かくも厳しき女装巫女生活

 物心ついてすぐの頃から小雪の元で育った冷良は、両親の思い出というものをあまり持っていない。

 けれど、美しい雪女の母と格好良い侍の父は両方とも強く優しく、自分もこんな風になりたいと憧憬を抱いていたことはよく覚えている。

 そんな両親は、冷良の頭を撫でながらよく言っていた。

 ――良い男になれ、と。

 良い男とやらの意味は、当時は勿論今でも正しくは理解出来ていないのだろう。ただ、父のような男になることが、それに近付くことであるのだろうと、何となく思う。

 幼い息子を小雪に預けた理由に関して、冷良は何も聞いていない。引き受けた小雪も詳しいことは聞けなかったという。

 それでも、一緒にいられた短い時間の間、両親が愛情を溢れんばかりに注いでくれたことを確かに覚えている。

 だから、冷良は両親が願った通り、日々良い男とやらを目指すのだ

 ……外見が日を追うごとに母に近付いている(小雪談)というのは、何とも言えない皮肉だが。






「…………」


 つい両親のことを思い出してしまうのは、目指していた理想と現実があまりにもかけ離れているからだろうか?

 身に纏うのは白い小袖と緋袴で構成された巫女装束、顔には薄く化粧を施し、手を前で組んで楚々とした態度を保つ。

 ……理想に向かって前進するどころか、むしろ激しく後退しているような気がしてならない。

 ここは奉神殿の敷地内に建つ、巫女たちの宿舎だ。隣には幹奈も付き添い、冷良を紹介している。


「本日より新しい巫女として働く冷良です。皆、先達としてしっかりと仕事を教え込むように」


 大量に集まる値踏みするような視線。当然、全員が巫女でありうら若き少女たちだ。市井で注目を集めた時とはまた別の圧を感じてしまう。

 前々から男だと主張しても半信半疑だったくらいだ、女性としての体裁をしっかりと整えた今、ちょっとやそっとのことで男だとばれることはあるまい、不本意ながら。

 とはいえ、少女たちが冷良を新たな仲間として受け入れてくれるかはまた別の問題だ。

 集団の一員となることに固執する訳ではないが、共に生活する以上は良好な関係でいたいというもの。

 一応、半妖の少女が新しく巫女になることは予め伝えられているらしいが、果たしてどうなることやら。

 微かな緊張を胸に、姿勢と表情が崩れないよう静かに奮闘していると、黄色い歓声が静寂を破った。


「まあっ、半妖と伺ってどのような方が来るのかと思っていましたが、あなただったのですね!」

「凄く可愛いです! 磨けば光るとは思っていましたが、まさかこれ程までとは……!」

「ええ、まるで雪の精みたいです……」


 知り合いだと分かって気安く声を掛けてくる者や、冷良の女装――向こうからしてみればこちらが正しい恰好なのだろうが――を初めて見る者がその美しさを絶賛してきた。

 彼女たちの反応を皮切りに、他の少女たちも次々と称賛を口にしながら冷良を取り囲んでいく。

 異性から黄色い声で口々にもてはやされる。まさに、男なら誰しもが一度は思い描く夢そのものではないか。

 けれど悲しいかな、少女たちは『女』の冷良を讃えているのであって『男』の冷良ではない。

 そもそも、夢とは叶っていないのだから夢と呼ぶ、つまりは妄想に過ぎない。

 であれば、大勢の異性とお近づきになった実経験を持たない冷良に、この状況を素直に喜ぶ余裕があるなどとどうして思えようか!


「わ、わ……っ!」


 肉体的にはか弱い筈の少女たちが醸し出す独特の圧と勢いに、冷良はひたすらたじたじとなるばかり。

 そんな惨状を見かねてか、この場で唯一冷良以外に事情を知る幹奈が助け舟を入れてくれた。


「あなた達、盛り上がるのもその辺にしておきなさい。新人が来たとしても、日々やるべきことに変わりはないのですからね」

「「「「「は、はい、申し訳ありません!」」」」」


 幹奈は巫女を統括する巫女頭、つまるところここにいる少女たちの上司である。そんな人間からの淡々とした注意は、浮かれていた少女たちに浴びせる冷や水として十二分に役目を果たした。

 場が落ち着いたことを確認した幹奈は再び口を開く。


「では、私はこれで。皆、今日もしっかりと励むように」


 応じるのは少女たちの威勢の良い返事。

 幹奈は満足げに頷いて踵を返し、宿舎を後にした。そこで口々に漏れる気の緩んだ吐息を注意するのは酷というものだろう。

 とはいえ、そのままだらけることはなく、各々てきぱきと行動に移っていく。

 問題は新人である冷良についてだが、相談の結果、最年少の巫女が基本的なことを教えることになった。


「初めての後輩が出来て嬉しいのです! 分からないことがあったら、この頼れる先輩に何でも聞くといいですよ!」


 とのこと。初めての後輩ということで舞い上がっているのが丸分かりで、他の巫女たちが微笑ましそうに見ているのが印象的だった。

 彼女によると、午前は炊事洗濯掃除とのこと。

 どんな難題が出てくるかと身構えていた冷良は肩透かしを食らった気分だったが、奉神殿の敷地は都の名家が所有するどの屋敷よりもずっと広く、生活している人数も十を越える。単なる家事仕事でも、必要となる労力はかなりのものだ。

 誰がどの仕事を担当するかは日替わりの当番制で、冷良は掃除当番だった小町に付き従う形で、箒や雑巾を手に敷地内を文字通り走り回った。その忙しさは時間を忘れるほどで、ようやく終わった頃には既に昼前だ。


「ふう……掃除だけでも結構きついですね……」


 昼食の為に宿舎の食堂へ向かう道すがら、冷良は額に浮き出た汗を拭いながら指導役の先輩巫女に話しかけた。


「今日はまだましな方なのですよ。お祓いや祭具の手入れなんかも時々加わりますから」

「うへー……」


 今朝を越える忙しさを想像し、げんなりと肩を落とす。

 と――


「巫女ともあろう者が、だらしない言動をなさらないでくださいまし。同じ巫女である私たちの品位まで疑われますわ」

「あ、ご、ごめんなさい」


 思わず謝ってしまった冷良の脇を、一人の巫女が追い抜いていく。

 彼女が廊下の角を曲がって姿が見えなくなると、冷良はがっくりと肩を落とした。


「嫌われてるのかな……」

「げ、元気を出すですよ。紅さんは誰に対しても大体あんな風に厳しいのです」

「うーん……確かにあの人、さっき僕が紹介された時も歓迎してない感じでしたけど……」


 大勢の少女に囲まれてあたふたしていた冷良だが、その輪に混ざらず離れた位置から突き刺さる刺々しい視線には、しっかりと気付いていた。

 とはいえ、冷良に嫌われるようなことをした記憶はない。

 ――いや、一つ思い当たる可能性がある。


(もしかして、僕が男だってばれた!?)


 確かに冷良は自分で男だと主張しても信じてもらえない程の女顔だが、滲み出る男らしさを感じ取ってしまう者が一人くらいいてもおかしくはない。

 正直な感情としては非常に嬉しい。お近づきになって仲良くなりたいくらいだ。

 だが、今の状況でそれは不味い。性別の露見は自分や幹奈、そしてあの日門番をしていた二人の巫女たちの破滅を意味するのだから。

 可能性は決して高くないだろうが、ことが自分だけでなく他人まで関わるだけに、一刻も早く真実を確認しておきたい。


「僕、ちょっと聞いてきます!」

「え、あの、ちょっと――!?」


 冷良は先輩巫女の静止も聞かずに駆け出す。紅は特に急いでいた訳でもないので、すぐに追いつくことが出来た。


「紅さん!」

「は、はい!? ってあなた! ばたばたと品のない音を立てながら走るなんて、巫女どころか淑女としても――」

「あの、もし僕を嫌ってるなら理由を教えてくれませんか!?」

「えぇっ!? そ、それをいきなり本人に聞きますの!?」

「凄く気になるので!」

「気になるからって即尋ねるものではないと思うのですが! そ、そもそも、私があなたの疑問に答える義理なんてありませんわ!」

「そこを何とか!」

「何なんですのよあなたはー!」


 普段であれば、日々良い男を目指す冷良は異性へ強引に迫ったりしない。

 だが、如何せん今は余裕がない。いくら拒絶しても引かず、しばらく押し問答を繰り広げ、つい紅の両手を強く掴んでしまった。

 瞬間、困惑していた紅の表情に明確な怒りが宿る。


「触らないでくださいまし! この、邪悪な妖め!」

「え……」


 勢いよく手を振り払われ呆然とする冷良は、ひとまず明確な間違いを正しておくことにした。


「僕、半妖です」

「同じですわ!」


 結構違うのだが、紅の中では同じ枠に分類されているらしい。


「いくら現代が共存の時代とはいえ、古来より妖はずっと人間に仇なしてきたではありませんか! あの時だって……」


 自身を抱きしめる紅の表情が恐怖に染まる。

 現代を生きる妖、特に都で暮らす妖は温厚な性格の者が多い。だからこそ人の営みにも自然に溶け込むことが出来るのだ。

 だが、全ての妖が安全な訳でもない。人間にはぐれ者がいるように妖にもはぐれ者はいるし、特性の関係で根本的に人間と相容れない種族もいる。

 紅は過去に、そういった妖に襲われた経験でもあるのかもしれない。

 恐れを振り切るように首を振った彼女は、冷良を冷たく見据える。


「お分かりになりまして? 私は絶対に、あなたと馴れ合うつもりはありませんわ」

「そう……なんですか……」


 半ば反射的に返事をしながら、冷良は紅の主張を頭の中で端的に纏め――


「良かったぁ……」

「ええっ!?」


 紅がぎょっと目を剥いたことにも気付かず、冷良はただひたすら安堵していた。


(僕が男だってばれたんじゃないのか!)


 命の危機が杞憂だと分かった喜びに比べれば、他の全ては些細なことである。


「答えてくれてありがとうございます。あと、強引に詰め寄ってすいませんでした」


 誰が見ても分かるほどに上機嫌になった冷良は、にこやかにお礼と謝罪を口にして宿舎の食堂へと向かうのだった。


「本当に……何なんですのよぉおおおおおおおおおおお!」


 もはや悲鳴にしか聞こえない絶叫も、今の冷良は全く気にならないのである。


(うん、女装して巫女になるなんて無茶だと思ってたけど、割と何とかなるもんだ)







「僕に巫女は厳しいかもしれないです……」


 その日の夕方、冷良は咲耶姫に呼びつけられ、数日前にも見た煌びやかな座敷――謁見の間を訪れていた。面子も配置も当時と同じで、咲耶姫を挟んだ反対側には幹奈が座っている。

 開口一番に咲耶姫は「巫女の生活一日目はどうであった?」と期待の表情で問うてきたのだが、それに対する冷良の返事が先の弱音である。


「ほう、厳しいとな。一体何があった?」


 後ろ向きな回答を返されたにもかかわらず、咲耶姫はむしろ楽しそうだ。

 冷良は先程までの記憶を思い出しながら、絞り出すように告げた。


「巫女の修練……まさかあんなに難しいとは……」

「ふむ。幹奈、今日の修練は?」

「神楽でございます」


 炊事洗濯掃除と昼食を経た午後、奉神殿の巫女たちは様々な修練を行うらしい。内容は日によって違い、神を楽しませる芸や学問、いざという時に身を守る為の武術など様々だ。

 ちなみに本日初となる冷良がどんな様子だったかは……お察しである。


「その様子だと、てんで駄目だったようであるな」

「先生からは神楽にすらなってないって言われました……」


 ここで言う先生とは、かつて優秀だと評された元巫女の女性たちだ。巫女の資格を持つのは年若い少女だけなので、どんなに優秀でも大人になった者は巫女を辞めて実家へ戻ることになる。大抵はそのまま実績を箔として名家へと嫁ぐことになるが、奉神殿は時折そういった者たちに指南役を依頼することがあるのだという。

 幹奈が憂いのこもった溜息を吐いた。


「これでは先が思いやられますね。巫女の修練は他に歌詠み、琴、茶道、生け花などがありますが……」


 今までの人生とはあまりにも縁遠い単語の数々に、冷良は身体中の活力が奪われていくようだった。

 それに、気がかりはそれだけではない。


「……あと、よくよく思い返せば、同僚にも嫌いって言われてたような気がするんですよね」

「それはよくよく思い返すことではないと思うのだが……そなた、実は結構な阿呆ではないか?」

「えー、僕結構賢いって褒められること多かったんですよ?」

「……その台詞、頭でも撫でながら猫なで声で言われていなかったか?」

「あれ、よく分かりましたね?」

「よく分かった、そなたは阿呆だ」


 断言された。

 ちなみによく猫なで声で褒めてきたのは小雪だったが、別におかしな含みは感じなかった……筈である。

 いまいち納得がいかない冷良だが、咲耶姫の中では確定事項になったようで、さっさと話は次に進む。


「ちなみに、そなたに嫌いと告げたのは紅辺りか?」

「え、これも分かるんですか?」


 流石に二度も事情を言い当てられると、驚きが強くなる。


「そう驚くことでもない。巫女となる者は皆妾と定期的に直接顔を合わせている故な。人となりはおおよそ掴んでいる。当然、紅が妖を嫌っていることもな」

「…………」


 昼間は舞い上がっていてあまり気にしていなかった冷良だが、改めて第三者から淡々と語られると、真面目に考えざるを得ない。

 巫女としての生活を送る上で、一番優先すべきは性別を隠し通すことだ。

 だが、他者との関係をどうでもいいと思っている訳ではない。

 ――だからまあ、妖側だけじゃなくて、ちゃんと人の中にも居場所を作って来なさいな。

 背中を押してくれた小雪の言葉が頭をよぎる。

 ……嫌われているなら関わらないようにする、なんて考えにはなれなかった。

 とはいえ、紅が冷良を嫌う理由はその身体に流れる妖の血、そう簡単に解決できるような問題でもない。


「……仕方のない話ではあるのだ。人と妖が交わり始めてまだ十年、新たな世の形は朧気ながら出来つつあるが、集団に刻まれた恐怖や怨嗟が消えるにはまだまだ足りぬ。人だけでなく、妖もまた然り」


 どこか疲れたような声色で、咲耶姫は語る。今ではない何時かを広く見据えるその瞳は、彼女が長い時を生きる女神であることを実感させた。

 神ならざる冷良には、女神である咲耶姫が何を思っているか想像もつかない。

 けれど、彼女が重くて苦しい何かを抱えているように見えてしまって。


「……僕は人間にも妖にも知り合いがいます。折角なら、両方と仲良くしたいです」


 何故こんなことを言っているのか、冷良自身もよく分かっていない。ただ咲耶姫を元気付けたいという一心で、考える前に口が動いてしまったのだ。

 意見が返って来るとは思っていなかったのか、咲耶姫は意外そうに目を瞬かせたが、すぐに柔らかく微笑んでくれた。


「そうであったな、そなたは人でも妖でもない、どちらかに肩入れする必要はなかったか。うむ、今の話は忘れよ。そなたはそなたのやりたいようにするがよい」

「あはは……まあ、まだ何も思いついてないんですけどね」

「焦る必要はない。そなたならば――きっと上手くいく」


 決して大げさな口調ではない。雑談の中で同じように言われたなら、きっと大して気にもせず流していただろう程度のもの。

 けれど、今彼女が口にした言葉には、不思議な説得力があった。元気づける為の単なる気休めではない、何かしらの根拠を伴った強い確信を感じる。

 流石の冷良も無条件で鵜呑みにするほど幼い訳ではない。けれど、心の中で渦巻いていた不安が薄れたのは、確かな事実だった。

 と、まるで話がひと段落つくのを伺っていたように、幹奈が口を挟む。


「今日はそろそろその辺で。冷良にも休息が必要でございましょう」

「おお、そうであるな。正直まだ話し足りぬが、次の機会に取っておくとしよう」


 当たり前のように次の機会が予定されているが、最初が最初なのでもはや何も言うまい。

 という訳で、立ち上がって謁見の間から退出する幹奈に冷良も続く。

 廊下に出て襖が閉められ、咲耶姫の姿が見えなくなると、直前まで忘れていた疲れがどっと押し寄せてきた。幸い、巫女の修練が終わって夕食も食べてしまえば後は就寝まで自由時間なので、今からゆっくり身体を休めるつもりだ。

 幹奈は謁見の間の近くに私室を貰っているので、宿舎で暮らす冷良とはすぐに分かれることになる。


「じゃあ僕はこれで――」

「冷良、この後はどうするつもりですか?」

「え? 疲れたので休むつもりですけど……」

「お風呂は?」

「そりゃあ入りますよ」


 花の都の住民は基本的に風呂好きである。湯屋は他の都と比べて数が多く、当然奉神殿にも巫女たちの為に温泉が用意されている。冷良は花の都生まれという訳ではないが、入れるのなら入りたいと思う程度には気に入っていた。

 幹奈は畳み掛けるように尋ねてくる。


「どうやって?」

「どうやっても何も……適当な時間に普通に――っ」


 幹奈の意図が分からず、訝し気に答える冷良だったが、実際に自分がそれを行動に移す様を想像し、息を詰まらせた。

 当たり前だが、奉神殿に用意されている温泉は特定の誰か専用という訳ではなく、巫女たちの共用である。

 更に当たり前なことだが、湯浴みとは基本的に裸で行うものである。

 つまり、冷良が温泉で一日の疲れを癒している間、傍にはある筈なのだ。

 ――うら若き乙女たちが無防備に晒す、一糸纏わぬ生まれたままの姿が!

 それはまさに、男なら一度は夢見る魅惑の桃源郷。

 しかし、そこへ飛び込むことは、冷良の性別を告白することに等しい。


「……皆が寝静まった頃にでも入ります」


 入浴の時間は特に決められている訳ではない。温泉なので火を焚く必要がなく、真夜中でも湯に浸かることが出来る。必然的に就寝時間は遅くへずれ込むことになりそうだが、男で巫女になる無茶を思えば、その程度の不便は大したことではない。

 という希望的観測は、すぐに打ち砕かれることになる。


「夜更かし、あるいは夜中に目を覚まして眠れなくなった者が、気晴らしに入浴することが時々ありますよ。もし万が一が起こった時、上手く誤魔化す自信はありますか?」

「……無いです」


 頻度としては決して高くないのかもしれない。

 だが、その万が一は破滅の危険を孕む毒である。大丈夫、何とかなると笑い飛ばすことなど、絶対に出来なかった。

 とはいえ、ならばどうすると考えると次が出てこない。誰かと鉢合わせるのは絶対に駄目、夜中に入浴する者もいるとなれば、実質的に冷良の入浴は完全に封じられたようなものだ。


「ええと……手ぬぐいで身体を拭くだけにする……とか?」

「一時しのぎにはなるかもしれませんが、いずれ限界が来るでしょう。湯浴みをしていないことに気付かれ、理由を追求される方が厄介です」

「けど、他に方法が……」


 冷良ではこれ以上の妙案を思いつけなかった。

 一方、幹奈の方はすぐに同意を示さず、途轍もない苦悩の伺える表情であちらこちらに視線を彷徨わせ、やがて心底嫌そうに提案してきた。


「……仕方がありません、私も入ります」


 ………………。

 …………。

 ……。


「…………ナンデ?」

「もし万が一誰かと鉢合わせた時、私が傍にいれば誤魔化すことも可能でしょう」


 成程、同性であれば裸を見ても動揺はしないだろうし、巫女頭である幹奈なら巫女たちも強くは出れない。完璧な理論だ。

 ――幹奈と混浴するという、唯一にして特大の問題を除いては!


「えーっと……それはそれで結構不味いんじゃ……」

「これが私の出せる最善です。あなたが代案を出せないのであれば、もう決定事項です」


 よく見れば幹奈の顔も赤い。発案はしてもやはり不本意で、けれど彼女なりに覚悟を決めているのだろう。

 ならば、ただ恥ずかしいという理由で拒み続けるのも、男としては器が小さいと言えるのかもしれない。


「分かり……ました……」


 返す声は男らしさとは程遠い、か細いものだったけれども。

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