第13話
今までは何かあれば悟に愚痴っていたが、一人になってからというもの悩みは一人で仕舞込むようになっていた。自分が負け組判定されるのが嫌で、さも楽しそうな人生を送っているのだとアピールすることに必死だった。早瀬純は絶妙に聞き上手で、友達以上に本音を晒け出すことが出来た。
「ちょっと前まで付き合ってた人がね、私の後輩と結婚したんだ。私、結婚式に招待されたの。ひどいよね、元カノ誘うなんて」
冷めきったピザ生地に、ちらばったシラスをちまちまと載せる。死にたい、死にたい、死にたい、死にたい。ふと、シラスと目が合った気がした。そんな目で見てないで、早くそっちの世界に行かせてよ。
「白を見るたび、後輩のウエディングドレス思い出すの。小さくてピンクが似合う可愛い系なのに、意外とシンプルで清楚なドレス姿が似合ってて」
彼はあまり酒を飲まずに冷静に聞いている。太陽が照明の役割を果たしている。白ワインがキラキラ光っていて、行きのタクシーで見た海面を彷彿させる。
「あかりさん、優しいんですね。素直にその人を褒められるなんて」
世渡り上手ゆえの口の上手さだ騙されるなと思いつつも、溜まっていた思いが浄化された気持ちになる。
ピザが片付けられ、デザートのカタラーナが出てくる。デザートが来るということは幕切れという合図だ。そろそろ夢のような時間も終わってしまうのだと寂しくなる。ちらりと坂戸さんを見てみると、必死にスマホを叩いていた。マネージャーは大変そうだ。
最後のプレートにシャッターを切る。バーナーで焦がされて固くなったカラメル部分をかんかんかんと割って、冷たくて甘いカタラーナを口に含む。口の中に少し刺さったカラメルはそこまで痛くなかったのに、涙が一筋頬を伝う。
「大丈夫ですか?」
溶けて液体になったカタラーナの一部をすくい、まだかろうじて固体であるカタラーナの上にかける。このカタラーナが溶けるのを止める術が見つからないように、この涙を止める術が見つからない。
「ごめんコンタクトが」
左目を隠し、化粧室に向かう。悟と別れてから、悟のことを思い出さないようにと意識してきた。なのに、何故だろう。早瀬純と話していると抱く必要のない罪悪感が生まれ、浮気をしているような気分になる。もう別れて一年半はたつというのに。
変な罪悪感と現実のギャップに耐えられなくて、涙がほろほろと零れる。不思議と呼吸は落ち着いていた。買ったばかりのグッチの時計を見ると、半の位置に長針が来ている。多分、そろそろ終了時間だ。戻らなければならない。
カタラーナはもう完全に液状化して、黄色い海を作っている。それは、私の分身の正体は私しか知らないはずだったのに、他人に知られてしまったことで、人格のバランスが崩れていく様を象徴しているようでもあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます