二粒目


「は? 幸福度? つまりシアワセの度合いってこと?」


 あまりにもアレな名塩なじおの発言に、思わず聞き返してしまう僕。まーた始まった、と蔑みを混ぜつつの感想を抱くのだけど、名塩は構うどころか語気を強くして続ける。


「そうだ幸福度だ。この『幸福度不変の原理』が示すものは、どの観測者から見ても世界の幸福の総量は常に一定ということ。つまり誰かが幸福ならその分、別の誰がが不幸になる。この世は幸せの椅子取りゲーム。自身が幸せになろうとするならば、既に幸せなヤツに消えてもらう他はない」

「はっはァ、思ったとおりだぜ! オレたちが幸せになるためにはよォ、別の誰かを消すしかねーっつうことだなァ!」


 ヤバい。コイツら女の子に縁がなさすぎて存在自体が特級呪物になりつつある。目に映るモノ全てを呪う禍々しき怨霊だ。あと加西かさい、さっきのそれ名塩が言ったまんまだからな。

 不本意ではあるけれど、ここは僕がこの蛮行を止めねばならないだろう。こんなヤツらが一番の友達という自分のポジションを呪うしかない。


「あのなお前ら、いくらモテないからって世界に呪いを振り撒くのはよくないって。幸せな人間を消そうとするなんて僻み全開だろ? 気をしっかり持てよマジで」

「だが事実だ。幸福度不変の原理は紛れもない事実。簡単に言えば、彼女持ちの男を三人ほど消せば俺たちにも幸せが訪れる。そういう計算だ」

「なんでそうなる! 計算おかしいって!」

「いやおかしくはねーだろよ。だってよォ、彼女持ちの男三人が消えれば、彼氏なしの女の子三人が世の中に生まれるってワケだろ? するってーとほら合うだろ? オレらも彼女なしの三人だ。ぴったしじゃねーか計算はよォ!」

「なんでその女の子たちが僕らを好きになる前提なんだよ! それにお前ら、さっきまで綾部あやべさんが良いとか赤松あかまつさんが良いとか寝言言ってたろ! 計算どころか設定が間違ってるんだよ!」


 僕の言葉を受けた名塩は、フンと短く鼻を鳴らした。いやいやなんだよその態度ムカつくな。まるで僕の方がアホ発言してるみたいじゃないか。


「違うな、間違っているぞ三木みき。幸せな男三人が世界から消えれば、男三人分の幸せが浮く。それは俺たちが、彼氏の消えてしまった女性三人と仲良くなれる意味ではない。世界の幸福の総量は一定だと言っただろう? 三カップルが消えたことにより、世界は別の三カップルの存在を許して幸福の総量を一定に保とうとする。つまり俺が綾部女史と、加西が赤松嬢と、そして三木がお前の好きな誰かと結ばれることに矛盾しない。これが幸福度不変の原理だ。わかるな?」

「長々と説明ありがとう! わかるかアホ!」

「何故わからん。これ以上ない明瞭な説明だぞ」

「これを明瞭って言える時点ですごいよ。仮に名塩の言う『幸福度不変の原理』が本当だったとして、抜けた三カップル分の幸せを世界が補おうとするとして。どうして僕ら三人が選ばれるんだ? 他の人たちが選ばれる確率の方が高いに決まってるだろ!」


 当たり前である。次の幸福候補者がランダムで選ばれるとしたら、僕ら三人が三人とも選ばれる確率はそれこそ天文学的確率だ。ありえない。ていうか、既に「幸福度不変の原理」がありえない。僕はこめかみを押さえつつ大きな溜息を吐く。


「はぁ、もういいよアタマ痛くなってきた。今回のバレンタイン、お前らがどんなことするか知らないけどさ、僕はマジで参加しないし手伝わないからな」

「なんでだよ三木ィ、お前が参加しねぇでどうすんだよォ!」

「バレンタインは毎年、三木がエースだ。過去の栄光を忘れた訳ではあるまい」

「僕らにいつ栄光があったんだよ! 毎年毎年三人揃って完封負け食らってるだろ!」


 思い出すだけで忌まわしい過去のバレンタインが呼び覚まされる。コイツらと初めてイベントに参戦したのは高校二年の時。あの時からもう三年が経つが、誰一人としてチョコを貰ってない。未だにひとつもだ。つまり摂取カロリーはゼロ。全てはそう言うことである。


「とにかく。さっき言った通り僕は今年、なにもしないからな。バレンタイン・レクイエムだか何だか知らないけど、やるなら勝手にやってろよ。僕は今年、忙しいんだ」

「忙しい? お、おい三木ィ、まさかお前、」

「あっ! マコトお兄ちゃんだー!」


 その時だった。加西の言葉を遮るようにして、僕のファーストネームを呼ぶ声が聞こえたのは。ちなみに僕は三木みき真人まことと言う。

 ファーストネームに「お兄ちゃん」付け。そんな風に呼んでくれるのは、あの子しかいない。思わず顔が笑顔になる。


「マコトお兄ちゃん、こんなところで会うなんてだね! こんにちは!」


 元気よく挨拶してくれたこの子は、家の近所に住む小学一年生のすずちゃんだ。少し長めの髪をツーサイドアップにしていて、とても可憐で可愛らしい。さらには明るくて優しくて、誰とでも仲良くなれるコミュ強者。きっと学校でもモテるに違いない。

 もしも鈴ちゃんと僕が同い年だったら、こんな風には話せてない。つまりは未来の上流階級間違いなしの女の子だ。


「あぁすずちゃん、偶然だね。今日はここで家族とお昼ごはん?」

「うん、そうなの! 今食べ終わったところだよ!」

「そっかぁ。何食べたの? お子様ランチ?」

「うん、美味しかったなぁ。でもね、デザートのプリンはやっぱり、マコトお兄ちゃんの作るプリンのほうが美味しかったよ。また食べたいな!」

「いつでもおいでよ。バレンタインが近いからさ、明日のお菓子作り教室はチョコレートだよ。もしよかったら来てね」

「うん、絶対行くね! 楽しみにしてる! じゃあまたね、マコトお兄ちゃん!」


 そう言うと、鈴ちゃんは可愛くはにかんで手を振ってくれた。僕もそれに手を振りかえす。鈴ちゃんの家族は僕に笑って一礼してくれる。あぁ、いいなぁ。あったか家族。

 きっと素敵な人に囲まれて過ごすと、その人も素敵になるのだろう。それで言うと僕はこのアホ二人に囲まれているから、きっとそのうちアホになる。いや、もうなってる可能性すらある。怖い。僕はかぶりを振って、アホ二人に言った。


「そういうワケで僕は帰る。僕の家、ケーキ屋だろ。不景気だからさ、父親が新たな試みってことでお菓子作り教室を始めたんだ。ウチ、無駄に店だけは広いからな。僕はそこでアシスタントをしてる。まあバイトみたいなもんだよ。さっきの子はお菓子作り教室の常連なんだ」

「三木、お前……、ロリコンだったのかよォ!」

「そんなワケないだろ! 今のやり取りのどこにロリコン要素あったんだよ!」

「あぁ、三木がロリコンでよかったァ。これで大丈夫だ、三木の参加も決定だな! 盛り上がろうぜ、今年もよォ!」

「いやだから不参加だって! それに『ロリコンでよかった』って何だよそれ? その言葉がまず大丈夫じゃないよ!」


 断じて言うが僕はロリコンじゃない。小さい子供は好きだけど、男の子も女の子も分け隔てなく好きなのだ。でもそれを言ったら別の意味でヤバそうなので口を固く噤んでおく。


「いやァ、さっき言ってた三木の『今年は忙しい』って理由がよ、オレたちに黙って彼女を作ってたら、って心配したんだよ。けど三木はロリコンだ。だから心底安心したってワケよ」

「どこにも安心できる要素がない!」

「ロリコンつっても三木は三木だ。法を犯すようなヤツじゃあねぇ。とすると、お前は好きな幼女を見て愛でるタイプの無害なロリコンっつーことになる。つまりお前に彼女はいねぇ! ゆえにオペレーションにも参加可能! 以上、証明終了っつーワケよォ!」

「証明してほしいのはロリコンじゃないことだよ!」

「はぁー、三木がロリコンでよかったァ。これで全部大丈夫だな!」

「だからロリコンじゃないし大丈夫でもない! いや話聞いてた? 僕はお菓子作り教室のアシスタントで忙しいんだって! 明日の土曜日もその仕事があるんだって! お前らの相手してる場合じゃないんだよ!」


 僕はそう力説するが、加西は「大丈夫大丈夫」と連呼するばかり。そもそもその「大丈夫」とは何を指しているのか。第一、明らかに大丈夫じゃない加西には言われたくない言葉である。


 そして。さっきから黙りっぱなしだったもう一人の大丈夫じゃないヤツが、無駄に重々しく、芝居がかった雰囲気で口を開いた。


「……来た、天啓だ。たった今、俺は神からの啓示を受けたぞ」

「おぉ、ついにかよ名塩ォ! 待ってたぜェ、この瞬間トキをよォ!」

「──ケーキ屋、ロリコン、チョコレート。幼女と、学ぼう、菓子作り。ここまで言えば、後はわかるな?」

「な、名塩ォ、そいつァまさか……!」

「あぁそうだ、俺たちも参加する。三木の菓子作り教室にな。それが今年の──、変則オペレーション『バレンタイン・レクイエム・パート2』だ」





【続く】








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