開始 05

 タトゥを消して一般的な女冒険者風の格好をしているマリチャパは俺から見ても……毎日入浴は欠かさずフレーナに教えられてスキンケアや簡単なメイクを覚えている……健康的な小麦色の肌も手伝って下手な中央セントラルの女性よりさぞかし魅力的に映る事だろう。


「う~む、そうだな、今は解放に使うマスターキーを使用中ですぐには使えない……一時的に私が権利を引き継いで解放しておいてやろう」


 この禿げチャビンはエロい目を隠しもせずに何を言っているんだ? マリチャパも微妙に警戒心を持ったようだ。きっと、前にボブから向けられた視線と一緒の類だからだろう。


「いえ、すぐに解放出来ないのなら結構です。俺達はまだやるべき用事が残っているので、大丈夫な時間を教えて下さい」


「いや、駄目だ順番が詰まっているから私がタイミングを見て一時的に割り込んで解放をしてやろうと言っているのだ」


「いえいえ、無理にとは言いません、そもそも急いではいません……場合によっては別の駐屯所に行っても構わないですから」


「それはいかん!!」


 いきなり声を荒げてくる禿げチャビン……きったない唾を飛ばすな、危うく掛かりそうになっただろう。後ろでは受付の男がその様子を見てどこかへ行ってしまったようだ。


「私が手間をかけてやると言っているのだ、さっさとしろ!!」


「だから結構です、そもそもマスターキーが無いのに奴隷の引き継ぎなんて出来ないでしょう?」


「いいからその娘を置いてどこかへ行け」


 禿げチャビンが最後には取り繕いもせず強引に俺の後ろにいるマリチャパに迫ろうとするが、その伸ばされた手を体で受け止める。

 上背や体格は禿げチャビンの方が良い……きっと突き飛ばせるとでも思ったのだろうが生憎俺はピクリとも動かなかった。


「貴様、貴族である私に逆らうのか?」


「特に名前も名乗っていないようですし、中央騎士団 セントラルナイツは身分を振りかざす事無く民を守る誇り高き騎士と聞いています……ですが、一連の行動を見ると、そこに疑問に感じますね」


「言ったな平民如きが!! そこに直れ、たたき切ってくれる!!」


 禿げチャビンが腰に差してる高そうな装飾の剣を抜く……おいおい、ここまでテンプレアホ貴族なのかよ。


「何をしている!!」


 その途端、凜々しい女性らしき声がした。後ろから先程の受付の男を伴って、ショーットカットの女騎士がやって来る……どうやら、受付の男が彼女を連れてきてくれたようだ。


「これはこれは第9騎士団、副団長のレイラではないか……いや、なに、この無礼な平民が無理矢理に後ろにいる娘を奴隷に落としたようでな、頑なに権利を譲らないのだよ」


 おうおう、よくもまぁ即座に適当な事をでっち上げられるな……とりあえず後ろの女騎士がどっち寄りの立場か見極めてから行動するか。


「それはおかしいなハーゲン殿、私は誤って奴隷になった娘の解放に来たと聞いているぞ」


 おお、名前はちゃんとハゲなのか、俺の目利きもなかなかだな……おっと、それはどうでも良い。


「レイラ殿はその平民出身の……その男の言葉を信じるのですか?」


「それは問題発言だハーゲン殿。我々中央騎士団 セントラルナイツに身分差など存在しない。身分を笠に着せこの騒ぎを起こしたのなら本国の王に報告せねばならない」


「ぐっ……」


 言葉に詰まった後なにやら……


「|下級貴族の娘如きが、うまく副団長の地位を得て調子に乗りおって 《ごにょごにょ、ぼそぼそごにょごにょ》」


 ……呟いている。


「何か?」


「いえ、なんでも……私は用事があって忙しい、それでは失礼する」


 禿げチャビンはすごすごと建物の奥へと歩いて行く。どうやら余計な事をしないで済みそうだ。


「すまなかった……騎士団は彼のような人物ばかりでは無いんだ、そこは誤解しないで欲しい」


「いえ、こちらこそ助かりました……俺は冒険者のエイジと言います。

 それで、奴隷解放の方は出来るのでしょうか?」


「もちろんだ、マスターキーを持ってきている……君のような可愛らしい少女が奴隷になんて、さぞ辛かっただろう?」


「全然、あるじはいつも優しくて格好良いから、ずっとこのままでも……ムグムグ「余計な事を言わない」」


 放っておくと何を言うか分からないマリチャパの口を塞ぐ。その様子を見てくすりと笑った女騎士……ソニアは腰のポーチから何かを取り出しこちらに差し出してくる。


「これがマスターキーだ、落としたくらいでは壊れないが乱暴に扱うなよ」


「ありがとうございます……マスターキーは白い色なんですね」


 黒い球状だった首輪と対になっているキーと違って白色だった……中央に「8」の文字が……いや、これは「∞」の文字か? この星に来てから幾度となく俺達の住んでいた世界との繋がりを感じさせられる。


 まぁ、それは今考える必要は無い……後にしておこう。俺はマスターキーをマリチャパの前にかざすと……


『エイジの名において奴隷マリチャパを解放する』

 

 ……まぁ、言葉も適当で、玉も手に持っているだけで良いらしいのだが気分だ。他愛も無い事を考えているとマリチャパの首輪が外れた。

 マリチャパは首輪を手に取ると何も無くなったその場所を「おー」と感心しながら撫でている。


「ありがとうございました、お返しします……あ、あとこの首輪も引き取って頂けますか?」


「あぁ、無事に解放出来て良かった……わかった、キーが無い首輪は危険だからな」


 ソニアはマスターキーと奴隷の首輪を受け取ると腰のポーチにしまう。そして少し考えた仕草のあと……


「今後は第9騎士団に用事がある時は私……ソニアの名前を出すと良い。必ずいるわけではないが、その時は伝言してくれ」


「ありがとうございます、その時はよろしくお願いします……そうだ、念の為の確認ですが、全ての騎士団がそうではないと分かっていますが、今後、騎士団内外で似たような事があった場合は自衛は可能なのですか?

 先程は別の騎士の方に無実を証明して貰えましたが、それが無ければ問答無用であの禿……ハーゲンさん? の言い分が通ってしまうのでしょうか?」


 俺の質問にソニアは少し難しそうな顔をすると……


「確かにあの状況で無実を証明出来ないと難しいな……すまないな、本来ならこんな心配などする必要すら無ければならないのにな」


「ならばこういう証拠があった場合はどうですか?」


『う~む、そうだな、今は解放に使うマスターキーを使用中ですぐには使えない……一時的に私が権利を引き継いで解放しておいてやろう』

『いや、駄目だ順番が詰まっているから私がタイミングを見て一時的に割り込んで解放をしてやろうと言っているのだ』

『私が手間をかけてやると言っているのだ、さっさとしろ!!』

『いいからその娘を置いてどこかへ行け』


 先程の禿げチャビンとの会話の記録を再生した。もしも、一方的に罪を被せられそうになったらこの音を大音響で流す予定だった。

 とりあえずこれが証明になるかの確認と、俺との口約束は破る事が出来ないと言う事実を暗に知らせる事にした。


「なっ、これはいったい!?」


「俺はこれでも中央学院 セントラルアカデミーを目指しています……もっとも冒険者登録したのは昨日ですが、既に☆4になれました」


学院 アカデミーか……しかも冒険者で登録してすぐに☆4とは……優秀なのだな。

 そして私も知らないような超遺物 アーティファクトを所持している。

 それなら立派な証拠となるだろう……他ならないこの副騎士団長のソニアが認めよう」


「ありがとうございます。もしも俺の力が必要な時は冒険者ギルドにご依頼下さい」


「あぁ、その時は頼むぞ……エイジだったな?」


「はい、それでは失礼します」




 マリチャパと二人で借り地 ホームへ向かっているのだが、少し人目の付かないルートを通っている。

 マリチャパは首輪が外れた事を特に喜んでいるわけでもなく普段通りに見える。本当に奴隷とか気にしていなかったのだろうな。


『初対面の人間に手の内を見せて大丈夫かニョ?』


 ネジコが声をかけてくる。


「(禿げチャビンのようなテンプレアホ貴族がいるのなら、こういう根回しも必要だ……それにあの副団長のソニアさんなら信頼しても良さそうだろう)」


『ネジコの心配を差し置いて初対面の女を信頼するダーリンのチョロさが心配だニョ』


 まぁ、この程度の手を見せた所で問題ないだろう。ネジコもこんな事を言っている間にも禿げチャビンの調を実行済みだ。

 この地の人間と助け合っていく事も必要だが、それに頼りすぎないように自衛をしておけば、挽回不可能な事にはならないだろう。


『ダーリン、さっそくお客さんだニョ』


「(あぁ、分かっている)」


 俺達が進む先の十字路の左右からいかにもアウトローですよ宣伝しているような男達が10人現れた。


「おっと、兄さんそんな可愛い子連れて何処行くんだ? 俺達にもご一緒させてくれよ」


 先頭の髪の毛をハリネズミのように立たせた奴が声をかけてくると、連れの男達もゲラヘラと笑い声を上げる。


「ちょっと魚釣りに行こうとしたんだけどな……早くも雑魚が釣れたようだぜ」


「「「「「「あ”あ”あ”ん!?」」」」」」




 まったく、お約束すぎるぜ……さて、どうやってお仕置きしてやろうか?




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