日は来たのか。


 いつもはチケットだけ買ってこねークセに――


 そう言えば、今日は画廊が近いとか言ってたな。

 いつもは原宿や渋谷のギャラリーが多いから面倒だとかぬかしやがって。


 たかが2・3駅が遠いのかよ――


 何だか急にムカつくが、一緒に何か込み上げてくる感じもする。

 今夜は新曲があるからか?


 ナルキがメンバー1人1人の顔を見る。

 全員、軽く頷く。


 ナルキは音響サンに視線を送ると、次に照明サンに合図を送る。


 暗転。

 こっちから見ると非常口の緑が痛いくらいだ。

 後は、スマホの画面が眩しい。

 毎回思うが、あれ、ウザイな。

 横のスマホ女の画面のせいで、ロウシの顔が青白く浮かぶ。


 まだ怒ってんのかよ――


 サイリウムを折る音。

 客席が段々紫に染まり出す。


 オリスが新宿駅周辺からサンプリングしたエレクトロノイズを流す。

 僅かに。

 微かに。


 紫の光が揺れる。

 ゆっくり。

 ゆっくり。


 変則チューニングのトオンのギター。

 アルメニア方面の特殊音階の旋律。

 古代の竪琴のように。


 オリスの現代新宿の環境音と古代ギリシャの旋律が合わさる。

 ゆらめく。

 からまる。

 とろける。



「デュオニソォスッ!!」


 ナルキのデスボイスの絶叫。

 ステージが真っ赤に照らされ、中央だけ緑に抜かれる。


 全力の変拍子のドラムの雷鳴。

 オリスとトオンの変則音の嵐。

 回り出す紫の光。


 ああ――

 イイ——


 見てろよ、ロウシ――!


 俺のベースとレイジのギターが入る。

 俺はベース音と旋律を同時に奏でる。

 ギターとベースの多重旋律。


 変拍子と特殊音の中、ギターやベースのソロへ。

 酩酊状態。

 ナルキのファルセット。

 プログレらしい曲から一転、Lo-Fiとジャズギターのラップ曲へ。

 これも段々と変拍子になり、最後はインストの、ジャンルも何も関係無い曲に。


 そのまま、意識がとろけ、音と融合していく――

 ああ――

 イイ――


 回る紫の光。

 回る、回る。

 回ってイク。

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