バレンタイン・レクイエム
薮坂
一粒目
新年が始まって約一ヶ月が過ぎ、年末年始の慌ただしさもようやく落ち着きを取り戻した二月初旬。古くは
二月は寒い。そりゃもう寒い。ただでさえいろんな意味で寒い僕たちにとって、二月はまさに凍死しかねない月なのである。何故なら二月は言わずもがな、僕たちと相性が極めて悪いあのイベントがあるからだ。
「さて、全員揃ったな。では定例会議を始める。議題はいつも通りのそれだ。どうすれば女子にモテるのか、どうすれば彼女を得られるのか、そしてどうすれば俺たちは幸せになれるのか──、つまりは深淵なる議題だ」
いつものファミレスのいつものボックス席。時刻は午後一時を少し過ぎた頃。いつも会合は夜なのに、今日はまさかの昼開催。その理由は簡単、大学が春休みに突入しているからだ。
大学って本当に休みが多い。長い夏休みに長い春休み。普通の土日を合わせると、一年の半分くらいは休みなんじゃないかと思えるほどに。
「聞いているのか、
組んだ手の上に顎を乗せるいつものポーズをした
その雰囲気、その立ち居振る舞いから
「……二月に入った途端によォ、血が沸き立つのはなんでだろうなァ? マジで今年こそはって気持ちになる。いいもんだよな、挑戦するっつーのはよォ!」
隣の席で炭酸ジュースの謎ブレンドを啜っていた
引っ越し屋バイトで引き締まった体躯に、冬でも構わず短く刈り込んだ髪。ともすればスポーツマン的な爽やかさを感じる男であるが、その実コイツもアホである。二人とも、どこに出しても返品待ったなし。それどころか慰謝料を請求されかねないレベルだ。
「今日は二月十日。つまり例の戦いまであと四日だ。いつも辛酸を舐めているこの戦いだが、今年こそ違うというところを見せつける。なにせ大学二回生の冬だからな」
「あぁ、違いねぇ。まるで女っ気ナシの大学生活に終止符をピリオドる。この戦いを制し、オレたちも『彼女持ち』っつうステータスを手に入れようぜ……!」
名塩と加西はヤバい薬物中毒者のように目が充血していた。バイキンマンだってここまで目玉は
と、言いたいことは山ほどあるが、いちいち突っ込んでもいられない。もはや二人にとって「モテない」ということは病気の一種であり、コイツらはその末期患者なのだ。
「では各々、状況を報告せよ……いや待て、ここはやはり旗振り役の俺からが筋だろうな」
「おっとォ名塩、参謀役のお前からだなんて今年は既に一味違うじゃあねーか。余程、状況は上々と見えるぜ?」
「まぁ、な。お前たちに隠しても仕方ない。今回の俺のターゲットだが、やはり同じ学科の
「いいねェ、実にいい! そんじゃあこのいい流れに乗ってよォ、次はオレの番だなァ! オレのメインもやっぱ、同じ学科の
ニヤリ。意味ありげに二人は笑うが、もはややってることはストーカーのそれである。
笑いながら名塩はメタルフレームを指先でくいと持ち上げ、そして加西は腕組みをしてソファに深く背を預ける。二人はより一層そういう雰囲気を醸し出すのだが、具体的にどういう雰囲気なのかは聞かないでほしい。僕にだってわからないし、もっと言うと興味がないのだ。
「ターゲットに
「あぁ、オレぁやるぜ。今年こそ、そう今年こそ! 大学二回生の冬、オレたちはバレンタインにチョコを貰って女の子と過ごす! そして今まで寂しい思いしかなかったブラッディ・バレンタインを終わらせんだよ! 見てろよぉバレンタイン! もっと真っ赤に染め上げてやるよ! オレたちの返り血でなァ!」
「それやられてんのお前らだからな。それにこのくだりクリスマスでもやったからな!」
と、たまらず突っ込んでしまうのは僕の悪癖だ。残念なことに、いや本当に残念なことではあるけれど、それはコイツらとの付き合いが始まった高校一年生の頃から、まるで変わっていないことだった。
「おっと三木ィ、やっと調子出てきたじゃねーか。やっぱりお前のツッコミがねぇとよ、まるでカラシを付け忘れた豚まんみてぇに物足りなさを感じるからなァ」
「足りてないのは知能だって何度も言ってんだろ……。こないだのクリスマスの惨劇を忘れたのか? あれから二ヶ月と経ってないんだぞ」
「クリスマス・レクイエムのことか。あれは不幸が重なった事故のようなもの。切り替えて次を狙うしかなかろう」
「いやいや事故って、そもそもお前らがあんなとこ行くって言わなきゃ死ぬ思いはしなかったんだよ!」
それは思い出すだけで背筋が凍る撤退戦。クリスマスイブの日、男三人で挑んだ究極クエストだった。あえてオペレーション名をつけるなら、『エスケープ・フロム・TDR』と言ったところだろうか。場所はそう、日本一有名なテーマパークとの呼び声高い──、東京ディスティニーリゾートだ。
詳細は省く(というか省かせてほしい)けど、とにかくあそこは魔境だった。いや場所自体は素晴らしいところだけど、決して彼女を求めて行くような時と場所ではないのである。
「さて、三木の調子が戻ったところで次回バレンタインにおける作戦を通達するぞ」
「いや戻ってないから! むしろお前らと出会う前に時を戻してほしいくらいだよ!」
「──来る二月十四日、我々はまた攻勢に出る」
「また無視かよ。もういいよ聞くよ。で? 今回はどんなやっすい天啓を得たのさ。どうせ無視しても話すんだろ? 聞いてやるよクソッ!」
僕は不機嫌を隠さず言ってやった。つまるところ聞きたくない気持ちの表れなのだが、名塩は意に介さない表情で答える。
「天啓、とは少し違うな。俺はこの世の原理に気が付いたんだ。そもそも俺には天啓を得るための努力が足りていなかった。つまりだ、生ぬるい状態で瞑想し、天啓を得ようとしていたこと自体が間違っていたんだ」
生まれたこと自体が間違いだろ、との突っ込みはやめておく。事実を陳列したところで意味はないし、この攻撃はブーメランで自分に返ってくるおそれさえある。沈黙は金なのだ。
「前回のやり方は俺の本気度が足りなかった。平穏な状態で瞑想しても得られる天啓はまぁ、それなりのものだ。つまり自分に過負荷を掛けなければ意味がない。何かを得ようとするには相応のリスクが必要だからな」
「はぁ、それで?」
「そこで俺は、摂氏約九十度、湿度約十パーセントという灼熱の部屋に籠もり瞑想を行なった。もちろん全裸で、かつそれだけではない。灼熱地獄を終えた後、次は間を置かず約十度の冷水に潜り身を引き締める。続けて室温の外気浴で身体をリセットし、それを二度と三度と繰り返す……。そしてついに到達したんだよ。天啓を超える、この世の原理にな」
「いやサウナだろそこ! 良い感じにととのっただけだろそれ!」
いつの間にか名塩はサウナーになっていた。どうせ水分補給には自前のオロポ(オロナミンD+ポタリスエット)でも持ってってんだろう。クソが。聞いて損したわほんとに。
「まぁとにかくだ。俺はその『極寒と灼熱のあいだ』でついに到達したという訳だ。この世の原理にな。そこでお前たちにまず問おう。『
「……アインシュタインの特殊相対性理論のヤツ? 僕は文系だし詳しくないけど、まぁ名前くらいは」
僕がそう答えると、隣の加西は目を閉じて笑っていた。片方の掌を上に向けて「名塩、続き言ってやれ」みたいな雰囲気を出してるけどお前も知らないだろ絶対。
「光速度不変の原理とは、どの観測者から見ても光の速度は常に一定であるという基本原理のことだ。俺はそれに着想を得て、さらなる真理に到達した。それが、」
名塩は勿体ぶって、セリフを一旦止める。そしてしばらくの無意味な沈黙を経た後で、ニヤリと唇を歪ませて言葉を続けた。
「──
【続く】
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