男(女装)と女、神と妖
次の日、冷良は朝から気もそぞろになっていた。
理由は言わずもがな、咲耶姫から聞いた幹奈と梢の過去だ。
別に事情を知ったからといって何かが出来る訳ではない。既に終わってしまった過去の話であり、妖に対して何か思うところはありませんか? なんて馬鹿正直に尋ねても、本心が返ってくる筈は無いし、何より不謹慎だ。
気にするだけ無駄だと理解してはいる。それでも気にせずにいられないのが、感情の厄介なところだ。
「冷良さん! 何をボーっとしていますの!」
「え? あ……」
不本意ながら聞き慣れてしまった紅の怒鳴り声で我に返り、今の状況を思い出す。
場所は身体を動かす際に使う修練場で、集まった巫女たちは顔と胴と手を覆う防具を身に着け、各々が選んだ竹刀を持っている。
そう、今は武芸の時間だった。
梢が何故か納得顔で頷きながら言ってくる。
「ああ、これが姫様の仰っていた……とはいえ、今のは冷良さんが悪いわね。武芸の修練は下手をすれば怪我をすることもある、気を抜かれては困るわよ」
ぐうの音も出ない正論である。冷良は消沈しながら頭を下げた。
「……ごめんなさい」
「まあ、実際に怪我をする前に気付けて良かったわ。あなたのことをよく見てた、仲良しのご友人にお礼でも言っておきなさいな」
「仲良しではありませんし友人でもありませんわ!」
「どうもありがとうございます、紅さん」
「どうして素直にお礼なんて言ってますの!?」
梢に促されたのもあるが、指摘してもらって純粋に助かったからである。
なお、梢の楽しそうな微笑を見る限り、仲良しや友人うんぬんは多分わざとだ。
「丁度良いわ、次はあなたたち二人で組みなさい」
今は外での走り込みや素振りといった基礎稽古を経て、二人ずつ打ち合う試合稽古の最中だ。
梢の指示通り、冷良と紅は修練場の中央まで移動する。
目の前に並んだ紅は、あいも変わらず忌々しげにこちらを睨みつけている。冷良の巫女としての不甲斐なさが目につくのもあるだろうが、根底にあるのは妖に対する嫌悪感だ。
やはり幹奈や梢も内心はこんな感じなのだろうか? と逸れかけた思考を慌てて叱咤する。今しがた注意されたばかりなのだ、今度やらかせば退場を言い渡されてもおかしくはない。
冷良は今度こそ稽古に集中し、左右の手に握った小太刀を構える。
……一瞬、紅のこめかみがぴくりと動いたように見えたのは気のせいだろうか?
ちなみに紅の得物は薙刀だ。別に明確な決まりがある訳ではないが、女の
だが、冷良は幹奈から小太刀を習っている。当然、稽古で使うのも小太刀である。
「それでは――始め!」
「――――やぁっ!」
審判を務める梢の合図が出た瞬間、紅が鋭い踏み込みで距離を詰めたと思ったら、
これには冷良も面食らった。いくら気が強いとはいえ良家のお嬢様である紅が、ここまで攻撃的な戦法を取るとは。
(ええと……左右の小太刀は一と一ではなく一対として捉えて、自分を中心とした流れの如く扱うべし)
次々と打ち込まれる薙刀を左右の小太刀でいなしながら幹奈の教えを思い返し、徐々に落ち着きを取り戻していく。崩れていた型にも修正を加え、紅の動きを観察する余裕も出てきた。
成程、何事にも真面目なだけあって武芸の腕も高水準に纏まっている。
ただし、そこには女性にしてはという前提が付く。
冷良が幹奈から小太刀を習うようになってまだ数日だが、巫女になる前は都の道場に通い、旅の最中も時折出会う気のいい浪人たちに稽古を付けて貰っていたのだ。そういった者たちと比べたら、紅の動きは鋭いが軽く直線的で、慣れてくれば対処も簡単になってくる。
「へー、案外やるのね。教え始めてまだ数日なのでしょう? あの子」
「絶望的なまでに筋力が足りていませんが、目と勘が桁外れに良いようなのです」
冷良の立ち回りを観察していた幹奈と梢は揃って好評している。それが聞こえたのか、紅の表情が一層険しくなり、動きが大振りになってきた。これなら隙を見つけるのも容易い。
(そこっ!)
上から振り下ろされる薙刀を右の小太刀で外側に弾きつつ一歩踏み出し、弾くのに使った動きを殺さないまま左の小太刀を打ち込――もうとしたところで、身体が一瞬硬直した。
動きの流れを途切れさせたことで踏み込みは浅くなり、振り抜く小太刀からも勢いが失われ、紅は間一髪のところで後ろへ下がって回避してしまった。
難を逃れた紅は怪訝な表情を見せたが、すぐにまた一気呵成の攻めへと移る。
しかし、やはり隙を見つけるのは容易く、右から大きく薙ごうとしてきたところで、機先を制して懐に飛び込――もうとしたところで今度は足がもつれてつんのめり、胴薙ぎをまともに食らいそうになる。
危ういところで小太刀を間に挟んで防ぎ、慌てて後ろへ下がると、紅は今度こそ顔に憤怒の感情を浮かべていた。
「……私を馬鹿にしていますの?」
「い、いや、そんなつもりは全然……」
「――っ」
三度、紅は果敢に攻め立ててくる。冷良は反撃せず受けだけに回っており、ただの一発も有効打は通らない。
冷良は何となく、自分の不調の原因に当たりを付けていた。
それは――相手が女の子だからである!
良い男とは女を守るもの、傷をつけるなんてもっての外。そんな認識が冷良の中にある。
無論、これは試合稽古であり防具も付けている。だが、衝撃を殺せる訳ではない。まともな一撃を食らえば普通に痛いし、打ち所がずれれば怪我をすることもある。そういった事実が頭の隅をよぎり、攻めに移ろうとする際に無意識が歯止めをかけてしまうのだ。
いつまでも続く一辺倒な攻めと防御。誰が見ても異様ではあるが、こと技量においてはどちらが上か徐々に理解が及んでくるだろう。
そしてそれを誰よりも実感しているのは、他ならぬ紅自身。
「本気で相手にするのも馬鹿らしいということですか! 妖の力を持つあなたには! 幹奈様の指導を直接受けるあなたには! 人の小娘が嗜む武芸など児戯にも等しいと!」
「ち、違……っ」
目の端に涙を浮かべながら放たれる紅の叫びは、単なる怒気ではなく悲痛さを伴っていた。
冷良とて、違うと声高らかに叫びたかった。
だが、不調の原因は冷良の中に根付く男としての価値観によるもの。当然明かせる筈は無く、そんな状態で発した否定の説得力など火を見るよりも明らかだ。
結局、弁明も出来ないままただ時間だけが過ぎていき――
「はい、そこまで。二人共下がりなさい」
あまりに動かない展開に、遂に梢から終了の沙汰が下る。
だが、紅は納得出来ないようで、梢に食って掛かる。
「ま、まだ決着は付いていませんわ!」
「これ以上やっても無駄なことは、あなたが一番理解しているでしょう?」
「…………っ」
図星だったのか、俯いた紅は何も言い返せない。拳を握り、唇を噛みしめ、肩をふるわせるばかり。
冷良は居たたまれなくなり、何か声を掛けねばと無意識に手を伸ばし――
「あの、紅さ――」
「――っ」
伸ばした手は乱暴に振り払われ、悔しさの滲む瞳でこちらを睨んだ紅は、そのまま何も言わず修練場を後にしてしまった。
「紅さん!」
「止めておきなさい」
「幹奈様……」
「今あなたが追いかけても逆効果になるだけでしょう。あなたが一切打ち込まなかった理由については……まあ、おおよそ察せます。その辺の対策をしておくべきでしたね、私も配慮が足りませんでした」
違う、いくら冷良の性別を知っていたとしても、こんなことになると予想出来る筈が無い。
つまり、悪いのは全て自分。
自分が、紅を傷つけ、泣かせたのだ。
翌日。
巫女となってからは初めての休日となるこの日、冷良は氷楽庵に戻っていた。給仕の仕事は小雪が新しく雇い入れた少女がいるので、土間で座敷に腰掛けてだらけていても問題は無い。ちなみにここは奉神殿ではないが、念の為に冷良は今も女装したままだ。
「はぁ~……」
「…………」
「あ~……」
「…………」
「う~……」
「うるさい」
「あ痛っ!」
頭に衝撃が走り、傍らに拳大の氷塊が転がり落ちる。
顔を上げれば、そこには冷ややかな表情でこちらを見下ろす小雪の姿が。
「あれ、作業はどうしたの?」
「ん~? あれだけ私の集中を乱しておいてその言い草~? 今度は
即座に土下座。相手を怒らせたなら謝る、これ大事。
幸い今回の怒りは前回程強くはなかったようで、呆れの溜息を吐くだけで流してくれた。
「一旦客が途切れたから一息ついてても大丈夫よ。で、何だっけ? 同僚に妖を嫌ってる奴がいるから、腹いせに虐めて泣かせたんだっけ? うわ陰険、外見だけじゃなくて心まで女らしくなって来たわね。悪い意味で」
「それわざと言ってるよね!?」
冷良の抗議もものともせず、小雪は肩を竦めて鼻を鳴らす。
「陰険が嫌なら馬鹿ね、いや屑の方が相応しいかしら? 女を泣かせるなんて、男の風上にも置けないわね」
「ぐふっ」
言葉の刃が的確に冷良の胸を抉り――
「――って、言って欲しかったんでしょ?」
「…………」
全てを見透かしたように告げてくる小雪に、冷良は降参とばかりに両手を上げた。
真実を知る幹奈だけでなく、他の同僚にも冷良の人となりはある程度伝わっていたようで、紅を泣かせた件について触れてくることは無かった。何か事情があったと思ってくれているのだろう。
だが、当の冷良は自分が悪いと認識しているのだ。いっそのこと誰かに面と向かって責められた方がまだすっきりする。
「馬鹿ね」
「二度言わなくても……」
「さっきのは女を泣かせたことに対してよ。今度のはあなたの不器用さに対して。適当に手を抜いて満足させてあげるとか、色々とやり様があったでしょうに」
「そういうのは……良い男のやることじゃない気がする」
「それで女を泣かせてたら世話ないでしょうに」
ふわりと、冷良の頭に小雪が手のひらを乗せ、そのまま撫で始める。
「本当に……馬鹿なんだから」
三度目の『馬鹿』。
しかも、子供の時分ならいざ知らず、心身共に成長した男からしてみれば頭を撫でられるなど羞恥の極み。
それでも、小雪の声色や頭を撫でる手つきが優しく、彼女なりに自分を元気付けようとしているのが分かってしまい、無下に振り払うことも出来ない。仏頂面でそっぽを向くのが、今出来る唯一の抵抗だった。
――と、不意に頭を撫でられる感触が消えたと思ったら、個気味の良い音を立てて叩かれる。
「あたっ!?」
「さ、優しい小雪さんはここまで。男らしくなりたいんでしょう? なら、
休日で心身を休ませに来た身内には酷い言い草である。
とはいえ、心から嫌だとは思っていない自分がいて、冷良は苦笑しながら立ち上がる。
「なあ、その客引きとやらは妾もやって良いのか?」
「はいはい、やらせていただきます――よ……」
自分より先に台詞を挟み込んできた小雪ではない誰かの声に、冷良は顔から血の気が引くのを感じた。
私的な空間に第三者が入り込んでいたからではない。その第三者の声が、あまりに聞き覚えのありすぎるものだった故に。
「さ、咲耶様……」
「うむ、来てしまったぞ!」
普段と違って動きやすそうな服装だが、その人間離れした美貌は見間違えようも無い。
天上におわす女神たる咲耶姫が、市井の甘味処である氷楽庵にやって来ていた。
何時から、何故、どうやって。本来いの一番に浮かんでくる筈の疑問は浮かんでこない。
冷良の思考を満たすのは――空白。想像すらしていなかった出来事を前にした衝撃で、只々呆然としていた。
「あら、冷良のお友達? いつも身内がお世話になってるわね、私は冷良の親代わりをしている小雪よ、よろしくね」
「うむ、小雪だな、その名前しかと覚えておこう。妾は山界を統べる大山津見が娘、草花を司る国津神、木花咲耶姫である。以後、よしなに頼むぞ」
小雪が外行き用のにこやかな笑みを浮かべたまま固まり、未だ呆然としている冷良の足を軽く蹴りつけて我に返す。
視線だけでも伝わって来る小雪の驚きに内心で共感しながら、冷良は弱々しく首肯した。
小雪が口の端を引き攣らせる。変化自体は些細だが、非常に珍しい光景だ。
「……知らなかったとはいえ、女神様に無礼な振る舞い、申し訳ありませんでした」
とはいえ、表に出す動揺をその程度に抑え、すぐさま冷静な対処に移る辺りは流石と言うべきか。
「妾は気にせぬ故、面を上げるがよい」
「それでは」
という訳で、咲耶姫と小雪の初対面はどうにか穏便に済んだ。
だが、問題は全く過ぎ去っていない。
「それで……咲耶様はどうしてこんな所に?」
「うむ、丁度幹奈も外に出ているし、いつも味わっている氷菓の製作者に一度会っておこうと思ったのだ。捧げ物の製作者に言葉の一つも送らぬようでは、女神の器が廃るというものであるからな」
「でも、咲耶様が歩いてたら大騒ぎになるんじゃ?」
「そこはほれ、妾は女神故な、このような便利道具の一つくらい持っているというものだ」
と、手を差し出して見せてきたのは神秘的な雰囲気を放つ羽衣だ。
「周囲に与える認識を歪ませる羽衣型の神器だ。これさえ被っていれば市井の者は妾が咲耶姫であることに気付けぬ。まあ、妾と縁の深い者は誤魔化せぬがな」
「へ~」
流石は女神といったところか。他にも様々な神器を持っているのだろうか。
「さて説明はこの辺で……小雪よ、雪女の妖力を菓子に利用するその発想。味も含め、見事である」
「お褒めに預かり光栄です」
「今後も美味な氷菓を頼むぞ」
「ええ、勿論です。それが契約ですからね」
人間であれば神々から直接お褒めの言葉を賜ろうものなら、涙と鼻水を垂れ流しにして狂喜乱舞してもおかしくはないのだが、小雪は至って冷静だ。むしろ若干の隔意を感じる。
そういえばと、冷良は思い出す。
人間と違って神への信仰心を持たない妖は、神に対して無関心か、その傲慢な在り方を嫌っているかのどちらかになる場合が多く、小雪はどちらかといえば後者だ。今更ながらに、この二人が相対して大丈夫なのか不安になってきた。
「とまあ、用事の一つはそんなところである。後は、昨日の一件で冷良が気落ちしているようだったからな、ついでに様子でも見ておこうと思ったのだが……」
そう告げるや否や、ずいっと身体を寄せて至近距離から冷良の顔を覗き込む咲耶姫。
「あの、何を……?」
「……うむ、良きかな!」
……何が?
いまいちよく分からないが、冷良の顔色は咲耶姫を満足させるに足りたらしい。嬉しそうに頭を撫でてくる……が、身内の前でされると途轍もなく恥ずかしい。
すぐにやんわりと離れようとしたところで、急に小雪から両肩を掴まれて引き寄せられてしまった。
「では女神様、もう用事はお済みになりましたね? こんな場末の店にいてはあなた様の威光も陰るというもの。どうかこの子のことは気にせず、奉神殿へとお戻りくださいませ」
口調自体は丁寧で下手だが、内容は要約すれば『帰れこの野郎』である。冷良は慌てて小雪を見咎める。
幸い、咲耶姫はそのまま忠言と受け取ったようで、特に機嫌を損ねた様子は無かった。
「まあ、確かにここでの用事は済んだ。とはいえ、折角外に出たのだ、もう少し市井を見物するのも良かろう。という訳で、冷良には妾の供を命ずる」
「え、僕ですか!?」
「そなた以外に誰がいる。市井を見物するにせよ、一人より二人の方が興が乗るというものであろう」
ごもっとも。
それに、今までの無茶ぶりに比べれば外歩きの供くらい軽いものである。
「分かり――」
「申し訳ありません、この子は慣れない巫女としての生活で疲れ果てておりまして。出来ることならゆっくり休ませてあげたいのです」
冷良の返事を遮った小雪が申し訳なさそうに訴えると、咲耶姫が訝し気に目を細めた。
「……そなた、つい先程冷良に仕事を言いつけたところではなかったか?」
「ええ、この子の疲れは精神的なものですから。家に引きこもっているよりは、外で仕事をした方が気晴らしになると思いまして」
「むむ……で、では、妾も冷良の仕事を手伝おう!」
「えぇっ!?」
「いえいえ、あなた様は冷良が巫女として仕える主、共にいれば休まる気も休まらないというものです」
「わ、妾が冷良にとって邪魔と申すか!」
そもそもそれ以前の問題ではないか、とは突っ込めない雰囲気。
「なあ冷良、妾はそなたにとって邪魔なのか!?」
目を潤ませる咲耶姫の表情は、まるで捨てられた子犬のよう。これを冷たく突き放せるような者などこの世に存在するだろうか?
「そんな訳無いじゃないですか。僕は咲耶様と一緒だと楽しいですよ」
途端、咲耶姫の顔に輝く満面の笑み。
「うむ……うむっ! ならば早速、妾と共に表に出ようではないか!」
噛みしめるように頷き、冷良の手を取って引き寄せる。ついでに小雪へ勝ち誇ったようなどや顔を浮かべた。
小雪の笑みが、先程とは別の理由で引き攣る。というより、既に目の方は笑っておらず、冷良の背筋を悪寒が走り抜けた。女神の機嫌を損ねるのは言語道断だが、小雪を怒らせるのも同じくらい恐ろしいことを知っているが故に。
小雪が冷良の肩に手を回し、再び自分の元へ引き寄せる。
「女神様、
「それはそなたに対しても言えることではないのか? いい歳の癖に子離れ出来ぬ母親を持って冷良は大変であるな」
「母親……ふ、ふふ……そうですか、私はこんなに大きな子供がいる年齢に見えますか、ふふふふ……」
(ひぃいいいいいいいいいい!)
小雪は冷良の母親代わりではあるが、決して母親ではない。というより、実のところ二人の年齢差は少し歳の離れた姉弟程度だったりする。母親扱いは、小雪の触れてはならない逆鱗の一つだ。
「しかし、いい歳の癖に、ですか。ふふ……」
「……何がおかしい」
「いいえ大したことではありません、永遠の時を生きる女神様からしてみれば、神ならざる者は全て小童や小娘と変わらないのだろうなと思いまして」
「……ほう、つまりそなたはこう言いたい訳か――妾の方は途轍もない年増ではないかと」
「いいえまさか。ただ、『遥か年下の』小娘の気を引こうと躍起になっているご自身の姿を、後で思い返して後悔なさらないかと憂慮した次第でございます」
「そうかそうか、そなたなりの忠言であったか、ならば女神として褒めねばなるまい。大義であるぞ、小雪よ。ふ、ふふふふ……」
「恐縮でございます。ふふふふふふ……」
響きだけは和やかに、二人のどす黒い何かを纏った笑い声が混ざり合う。間に挟まれる冷良の本能は危機を訴えて止まない。二人の怒りをせき止める理性の軋む音が幻聴として聞こえてくる。
「「ふふふふふふふふふふ」」
(頑張れ理性! 負けるな理性!)
この危うい均衡が崩れた際の惨劇を思い、冷良はただひたすら祈る。
その時だった。
「こ、小雪さん!」
店内に飛び込んできたのは、小雪が冷良の代わりとして雇った給仕の娘だ。素朴だが愛嬌のある顔立ちで、人目を引きはしないが、接する相手の警戒を自然と緩める気安い雰囲気を持っている。
そんな彼女だが、今はその表情が焦燥に染まり、やたらと目立つ容姿の咲耶姫に目もくれていない。
見るからにただならない様子に、いがみ合っていた小雪と咲耶姫も表情を引き締める。
「どうしたの? 何かあったのかしら?」
「実は――」
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