第11話

仮想世界であるSNSでの遊びにも、だんだん飽き始めていた。こんなことをして、何になるんだろう。画像加工アプリに限界を感じ、フォトショップを購入してから、写真の精度が格段に上がり、画面の分身は理想の私そのものだった。私の分身が美しくなるにつれ私のブレーキが壊れつつあった。

そんな時、若手俳優の登竜門であるオーディションで選ばれたシンデレラボーイから、相談があるので会ってほしいとダイレクトメールが来た。今まで特定地域向けのネットアイドルや駆け出しの俳優を相手していたので現実味がない。悪戯だと思い、初めは無視していた。しかし、丁寧な言葉遣いと具体的な提案にのせられ、ついに彼と会うことになった。

待ち合わせ場所は少し前に美味しいと騒がれていた表参道のフレンチレストランだった。仮に騙されていてもいいから美味しいものが食べたい、とこの場所を指定した。通された先には三十代半ばくらいの地味な女性が既に着席していた。

「あなたが、あかりさんですね」

高圧的な物言いに身構える。

「本日は我儘言ってしまってすみませんでした。私があかりです。予約など手配いただき有難うございます」

話題のレストランとだけあって土日は予約がまず取れなかったのに、すんなりと取れたのはさすが業界人といったところか。マネージャーの坂戸と名乗るこの女性のことを、当の本人が現れるまでは私が敵に回したファンかもしれないと警戒する必要があった

しかし、話を聞くにつれ、全くその心配がないことが分かった。坂戸さんの表現は回りくどく面倒臭かったが、つまりは偽装の彼女になってほしいとのことだった。今回の主人公となる早瀬純は、女性向けの舞台で座長を務めたことで爆発的な人気を博した。握手会などを積極的にやっているからか、お近づきになれるかもしれないと勘違いした一部のファンがストーカーまがいの行為に及んでいるという。だから、ファン層を一部失ってもいいから、恋人というスキャンダルで厄介なファンを排除したいらしい。


「早瀬はいま精神的に参っています。今は引っ越しも出来ず、ホテルを転々としてるような状態です。芸能界に入ったばかりで、ただでさえ慣れないことも多いのに、このままじゃ引退するかもしれません」

どんな表情をすれば良いのか分からず、女の眼鏡についている指紋のような汚れをまじまじと見る。

「純は非常に才能があって、我々の事務所になくてはならない存在です。今回は詐欺ではなくて、本当に純と同じ時間を過ごしてほしいのです」

詐欺ではなくという言葉がズンと響く。自分でも騙される奴は阿呆だと嘲ってはいたけど、やはり簡単に分かってしまうものだったのかと思うと、羞恥心から顔を上げられなくなっている。私が怒っているものと勘違いした地味な女は戸惑ったようだ。

「ごめんなさい、そういうつもりではなくて」

会ってからずっと無表情だった彼女の表情がやっと変わったと思ったが、それもまた作り物のようで怖かったが、彼女の依頼に応えることにした。面倒な加工も彼女らがやってくれ、私はただ指定された時間に用意されたツイートを流せば良い。金額もなかなかのもので、拒否する理由は見つからなかった。


トントン拍子で早瀬純と会う日程が決まる。待ち合わせ場所は都内から離れ、湘南にあるシラスのピザが有名なイタリアンレストランだった。ご丁寧にも交通費は全額出すと言う。こんな楽なことで報酬を貰えるなんて、毎日あくせく働いているのが馬鹿らしくなる。

最寄駅にいたのは坂戸さんだけだった。今日もまた地味な格好をしている。ダサい眼鏡で隠されているが、彼女はなかなか美人の部類だ。もともとは女優志望だったのかもしれない。

「ご足労いただき、ありがとうございます。タクシーはあちらです。早瀬はもう店に着いております」

彼女はAIのように無機質な動きで、てきぱきと私を誘導する。私は中途半端にお辞儀をしてタクシーに乗り込む。太陽を反射させ、宝石のような飛沫をあげている海面をまじまじと見る。今日の目的を忘れ、ひたすら遠くに連れて行ってほしいと願う。

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