第12話

「はじめまして、よろしくお願いします」

眩しいというのが早瀬純の第一印象だ。顔が小さく、肌が陶器のようにきめ細かく透き通っている。目は茶色で不自然じゃない程度に大きく、やや垂れている。唇は薄いのに朱色に発色しているから存在感がある。メディアで騒がれるのも無理はない。実物を見たのが彼だけだから、ということかもしれないが、歴代のグランプリ受賞者で一番美しいのではないだろうか。坂戸さんの必死な訴えが痛いほど胸に染みた。

「わざわざ遠くにすみません。でも、どうしてもここが良くて。実は小さい頃に行ったことがあって」

目尻に皺を寄せて、満面の笑顔を私に向ける。完全無欠といっていいくらいの見た目なのに、何故か親しみ易さを感じる。デビューしたてで、業界に染まっていないからだろうか。だからこそ、ファンは勘違いしてしまうのだろう。きっと優しくしてくれるのではないかと。

ガラス張りで開放感の溢れるこの店にいる客は事務所の人間なのか、早瀬純の友達が囲っているのか分からないが、どこか異様な雰囲気で、何の説明がなくとも万全の体制であることを読み取ることができた。

ネット上の分身は日々美しくなっていっているが、実際の私は何も変わっていない。多少は女子力を上げようと高い化粧品を買ってみたりしたが、どんなに努力したところで、結局はただの一般人である。今まで会った人間の中で、突出して煌びやかな早瀬純の外見に恐縮する他なかった。

「この度は、なんだか面倒なことに巻き込んでしまってすみません」

今度は目尻ではなく、眉根に皺を寄せながら、神妙な表情で私を見る。

「坂戸も申し上げた通り、お約束の額はお支払いします。だから、少しだけご協力頂きたくて。予定が合う時だけで構いませんので」

二十歳になりたてのガキだと馬鹿にしていた私だが、意外ときちんとしている物言いに驚いた。多分、二十歳の時の私は敬語なんてろくに使えなかった。この業界の人たちは鍛えられているのだろう。食前酒が出され、ほどよく甘くてフルーティな味わいが口の中に広がる。惰性で飲んでいる中途半端に高くて甘いカクテルとは大違いだ。

これはフルコース撮ってコラージュしなきゃいけないやつか、と絶望感に浸ったが、必要のないことを思い出す。面倒臭いけど私は撮るだけでいいから楽だなと、肩の力を抜いた。

「私なんかがお役に立てれば良いのですが。先日坂戸さんとお会いした時に伺いたかったのですが、なぜ私を?」

彼はマネージャーをちらりと見た後に口を開く。

「優貴さんが教えてくれたんです」

そういえば木本優貴はツイートが被ると最初は削除していたが、寧ろ木本が私に被せてくるようになり、不思議だったが、あぁなるほどと納得した。

「軽めのスキャンダルが、埃を払い落としてくれるって」

さっきと同じように笑っているはずなのに、すごく冷たくて、ドキリとした。確かに目の前で動いているはずなのに、精巧に作られた石膏のように見える。

サラダが運ばれて来たところで、彼はナプキンを膝の上に広げた。慣れた手つきで写真を撮り、動きのない私を見て、今度は朗らかに微笑む。

「ねぇ、あかりさんの役目は何ですか」

甘えるような口ぶりで、私を焚きつける。我に返り、様々な角度からサラダを撮る。写真を確認してみると、彼の綺麗な指先が捉えられている。さすがに、相手がコップを手にしているところを取るなんて不自然じゃないだろうかと思いつつ、カメラが捉えた指先に見入ってしまう。爪が桜色で、すごく綺麗だ。

私たちのテーブルの横で、坂戸さんは私をチラチラと見ながら食前酒をゆっくりと飲んでいる。私たちと同じものなのだろうか。表情も顔色も一切変わることはない。ふと周りを見渡すと、全員が早瀬純のように作り物に見える。私だけが溶け込めていない。レタスと玉ねぎをフォークで刺すことですら緊張して思うようにいかない。

「お気付きの通り、今日は貸切りですよ。外からは貸切りだって分からないように周りを固めてもらってます」

そこそこ高級なレストランを貸切りに出来るくらいに大事にされている彼が遠くに感じる。芸能人どころか、若い男の子と話す機会なんてほぼゼロといっても過言ではないので、何を話せばいいか分からない。私が困っているのを察したのだろうか、早瀬純は微笑む。

「別に、写真さえ撮っていただければ、何でも大丈夫ですよ。話したくないのであればそれでもいいですし。ただ、僕はなかなかOLさんと話す機会なくて、折角なんで質問して良いですか?」

当たり障りのない質疑応答が繰り返される。琴線に触れないように気遣っているのだろう、言葉に詰まるどころかだんだん気持ちが和らいでくる。私の食の進み具合が遅いのに気付くと、今度は彼が身の上話を始める。彼の紳士ぶりに惚れそうだった。

出てきたばかりの白ワインを一気に半分飲む。残念ながら、私はワインの味なんて分からない。大学の近くにあったサイゼリヤの安いワインの味だけは識別的な意味で分かるけど。

彼の思い出の味だというシラスピザを写真に収める。アルコールが作用して、緊張の糸はすっかり解れていた。現実的な繋がりがなく、ただただ話を肯定しながら聞いてくれる相手は貴重だ。キャバクラに行ってしまう男の人の気持ちが分かった。

なかなか話が尽きずワインの追加注文のタイミングを伺うウェイターを困らせた挙句、話し終えた頃にはメインのピザは冷めきっていた。

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