第15話

玄関のドアを開けてもらうと、ふと、一人暮らしの男の部屋に上り込むなんていつぶりだろうかと考え込む。悟と別れてからというもの、男性に対する興味を気持ち良いくらいに失っていた。男と二人きりでいること自体が久しぶりであったことに今更気付く。

しんとした冷たい廊下、突き当たりのドアを開けるとカウンターキッチンが見える。シンデレラボーイはこんな良い暮らしをしているのかと、嫉妬心が浮上しかけたが、贅沢な暮らしぶりが嫌味なく似合うから、そんな気持ちはすぐに消えた。

歩いて蒸れた足先から、不快な臭いはないだろうかと心配になり、廊下にかかっていた消臭スプレーを手に取り、気付かれないようにこっそりとかける。この後どうすればいいのかとおろおろしていると、促されるままに、上着を脱いで、差し出されたハンガーを受け取る。

「テレビとか好きに見ててください、一時間くらいで完成させるんで」

そんなに手際がいいのかと、疑いの眼差しを向けながら、行く宛のない目線をリモコンに向ける。悟のテレビと同じ機種かと思ったが、微妙に配列が違う。

私の居場所はここではないということが、嫌でも分かる。どんなにザッピングしてテレビ番組を探しても、落ち着くことが出来ない。


ニンニクの匂いが漂う中、手持ち無沙汰な私に気を遣って出してくれたクラフトビールをおもむろに開け、キッチンへと歩を進める。彼は少し焦ったように私を見る。

「とりあえず、乾杯しない?」

居心地の悪さはアルコールを入れれば緩和されるはずだ。そして、渇いたのどを潤したかった。

「あの、サラダだったら、すぐ出るんで」

別の作業に没頭していたせいか、茹であがったラザニアがくっついている。気付いていない彼を横目に菜箸でするすると剥がす。それを見て彼はますます焦り、思わず笑ってしまった。

「いいよ、一緒に作ろう」

「すみません、ありがとうございます、じゃあとりあえず、乾杯」

彼の一挙一動が初々しくて、苦しい。オンとオフの差が激しいのは業界人にありがちなのだろうか。なんちゃって業界人気取りの私には分からない。

二人きりでいると、早瀬純は他の二十歳と変わらない。正解を探るように私を見る弱々しさは、雑誌で笑っている自信に満ち溢れた彼とはほど遠い。

クラフトビールとチューハイが空き、やはり控えめすぎた、お茶でももらおうかというところで、彼がおずおずとワインボトルを出してくる。

「これ、二十歳の誕生日祝いに貰って。さすがに一人じゃ開けられないので、手伝ってもらっていいですか?」

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