第3話 ガラクの大使が来た
ガラクの大使が講演に来る日が来た。
大使は、痩せた、鼻筋の通った、髪を短く苅った男のひとだった。テレビで見た外国人タレントのようだ。背が高くて、顔を見ようとすると首を大きく上げなければいけない。私は、ようこそおいでくださいました、というようなことをガラク語で言って軽く握手をしただけだった。
講演を聴くのは地域の小学生たちだ。
制服を着た小学生たちは、ふざけたりおしゃべりをしたりしながらも、列を崩すことなく、ガラクの大使の後ろをついて歩いている。
僧院の円い形の建物の中、二階には、その外の壁の形に添った円形の歩廊がしつらえてあった。
壁は暗い色にニスを塗った木で、照明も暗い。祈りの空間にふさわしい落ち着きだ。
ところが、そこには、透明プラスチック板に不透明な文字や図版を仕込んで、それを下からLEDで照らして浮かび上がらせるという、とても現代風のディスプレイが並べてあった。
書いてある内容が、その宗教の説明なのか、ガラクという国の歴史なのかは、よくわからない。偉いひとの肖像が掲げてあって、その横に説明文がある、という、普通の展示内容だった。
私はそのガラクの大使と小学生たちについて歩いているだけだ。
こんな役割だったら私でなくても務まる。やっぱり、仕事を振りやすい相手と思われてこの仕事を任されたんだな、と思った。
ところが、そこに、小学生を引率していた先生が、私を振り返っていきなり
「じゃあ、ガラク語で、ようこそいらっしゃいました、って言ってみてください」
と言う。
いきなり言うな、と思う。
もちろん覚えてはいる。さっき、大使に向かってそのことばを言ったのだけど、いきなり言われると、思い出すまで時間がかかる。
それに、子どもたちがいっぱいいるなかで声を出す度胸も整えないと声を立てられない。
「ソア ドルグスティン」
なんとか朗々と声を立てられた。
すると、小学生たちがみんなで
「ソアっ! ドルグスティンっ!」
と、だいたい声を揃えて言う。
大使は満足そうに笑って、体を楽しげに揺すって歩いている。
それに引率の先生も満足したらしい。満足したのはいいが
「じゃあ、もうひとつ、今日のお話をたのしみにしています、をお願いします」
などと言う。
私はとまどう。
とまどいながらも、乏しい文法知識と、それ以上に乏しい単語知識を思い出して、つないでみる。
話、は、話すこと、で、動名詞でいいんだよな? 今日の、は、今日、の所有格で、楽しみにする、は期待する、みたいなので、それで、これって、未来形だっけ? いや。現在進行形か? で、ガラク語のばあい、「話すこと」にも、だれが、を表す所有格が必要だよな。ああ、それと、動詞は一人称複数形にしないと。
そういうのをできるだけすばやく考えて
「ナックムー スタヌ アンサデック リンデ バン アルク ジェンイ マイ」
という文を組み立てて、やっぱり朗々と言う。
もっといい言いかたはあるのかも知れないが、ことばとしては通じるはずだ。
大使がちょっと苦笑いしたところへ、小学生たちがまたいっせいに元気に声を上げた。
「ナッ!」
あとはばらばら。
それは、覚えられないよね。
でも、ことばの長さはだいたい私の言ったのと同じくらいだったから、みんな、何かを聴き取って、そのとおりに言おうとしたのだ。
尼さんが大使に歩み寄って何か言う。
私の言おうとしたことを、もっと適当な言いかたで言い直して伝えたのだろうか。
大使は、私のほうを笑顔で振り向いて、両手を軽く握って、自分の顎の前あたりに揃えてふるふると振って見せた。
これが歓迎や感謝の意味であることは知っていた。
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