起動 07

 自分の部屋に向かい歩き出す……何人か同じ通路を歩いていたが今はこの通路を歩いているのは二人しかいない。


 カツカツカツカツ…… カツカツカツカツ……


「なぁ……」


「何?」


「アイリの部屋はこっちの方なのか?」


 後ろを振り返ると長い銀髪ストレートのエルフ美人が立っている。


「どうだったかしら?」


「いや、さっきからこっちの方向は男しかいないから絶対にお前こっちじゃ無いだろう?」


 アイリが細くなった耳の先を触りながら……現実世界 (だった場所)むこうとさわり心地が違うから不思議で癖になっている……こちらを見上げている。


「話があるからあなたの部屋に行って良い?」


「それなら先に言えば良いだろう? まぁ……いいけど」


 俺が了解するとすぐ俺の隣に並んできた。ゲームよりもなんというか、存在感が半端ないな……心なしか良い香りがするし。


「早く行きましょう? 案内して」


「ああ、わかった……」


 歩き出そうとすると走る足音と共に俺達を呼び止める声がした。


「藍梨!! 待ってくれ!!」


 振り返るとアーサーがいた……もう、それだけで面倒くさい予感MAXIMUM最大級


「何? 私は忙しいんだけど?」


「藍梨、話がある……僕の部屋で話そう」


「忙しい理由は私自身がエイジに話があるからよ……それに私とエイジはしているから」


 アイリが左手の薬指に着いているリングをアーサーに見せる。え? もしかしてこっちの身体にも着いているの? 俺も自分の左薬指にシルバーのリングが着いている事を確認した。あ~俺にもあるわ~、言われるまで気付かなかったわ~。


「なっ!? そんな馬鹿な!! 君にその男は相応しくない……君は生徒会長でそれを支えられるのはその力がある男であるべきだ! すぐに解消するんだ!!」


「何度言えばわかるの? 今までリアルだと思っていた世界が幻よ……あっちの立場や肩書きに何の意味もない……少なくとも私にとっては無いわ」


「君はその男の何を知っているんだ……僕はクラスメイトだから君よりわかっているつもりだ。彼はその……こう言っては悪いが向上心が無い自堕落な人間だよ? 僕は何度も彼を応援して力を貸そうとしたけれど駄目だったんだ」


「幻だった……あっちの世界のエイジの事はそれほど知らないかもしれないけれど、SOF世界のエイジの事ならあなたの何百……いえ、何千倍も知っているわ」


「それはッ「それに向上心がないって言っていたけれど……彼は確かに学校の事がおろそかになっていたかもしれない……けれど、それはSOFの……EXT イクストに全てを掛けていたからよ。そして彼はそのSOFで確固たる力を手に入れている。これが向上心をもっての行動以外の何と言えば良いの?」」


 相変わらず適確なアイリの指摘にアーサーは何も言えなくなってしまった。


「この世界ではSOFの出来事が全てなの……私はSOFでの彼を知って、好きになったからエンゲージしたのよ」


 そう言うと、アイリは俺と腕を組んできた。


「っ…………」


「私はこれから……だから野暮な事はしないで」


「!!??」


 おい、その言い方だとまるでアレがナニみたいだろう? アーサーが一瞬俺を睨んだと思ったが、すぐに表情が戻る。


「エイジ、申し訳無いけれど、ここは僕に譲ってくれないか? 僕は藍梨に大事な話があるんだ」


「うーん、しかし目の前で向上心皆無だの自堕落だの言った男によくお願いが出来るな」


「すまない、酷い事を言っている自覚はあるよ……でも事実、学校での君はそうだっただろう? 君がちゃんとした男ならこんな事を言ったりしないよ」


 正論ではあるな……対象が知らない人間であれば普通に譲ってしまう所ではあるが……ふとアイリの方を見る。彼女は表情は変えていないが、組んだままの腕の強さが増した……凄い面倒だが仲間の意思を無視する訳にはいかない。


「悪いな、アイリ自身が俺に……そして俺もアイリに話がある。二人の意志が一致しているからには俺も譲る事は出来ない。話しが済めばすぐにアーサーへ連絡するよ」


 なんとか相手も立てつつ断りを入れ……られているのか? もうわからん。これで引いてくれよ?


「私からは特に用はないわ……要件があるのならメールして。アドレスを送っておくわ」


 おいっっ、何でそんな塩対応するんだよ、めっちゃ睨まれてるよ……俺がな!! アイリが指先を振るうと光がアーサーの方へ飛んでいく。メールの連絡先を相手に送ったのだ。


「くっ、わかった、今は引くよ……でも藍梨、僕には君が必要だし、君にも僕が必要なはずだ……今は混乱しているだろうけれど、必ずそれがわかる時が来る」


 そう言い残すと踵を返して通路を戻って行った。あー、これってあいつからしたら俺がアイリを強奪NTRしたって思っているのか?



 アーサーが見えなくなったのを確認してから俺はアイリに話しかける。


「なぁ、凄い睨まれてたんだけど?」


「こういう事を承知で弾除けになってくれるって約束でしょ?」


「そうだけどさ……いや、だいぶ思っていたのと違うけど……まぁ、それはともかく、これでいいのか? アイリは? 俺との関係を他の人間にさ……」


「何の問題も無いわ……もうこうなった以上あっちの人間関係に気を遣う必要を感じないし。それにこちらが現実世界ならなおさら弾除けは必要よ。でも、もし他に……あなたに好きな人が出来たらちゃんと身を引くから」


 確かにその通りなのだが、その割り切り方が徹底している。俺みたいに向こうの世界を捨てていた人間じゃないのにな。

 っていうか、その言い方だとまるでアイリが俺の事を……みたいじゃないか……思わせぶりな発言するなよ。



『エンゲージ』……いわゆる結婚システムだ。言葉の意味だと婚約とかのはずだけれど、このゲームでは結婚と言って良い。互いに了承して指輪を贈り合えば契約成立。


 エンゲージした二人には夫婦共用のマイルームが与えられて、夫婦で共有出来るDSディヴァインストレージが与えられる。そして互いが同じパーティーを組むと能力にバフが掛かるので、バフを受け辛いヒューテクトの俺には有り難いシステムでもある。


 一緒にチームを組むようになって半年くらいで彼女から提案されたのだ。彼女の方もナンパが多かったと言う事でその弾除け、俺にとってはシステムの便利さを延々と説明されてエンゲージを了承したのだ。このせいで事情を知っているはずの仲間から度々夫婦とからかわれている。


「早く行きましょう……座ってゆっくり話したいわ」


「わかった」


 俺はそのまま部屋に向かって歩き出した。そしてさっきから腕を組んだままなのが気になったが、もう離して……などと言える雰囲気は無かった。


□ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 部屋に入ると天井からシュッと音がする……なんだろう? そしてボディーアーマーの形状をインナスーツ形状に変化させるかどうかの確認が視界に表示された。

 YESにすると体ぴったりのインナースーツ変化する……が、まるで何も着ていないかのような感覚になり、落ち着かない状態となってしまった……後ろのアイリの姿もスタイルがもろに出ている上に感覚のせいか下を向いている。


 俺は気付かないふりをしながら部屋を進んで行った。


「おお、思ったよりも広いな。キッチン、ダイニング、リビングもしっかりあるな」


「……そうね」


「バスもトイレも完備……駅前から5分の優良物件だな」


「……そうね」


「適当な返事してるな」


「……そうかしら?」


 今まで気丈に振る舞っていたけれどもしかしてアイリは結構参っているのか? ここは俺ができる限り仲間として支えにならねばな。


「こっちがベッドルームか……デカいベッドだな。5回くらい寝返り打てそうだ……そうか、種族によってはこれくらいの大きさが必要だからか」


 ビーストとかオーガとかだと身体がデカい奴もいるからな……そんな事を考えながらベッドにダイブした。おお、凄いフカフカだ……リアルの奴に比べたら天と地の差があるな。あ、やばい、このまま寝そう。


 アイリもベッドに上がってきた……そうか、お前もこのフカフカを堪能したいのか? でも男女が同じベッドに入るのは感心しないぜ。俺は転がってベッドから出ようとするとグッと腕を捕まれてしまった。


「ん? どうしたんだアイリ?」


 わざと明るい声を出して元気に振る舞う。元気出せよ、何も心配要らないからな……なんて気持ちを込める。ベッドの上に膝を横に崩した姿勢のまま俺の腕に手を伸ばした姿勢のまま、アイリは少しだけ笑顔になった。


「ありがとうエイジ……私を励ましているんでしょう?」


「何のことだ? 俺はSOFの世界にこれてむしろ喜んでいるんだぜ」


「ふふふ、そうね、ずっとEXT イクストが本当にあったらって言っていたものね」


 ふぅ、ようやくアイリが笑ったか……良かったぜ。だけど俺の腕を掴む力は相変わらず緩んでいない。


「あなたはそうやってさりげなく気遣ってくれるわ……いつもそれに救われてるの」


「だから別に気遣ってなんか無いぜ? けどアイリがそれで元気が出るならそれはWin-Winの関係だな」


「あなたは別に得していないじゃない」


「そうだっけか?」


 俺はにっと笑った……対してアイリは笑顔と泣き顔の中間のような表情だ……その途端……


「エイジ!!」


 アイリが俺に飛びつき抱きついてくる……その際に頭をベッドボードにぶつけたが、驚きの方が勝った。


「ど、どうしたアイリ?」


 アイリが震えている……やっぱり無理をしていたのか。ゲームだったらこういう同意のない接触は心拍数などの判断から警告が出てきてすぐに距離を離されてしまうのだが、今は全くそれは起こらない。やはりゲームでは無いという事を痛感させられる……それはきっとアイリも感じただろう。


「ねぇ、これって現実なの? それとも夢なの?」


「俺もよくわからない。でも今飛びつかれた時に、ベッドの上で頭をぶつけて痛みはあるから夢では無いと思う」


 宙を泳いでいた手をそっとアイリの後頭部に運ぶとそっと撫でる。こういうのは柄では無いのだが……このまま放り出す訳にはいかない。


「知ってるかもしれないけれど私って優等生なの……勉強以外も生徒会長として人としての模範となれるよう頑張ってた……パパもママもそれを褒めてくれていた」


「あぁ、俺とは大違いだな」


「私にとっての楽しみだったSOFの事は……むしろ二人とも応援してくれていて、パパなんて今日はお仕事休んで大会のライブを見るんだって言ってくれた」


「うん」


「本当は朝、パパとママとお話したかったんだけど、大会前、早めにウォーミングアップしておきたくってSOFにログインしてしまったの……」


「そうだったのか……」


 ログイン時間が妙に早いと思っていたらそう言う事だったのか……。


「どうして私は!! こんな事になるんだったらパパとママとお話しておけば良かった……お別れも言えないなんて……もう二度と会えないなんて!! 偽物だったかもしれないけれど大切な家族だったの!! っっっっ……」




 アイリが声を押し殺して震えている……そんな彼女に掛けられる言葉を持つような人生経験が俺には無い……ただ彼女の悲しみが少しでも紛れればいいと、俺はアイリの髪を撫でていた。




______________________________________


ようやく主人公と(序盤の)ヒロインとの関係が明らかになりました。

あ、ハーレムタグ付けてますからね、引き返すなら今のうちですよ?(出来れば引き返さないでください)


しかしヒロは実際に結婚システムのあるオンラインゲームやった事ないです。

あ、いや、あったのかな? 結婚システムを意識する所まで長く遊んだゲームは無いです。


それにしても中の人が同性だったらとか考えるとなかなかスリリングですよね?

メリットもあんまり便利すぎると良くないですけれど、でも特典はそれなりに欲しいという絶妙なバランスが難しそうですね。


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