第3話

結果的に、現実逃避は上手くいかず、私の怒りは風となり、心の中でごうごうと音を鳴らしていた。

「お前、頭おかしいんじゃないの」

という悟の言葉が頭の中で繰り返され、風速を上げる。それと並行して、今までゆったりと流れていた時間が私を責めるように突然早く流れだす。風は治まる気配がない。風は行き場を失っている。ドーム風のように、ドアを開けて初めて分かるようなレベルじゃない。ドームの天井をぐらぐら揺らすくらいに強い。風が向かう場所はどこにあるのだろう。探さなきゃ。見つけなきゃ心が壊れてしまうと、目的地を探すことに必死だった。


充電が三十パーセントを切ったスマートフォンの照明を落とし、ツイッターを開く。


[たっくんと水族館デート♡お互い写真に夢中すぎて、迷子になったwwww]


ピントが合ってはっきりと映るカクレクマノミは目玉がなんだか気持ち悪く、白模様は目立ちすぎて修正液みたいだ。そして、本来はカクレクマノミと仲良しなイソギンチャクが、おそらく意図的にピントを外されてぼけてしまったことでカクレクマノミを狙う悪の手先のように見える。

このツイートの発信者である桃代は、基本的にツイッターの浮上率が高い。たいして可愛くないのにセルフィー(=自撮り)を晒し、おそらく人生すべての運を使って付き合っているイケメンの彼氏とのツーショット写真をここぞとばかりに見せびらかす。男性アイドルの握手会にしか見えない写真に殺意が湧いた。


ツイッターというのは、便利だが面倒臭いところがある。それはどのSNS媒体にも通じ得る。フォロー、フレンド、コミュニティというような括りがあること。無論、見せたい人に見せれば良いに越したことはない。ただし、ちょっと距離感の掴めない、嫌いじゃないけどそこまで仲良くないカテゴリの人の扱いが難しい。頻繁に会うことはないが、SNSだけでは繋がっている。そんな中途半端なカテゴリの人が、ある日何かをきっかけにして、ものすごく嫌いな部類だったと気付く時がある。私にとって、桃代はその部類であった。

桃代とは就活の選考過程でのグループディスカッションで出会っただけだ。グループのリーダー格の男が妙に馴れ馴れしく、グループ内で連絡先を教え合う羽目になった。リーダー格の次に馴れ馴れしかったのが桃代で、情報交換のためと称しツイッターのアカウントをフォローされた。就活の時期は情報戦ということもあり、友達が少なく不安だった私は、見るからに浅く広くの人付き合いをしてそうな桃代を利用しようと、私からもフォローした。性格や嗜好が合致したわけではないし、共通の知り合いは皆無に等しい。嫌われようが、痛くもかゆくもないわけである。

イケメン君は偶然にも近所に住んでいた。一眼レフが趣味な桃代は彼の家の近くの公園で何を伝えたいのか分からないセンスの悪い写真を撮り、気持ち悪いポエムを添えてツイートするのが週末の日課となっていた。


漫画喫茶から出るのが億劫ですっかり昼間になってしまった。駅から家までの通り道にある公園を覗いてみると、偶然にもイケメン君が一人優雅にベンチで読書をしている姿を発見する。やはり画像通りのイケメンで、後ろ姿すら綺麗で思わずこっそり写真を撮ってしまった。家に帰るなり私は何をしているのだと頭を抱えるも、私の胸の内の風は行き先を見つけたとばかりに暴走し始める。


[読書中でつまんなぁい]


木漏れ日の中で慎ましく読書をするイケメン、思わず一枚の絵と見紛う写真と共に、彼を所有物かのように仄めしたツイートを発信する。桃代の下手くそなピンボケ写真と比べ、スマートフォンで撮った私の写真の方がずっとクオリティが高いことは間違いなかった。

仲の良い友達は桃代の彼氏のことは勿論知らないので、お前早くもリア充かよ消えろと、悲しくも嬉しい罵声を浴びる。あははごめぇんと惚気ている最中に、桃代から連絡が来た。

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