エピローグ タクマ市誕生1000周年記念祭特別プログラム
3000人は収容できるかという空間に、ヒトと魔族が発する熱気が充満していた。
スーツを着た黒髪の男が、ステージに立っている。
「さて、皆様、この度は、当ナージャホールにお集まりいただき、まことにありがとうございました。司会は、私、市長のサトウ=トゥクームが務めさせて頂きます。さて、今回、タクマ市が正式に世界連合に登録されてから、めでたく1000年の節目を迎えまして、当市もお祭りで大変にぎわっております。そんな特別な今年のお祭りのプログラムには、特別なゲストを、ということで、お越し頂きました――リロエ女史です! どうぞ、皆様盛大な拍手でお出迎えください」
男――トゥクームが、舞台袖を手の平で指し示した。
「よろしくね」
割れんばかりの拍手に迎えられ、エルフの女性――リロエが現れる。
男に勧められるまでもなく、リロエは用意されていたロッキングチェアーに腰かけた。
「よろしくお願い致します。皆様、ご存じのことかと思いますが、リロエ女史は、なんと、あの世界の救世主たるタクマ=サトウ様の奥方であらせられました。当時の戦乱も含め、タクマ様の活躍を一番近くでご覧になってきた、まさに歴史の生き証人と言うべき貴重なお方でありまして、広義の意味では、私のご先祖様ともいえる訳でこうしてお会いすることができた感動は――」
「あー! もう、いらいらするわね。さっきから、あんた、話が長いのよ! 一応、かなり血は薄まってるみたいだけど、あいつの子孫ってことで、忙しいウチがわざわざ森から出てきてあげたんだから、ちゃきちゃきっと進めなさい。ちゃきちゃきっと」
リロエは椅子を小刻みに揺らしながら、そう吐き捨てる。
会場が笑いに包まれた。
「し、失礼しました。では、早速ですが、タクマ様はどのようなお方でいらしたのでしょうか。お人柄や印象に残っているエピソードなどをお聞かせ願えればと思います」
「んー? そうねえ。まずなんといっても、あいつは、やたら女にもてる奴だったわね。最終的に、何人嫁にしたのかしら。えーと、姉様と、ウチと、ミリアと、ナージャと、スノーと、レンと、シャーレと、隣の国の王女に、ああ、結婚してはないけど、勇者とも結局、子どもを作っていたし、後はヤムも――」
リロエが、指折り数え始める。
「じょ、女史。今日は、社会見学のお子様もいらっしゃいますので、そのような話題はまた夜の部に」
トゥクームが慌てた様子で、リロエの言葉を遮る。
「そうなの? じゃあ、他になにを話せばいいって言うのよ」
「そうですね。やはり、皆様が聞きたがっているお話といえば、タクマ様の英雄譚だと思います。『総統』をなのる破滅主義者との決戦のことなどを伺わせて頂ければと」
トゥクームが揉み手をしながら呟く。
「あの戦争なら、ウチを含め、タクマの嫁は戦場にはほとんど行ってないわよ。ウチらは行きたがったけど、もしウチらになんかあったら子どもたちを任せられるヒトがいなくなるからって、あいつが嫌がったから。まあ、ウチらを危険な戦場に巻き込みたくなかったんでしょうね。あの時期も、家では、普通のあいつだったわ。優しくて、ちょっと間抜けな感じで。そこがいいんだけど」
リロエが昔を懐かしむように目を細める。
「なるほど。では、確かリロエ女史は、タクマ様とはご領主になられる前の『冒険者時代』からの付き合いだと伺っております。その時には、やはり様々苦労がおありだったと思いますが」
「まあ、そりゃあ苦労はあるわよね。命がけの商売だし。でも、多分、あんたが期待しているような話はないわよ。あいつは、基本的にダンジョンで、ウチらを危険に遭わせるようなヘマはしなかったから。安全最優先で動いてたわ」
「なるほど。昔から優秀であられたんですね。では、ダンジョンで異常発生したレアモンスター討伐に群がった冒険者を守るため、自ら
トゥクームが手元の資料に目を落としながら呟く。
「『でしょうか?』って言われても、困るわよ。あんたが言ったのは全部事実だけど、ウチは直接それらの現場を見た訳じゃないし。まあ、ナージャあたりだったらおもしろおかしく脚色して話を捏造したかもしれないけど、ウチは、そういう嘘は苦手だし。そもそも、あいつ自身、手柄を自慢するようなタイプじゃないから、詳しい話は聞いてないのよね。ああ、そうそう。それより、昨日、このホールでやってる劇をみたんだけど、あれ、さすがにないわ。あのタクマと姉様の出会いのシーンね。あれ、ダンジョンでモンスターに襲われている姉様をタクマが助けたことになってるけど、全然違う。まず、姉様はギルド職員だったから、ダンジョンに入ることはありえないし、タクマが姉様を助けたんじゃなくて、その逆よ。当時どこの馬の骨ともしれなかったあいつを、姉様が助けたの。ここ、重要なところよ」
「ええっと、まあ、あははは、それだけ、タクマ様と奥方たちの絆が深かったということでね。本当に謙虚で優しい御方であったということで」
トゥクームが引きつった愛想笑いを浮かべて呟く。
「なんか不満そうね。あんた、ウチの言うことに文句あるの?」
リロエが眉を吊り上げる。
「とんでもございません。ええっと、では。次は、いわゆる『魔族領共通通貨』の開発に関するお話しです。みなさんもご存じの通り、『魔族領共通通貨』は『擬似魂』から精製されております。製造には、生物の死骸から抽出した『負の感情』と、『正の感情』を混合してつくられます。『正の感情』は、このような劇場等のエンターテイメントを通じて発生した皆様の感動を少しずつ分けて頂くことによって、集めております。この『擬似魂』は、魔族の方にとってのごちそうなんですね。この『擬似魂』を生産できるようになったことで、我々は『取引』ができるようになったんです。魔族の方の一部はヒトの社会と交わることにメリットを見出し、国家を作り、我々と経済的・文化的に、密接に関わるようになりました。つまり、魔族側とヒトが利害調整ができるようになったんですね。そのおかげで、危機の度に両者の間で話し合いがもたれ、ここ数百年の間は大きな戦争は起きておりません。これは、世界中の、どの地域、どの民族、どんな主義をもった国家の教科書にも必ず載っている、世界史的にもエポックメイキングな発明です。それを主導されたのが、何を隠そう、タクマ様です! この偉業をどう思われますか? リロエ女史」
トゥクームが目を輝かせて語り出す。
「ふわー。なに? 話が長くてちょっと寝ちゃったわ」
リロエが欠伸をしながら、胡乱な目でトゥクームを見遣る。
会場から拍手が起こった。
「その、タクマ様が発明した『擬似魂』が世界を平和にしたという話です」
トゥクームがしゅんとうなだれて呟く。
「ああ、そうみたいね。ウチ、そういう難しいことはよくわからないけど、あいつは常に自分より弱い奴のために、なにかできないか考えてたわね。当時は、ハグレモノを魔族の血が入ってるってことで理由もなくいじめるアホがたくさんいたから。ああ。今は、『ハグレモノ』って言わないんだっけ? 『ダブルボーン』?」
リロエが小首を傾げて言う。
「良いお話しを頂きました! 今、我々は、『人より優れた才能を持った者』の意味で、『ハグレモノ』という言葉を使っております。しかし、この言葉はかつて、ダブルボーンの方々を指す差別用語だったのです。それが今や、ダブルボーンは、世界から尊敬と憧れを抱かれる存在となっている。これも、タクマ様が世界から偏見と不公正をなくそうと努力された結果だと思います!」
トゥクームが我が意を得たりとばかりに膝を叩く。
「違うわ! タクマは、世界をめちゃくちゃにした大罪人よ!」
突如、聴衆の一人が立ち上がって叫ぶ。
他の聴衆が、彼女に白けた視線向けた。
「――ちっ、何で破滅主義者がこんなところに――おい! 衛兵! 摘まみだせ!」
「やめなさいよ。ウチらに文句があるからって、追い出すことはないじゃない。話を聞きましょう」
「ですが――」
「気に食わない奴を見えなくしたからって、問題が解決する訳じゃないのよ。あいつならきっとこうしたわ」
リロエは、ステージからふわりと飛び上がり、発言者の下へと飛んでいく。
「――さ。来たわよ。あいつへの不満があるなら、姉様の次にあいつから愛されていたウチが聞こうじゃない」
リロエが腕組みして女性に顔を近づける。
「タクマが擬似魂を開発したせいで、世界の資本主義化が進んだのよ! そのせいで、貧富の差が拡大したんだわ!」
「まあ、お金が重要視される世界にはなったわよねえ。当時から、シャーレたちも『金で買えない不平等は全部ぶっ壊してやる』とか言って、その方向で動いていたみたいだし。でも、昔に比べれば、間違いなく飢えて死ぬヒトは少なくなっているわよ。ミリアがいっぱい頑張って、社会から落ちこぼれた貧しいヒトを救う団体を設立したおかげもあると思うけどね。それでも、そんなにあいつが作ろうとした世界はダメ?」
リロエが小首を傾げて尋ねる。
「絶対的貧困がなければいいなんて言うのは詭弁よ! 重要なのは相対的貧困だわ!」
「ごめん。ウチ、そういう難しい言葉使われてもよくわかんない。じゃあ、逆に聞くけどさ。あんたは、魔族と殺し合いを続ける世界の方がよかった? もし、タクマがいなければ、例えば、今、そこにいるあの子とかとはすぐに戦闘開始な世の中だったと思うけど」
話を振られた、聴衆の一人であるハート型の尻尾を持った魔族少女が困ったように微笑む。
「そ、それは……」
女が口ごもる。
「昔はね。本当に日常のどこに死が潜んでいるかわかんなかったのよ。隠しダンジョンからモンスターが突然襲ってきたり、ウチの村なんか、知らない間に味方の身体が乗っ取られて、壊滅しかけたこともあったわ。でも、今はそんな話聞かない。ヒトを襲って、嫌われて滅ぼされるよりも、好かれて、魂を集めた方が、強くなれるからよね。あんたは気に食わないかもしれないけど、世界は良くなってるわよ。少なくともきっかけとしては、タクマのおかげでね」
リロエが諭すように呟く。
「なによ。タクマ、タクマって。タクマがそんなにすごいんだっていうなら、色々問題が起こることだってわかっていたはずでしょ! どうして事前に対策を施しておかないのよ!」
「あいつは創造神様じゃないんだから――いえ、たとえ創造神様だとしてもね。きっと、全部が思い通りになる訳じゃないの。あいつもよく言ってたわねえ。『大きいことを言う奴は信用するなって』。結局、少しずつ良くしていくしかないのよ。めんどくさいわよねえ」
リロエが、励ますように女の肩を叩いた。
「『めんどくさい』の一言で済まさないで! 私が、どれだけ一生懸命働いたと思ってるの! それなのに、彼は上司の娘と結婚した方が出世できるからって、私を! 私を――!」
「……あんた、都会が合ってないんじゃない? よければ、ウチと一緒に辺境の汚染地域に神樹を植える仕事をやる? 贅沢はできないけど、パンくらいはお腹いっぱい食べられるわよ。あと、エルフのイケメンもいるから」
リロエが、支離滅裂なことを言う女に、そっと手を伸ばした。
「いぎます!」
女性が涙と鼻水をこぼしながら、その手にひしと抱き着く。
「なんと素晴らしい光景でしょうか! 私は今日、リロエ女史を通じて、タクマ様の寛容と慈愛の精神を目の当たりにした気がします! さすがは、タクマ様の近くでその生涯を看取られたリロエ女史です!」
「うるさいわねえ。そういうことじゃないのよ。ウチは、ウチにできる範囲でヒトに優しくしようとしているだけ。みんな、無理せず自分のできる範囲で隣の人を思いやればいいのよ。大体、あんた、タクマの子孫ってことを大々的に打ち出して選挙に当選したみたいだけど、あいつ、そういうドラゴンの威を狩るゴブリン的なのは大嫌いだったからね。創造神様からもらった力も、いつも申し訳なさそうに使ってたわ。だから、あんたも、身の程をわきまえなさいよ」
リロエが、女性を落ち着かせるようにその背中を擦りながら釘を刺す。
「り、リロエ女史、私が至らない点が多々あるのは認めますので、どうかその辺で御勘弁ください」
トゥクームがしきりに頭を下げた。
「そう? まあ、いいわ。あんたは、タクマみたいにはなれないでしょうけど、汚いことはしてないみたいだしね。みんなを幸せにしたいっていう気持ちできびきび働くのよ」
リロエがトゥクームに柔らかい微笑みを向ける。
「はい! それはもう。これからも市民ファーストの精神で粉骨砕身頑張らせて頂きます。――それでは、リロエ女史。残念ですがそろそろお時間のようです。最後にみなさまに何か一言、お言葉を頂戴できますでしょうか」
「どうせこんなとこで聞いたことなんてすぐ忘れちゃうんだから、『アレ』さえ覚えていればいいわよ。さすがにあいつのお膝元なんだし、みんな言えるわよね? 『せーの』、でいくわよ」
「はい。それは、もちろん! それでは、皆様、声を合わせてご唱和ください」
「せーの!」
「「「「「「「「「「「生きているだけで丸儲け!」」」」」」」」」」」」」」」
==============あとがき================
ということで、本作はこれで完結です。
拙作に最後までお付き合いくださり、まことにありがとうございました。
本作はだいぶ昔に書いたもので、いわゆるテンプレではありますが、個人的には出オチのチートネタにすぎなかった「生きているだけで丸儲け」という言葉が、段々と自分の中でテーマとして結実していくのが楽しかった記憶があります。
もし拙作を面白いと思って頂けましたら、完結記念に★やお気に入り登録などの形で応援して頂けると嬉しいです。
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