三粒目


 ウチのケーキ屋のお菓子作り教室は、お陰様で毎回わりと盛況である。毎週土曜の昼に開催される教室の受講者は、圧倒的に女性が多い。

 さっきのすずちゃんみたいな小学生から、年頃の女子中高生、さらには社会人女性、果てにはマダムにまで幅広くご利用頂いているのだ。

 もちろん明日のチョコレート教室は、イベントの特性もあって全員女性の予約だった。

 

 そんな女性の只中ただなかに、名塩アホ1加西アホ2を放り込んだらどうなるか。

 確実に、そしてあっという間にC級ホラー映画の完成である。お菓子作り教室の存続も危ぶまれる阿鼻叫喚。それが容易に、そしてリアルに想像できてしまう。


 ……ヤバい。拒否だ拒否、断固拒否! 僕はそれを口にしようとするが、一瞬早く名塩なじおが手を高く掲げて宣言した。


「決まりだな。作戦決行は二月十一日、つまりは明日土曜。パティスリー・ミキに於いて開催される菓子作り教室『雪もチョコもゲレンデも! 全部溶かしてあげましょう★ 手作りバレンタインチョコレート編』に、俺たちも参戦する。覚悟はいいな? 俺はできてる」

「オレもたかまってきたぜ! 今回のイベントで絶対に貰ってやるからなァ! プリーズ・ギブミー・チョコレートォ!」

「あぁ加西かさい、その確率は極めて高い。おそらく受講者は女性ばかり、かつ作製するのはチョコレート。これは貰えない方が難しい。だろう?」


 いつものキメ顔で名塩はセリフを止める。それを受けるのは、これまたいつものキメ顔でサムズアップをした加西だ。あぁムカつく。なんだコイツら。その間違った自信はどこから来るんだよクソが。


「──という訳で三木みき。明日の受講を願い出る。俺と加西、二名分だ」

「なにさらっと参加しようとしてんの? 参加させないよお前らなんて! あと変なサブタイ付けるな、何が『全部溶かしてあげましょうほし』だよ! 溶けてんのはお前らの脳ミソだろ! とにかく参加させないからな!」

「しかしホームページ上では、性別の制約は書いていない。これは男性でも参加可能と捉えて差し支えないだろう」

「いや確かにそうだけどさ、お前らはチョコを貰いたいんだろ? でもこの教室はそのチョコを自分で作るんだ。もっかい言うけど自分で作るんだぞ。作ってどうするんだよ!」

「まぁ待てよ三木ィ、少し落ち着け。オレたちぁキチンと授業を受けるぜ? 絶対に邪魔はしねぇしチョコだってガチで作る。誰にも負けねーような美味いヤツをなァ。そしてそのチョコをもって交換を願い出んだよ。するとどうだ、オレたちの手の中には女の子の手作りチョコレート! ほーら完璧だろォ?」

「完璧なのはお前のアホさ具合だよ! 交換してくれるワケないだろ? お前らのヤバそうなチョコなんて絶対に女の子は食べないから! 僕ならシカのフンを食べるね!」


 吐き捨てるように言ってやるが、二人はまるで意に介さない。無駄に強メンタル。いや狂メンタル。


「まぁなんだ、三木のその性癖は一旦脇に置いておこう。食糞はウサギにもある習性だからな、そう珍しいことではない」

たとえだよ喩え! 人間でやってたらアウトだし、そもそも人としてアウトのお前らに言われたくないよ!」

「三木がどんな性癖持っててもよォ、オレぁお前を蔑んだりしねぇぜ? 親友だろ? それにどうしても直らねー悪癖ってのはよォ、誰にでもあるもんだから気にすんなって」

「上から目線ありがとう! お前らだけには言われたくなかったけどな!」


 あぁクソッ、こいつら脳ミソが足りなすぎて皮肉のひとつも通じない。とにかく、コイツらをお菓子作り教室に来させてはならない。ダメ、ゼッタイと僕の脳内に警鐘が鳴る。


「とにかく。お前らのチョコじゃ無理だよ。どんな女の子だって、自分の作ったチョコとは交換してくれない。だから諦めろって」

「確かに三木の言う通りかも知れん。ケーキ屋の跡取りである三木のチョコならまだしも、俺たちのチョコで物々交換は厳しいだろう。しかし、だ。本命チョコを作るために失敗したものなら──、どうだ?」


 メタルフレームを指で摘んで、くいと持ち上げる名塩。何故毎回コイツは芝居がかった仕草をするのだろう。やっぱり本物のアホなのだろうか。そうなのだろうな。

 そしてもう一人のアホは、名塩に呼応するように叫び始める。パチンと指を鳴らしながら。あぁムカつく。間違いなく本物のアホだコイツら。


「そうか、わかったぜ名塩ォ! 明日のイベントはお菓子作り教室。つまりよォ、受講者はみんなプロじゃあねぇ。学びに来てるワケだからな、きっと二つ三つは失敗したチョコが出来ちまうハズだ!」

「明察だ、加西。明日のシチュエーションは俺と加西、そしてアシスタント講師たる三木の他は全て女性と考えて問題ないだろう。そして未経験者ゆえに、いくつかの失敗チョコが出来上がるのは必定。行き場をなくしたその可哀想なチョコたちは、一体どこへ行くのだろうな?」

「オレたちの……、手の中かァ!」

「正解だ。まぁそれは、彼女らの中では義理チョコ扱いだろう。だが女性の手作りには違いない。市販品さえ貰ったことがない俺たちにとって、それは値千金のチョコレートだ。さぁ行くぞ。明日、決戦の舞台にな」

「あぁ、オレぁ武者震いがしてきたぜ! 三年前のバレンタインを思い出すよなァ!」


 スッ。名塩が右手を上げた途端、そこを目掛けてハイタッチする加西。パァン、と乾いた音が昼間のファミレスに木霊こだました。

 なんだこの空気。待て待て僕は絶対に流されないからな。リアルに流された(南の島に行こうとして漂流した)夏休み、僕は自身に強く誓ったのだ。この先コイツらの言いなりには決して、決してならないと。だから僕は努めて冷静に、でも強い口調で言ってやる。


「……いや、あのさ。二人とも盛り上がってるところ非常に申し訳ないんだけど、絶対に参加させないからな。来たらマジ営業妨害で訴えてやるから」

「なんでだよ三木ィ! オレたちぁ親友だろ? そりゃねーよ三木ィ!」

「親友なら仕事の邪魔するなよな!」

「まさか三木、失敗義理チョコを全て自分のものにする気か? その強欲さ、まるで董卓とうたくだぞ。思い出せ、お前は関羽かんうだ。あの時、三人で行った『桃園の誓い』を忘れた訳ではないだろう」

「誓ってないから! 僕は関羽かんうじゃないし、お前らと同年同月同日に死ぬのもまっぴらだから! とにかく僕は今回の作戦に参加しないし、お前らをお菓子作り教室にも参加させない。これはもう決定事項だからな!」


 そう強く言い切って、僕は二人をちらりと見る。思った以上のダメージなのか、加西は「しゅん」とした音が聞こえそうなくらい落ち込んでいるようで、視線をテーブルの下に落としっぱなし。名塩も同じようにして、俯き加減で手許てもとを見るばかりだ。


 ちょっと言いすぎたか。いやでもこれでいいんだ。コイツらには今まで多大なる迷惑を掛けられてきた。数え出したらキリがないし、せっかくの昼間が夜に変わってしまう。だから僕が罪悪感を覚える必要なんて微塵も──。


「……残念だ、三木」

「あぁよかった、諦めてくれたのか」

「いや違う。お前の反対むなしく、ネット予約フォームで取れたと言ったんだ。菓子作り教室の予約がな」

「な、なんだって……?」

「クレジット決済で入金も終わらせたぜ? これでオレたちぁ紛うことなき受講者だなァ!」


 手許のスマホを掲げて、ドヤ顔で言う加西。名塩もニヤリと笑いつつメガネを光らせ、スマホを僕に見せつける。そこには「ご予約、ありがとうございます」の文字が冷たく踊っていた。


 クレジット信用がカケラもない人間たちに、何故クレジットカードは発行されるのだろう。もう少しきちんとした審査が必要なんじゃないだろうか、カード会社さん。

 だってコイツら、カード審査どころか人間の審査で間違いなく落ちる生粋のアホなんだぜ──。


「さて、始まるぞ。バレンタイン・レクイエム・パート2がな」

「パート1すら始まってないから! ところでその『レクイエム』って何なんだよ? クリスマスの時から思ってたけど、鎮魂って意味だろ? どう考えても不吉だろ!」

「いいや違うな、間違っているぞ三木。レクイエムには本来、鎮魂という意味はない。『安息を』というのが元々の意味だ。つまり今回のオペレーションは、バレンタインに安息を、という意味だ」

「安息かァ、いい言葉じゃあねーか! いっちょ気合い入れてよォ、バレンタインを安息に過ごそうぜ!」


 気合いを入れて安息ってなんだよそれ。僕はやっぱり頭を抱えた。コイツらと一緒にいて、安息などカケラも感じたことがない。だってコイツらの存在自体が、禁則そのものなのだから。





【続く】




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