第187話 宿命

「やはり、お前が来たか」


 興味なさげに息絶えた兵士の死体を放り投げ、大男は――総統はそう呟いた。


「……やっぱり、あなたが『総統』か。今まで戦場に直接姿を現さなかったから、確証がもてなかったよ」


 『声』だけでしか存在を誇示しなかった総統。


 でも、何となくそんな気はしていた。


「そうだ。俺の研究によると、ヒトは見えない存在に畏怖を抱くものらしいからな。お前のように姿を頻繁に衆目にさらせば、神秘性が薄れ、畏怖されないぞ?」


 大男はそう言って、実験用のモルモットをみるような視線を僕に向けてくる。


「僕は畏怖されたいとは思ってないよ。――あの時、僕を殺せるのに、殺さなかった理由が、ずっと不思議だった。でも、今なら分かるよ。僕を、利用したんだね? 魔王を倒す時期を早めるために」


 僕は、剣を構えながら呟く。


「ああ。当代の勇者は、魔王の浅知恵のおかげで歴代のそれに比べてレベルが低い。ヒトの世界の腐敗と油断も好都合。世界の情勢から考えて、戦争を始めるには今の時代が最適な状況だったからな。魔王が中途半端に侵略を進めて、ヒトの警戒心を煽るのは避けたかった。結果、お前はジルコニアを倒したし、勇者を援護して、俺の期待通りに動いてくれたよ。そこまではな。まあ、今の状況をみるに、最終的には誤りだったが」


 総統が、腰の鞘から漆黒の剣を抜き放つ。


「あっさり認めるんだ」


「現実を直視せずに、信じたいものを信じるヒトと一緒にしてもらっては困る。結果論だが、あの時、お前を殺しておくべきだった。俺は、この星の歴史の研究から、こうした大戦争の折には、『蒔き神』が勇者に加えて、もう一体の優越的個体――『滅ぼす者』を派遣することは知っていた。今までも何度かこうした大戦争があり、勇者と、『滅ぼす者』がつがいになって俺たちを阻んできたのだ。勇者と同じで、『滅ぼす者』も殺してもまた次が現れるから、殺すこと自体に意味は薄い。だが、俺の見立ててでは、お前はあくまで一兵卒に留まる程度の凡人の器で、扱いやすく思えたのだがな。推測を外した」


 総統が踊るようにして剣を振るう。


 僕は応ずる。


 お互いに出方を探るような形になった。


 二つの斬撃が交錯し、甲高い音を立てる。


「確かに僕は凡人だし、今でも、一兵卒だよ。だからこうして戦いにきた」


 総統の見立ては間違っていなかったと思う。


 実際僕には大軍を指揮できるような才能はないのだから。


 神様から与えられたチートと、時代の流れと、偶然と、そして、驕りが許されるなら、僕の意志が、僕を今の僕にした。


「謙遜とかいう、ヒトの欺瞞的文化か。お前さえいなければ、ヒトの連合の結成は遅れ、少なくとも、魔族が地上の生存圏を拡大できていたことは間違いない。さらに、想定外だったのは、炎弾を放つ筒だ。魔法とは全く違うアプローチのあの兵器は、戦士ではない者を戦士へと瞬く間に変じる。どちらかだけならば対応できただろうが、お前が、兵器を開発し、普及できる立場にいたことが二重の誤算だ。最悪の想定で動いていたつもりだったが、それをさらに超越するイレギュラーだよ。お前は。全く、ヒトというやつは、いくら研究しても度し難い生き物だ」


 総統は肩をすくめて、ピアノを奏でるように左手の五指を操る。


 無数に空中に現れた黒い塊――精霊の出来損ないのような、禍々しい何かが、僕に襲い掛かってきた。


『うわっ。あれボクたちのお仲間に無理矢理いろんな魂ねじ込んで操ってるじゃん! あんなん絶対なりたくない!』


『汚れちまったら焼けばいいいいいい!』


『せめて苦しみから解き放ってやるが情け』


「……そんなにヒトを研究しているなら、戦争ではなく、外交でヒトの社会に勢力を拡大しようと思わなかったの?」


 結局接近戦になる。


 もはや、僕のレベルがいくつか、測る基準はない。


 しかし、おそらく、前に戦った時のような絶望的な力の差は、ないような気がした。


 おそらく、剣の技術では僕は圧倒的に劣っている。


 でも、多分、ステータスは僕の方が勝っているのかもしれない。


 圧倒的に手数を繰り出すが、全て凌がれる。


 時たま入るカウンター攻撃を、反射だけでかわす。


 かすり傷ができて、血が滴る。


 精霊がすぐに癒してくれた。


「思わない。お前は知らないだろう。ヒトと魔族は、魂というリソースを奪い合う宿命なのだ。お前たちの勢力圏で死んだ魂は、『蒔き神』に半分が、もう半分がお前たちのいうところの『信仰』によって他の神に配分される。そして、神はそれぞれの意志で、得た魂をお前たちに再配分する。お前たちがステータスやスキルと呼んでいるものも、一部の自然エネルギーを除けば、基本的には魂の力を使っているのだ。そして、俺たちに神はいない。たまに力を得るために、魂を保持したまま死んだ同族――魔神と契約を結ぶ奴もいるが、基本的にはそれぞれが、獲得した魂を自由に消費する。当然、自動的に魂が『蒔き神』に上納されるというシステムは受け入れられない。ちなみに言っておくが、この星の先住者は俺たちの方だ。どこから連れて来たのか、余った「ヒト」を俺たちの星に植えていった」


 つまり、彼らは、彼らの自由のために戦っていたということだろうか。


 ともかく、総統には、これだけ打ち合っても、まだ長台詞を喋る余裕があるらしい。


 でも、僕だって負ける気がしない。


「……それは知らなかった。でも、たとえ、あなたの言っていることが本当で、創造神様やヒトの先祖が侵略者だとしても、もはや子孫は定着してしまってるよ。過去の侵略の謝罪と補償を求めるなら、きちんとそれを広報して、交渉のテーブルにのっけるとかもできるんじゃないかな」


 甘いのかもしれないけど、この期に及んで、僕は彼と融和できないかと、心のどこかで思っている。


 もちろん、総統が憎い。


 ハミたちを苦しめたことが許せない。


 たくさんの兵士が殺されて、嘆く家族や、同僚を見てきた。


 でも、今、仮にも総大将という立場に置かれ、一歩引いた視点から見た時、ふと思ってしまうのだ。


 彼を殺しても、ダンジョンは滅ぼせない。


 また次々と魔族は産まれ、僕たちの子孫も生まれて、永遠に争い続けるなんて、あまりにも悲しすぎる。


 僕たちの子孫にも、またこんな苦しい経験をさせるのか?


 少しでもマシな明日のために、彼から魔族と融和するきっかけを探ることはできないのだろうか。


「勘違いするな。謝罪などというヒト的な行動を、俺が求める訳ないだろう。劣った種が滅ぼされるの必然だ。俺が言いたいのは、ヒトと魔族は本質的に争うように、定められているということだ。融和はありえない」


「つまり、このまま僕とあなたも戦うしかない、と?」


「そうだ」


 戦いが激しさを増す。


 効かないとわかっている魔法も武技も全て叩き込んでいく。


 少し相手の攻撃に慣れてきたのか、僕もかすり傷程度は与えられるようになってきた。


 でも、敵もすぐに回復してくるから、決着には程遠い。


「……死が怖くないの? 僕は正直怖いよ」


「そういう感情は俺にはない。それに、恐怖する理由もない」


「どうして?」


 実力は伯仲している。


 このままいけば、僕たちは、お互いに力を使い尽くして、相打ちになるだろう。


「単純な話だ。俺が勝つことは――確定している!」


「なに?」


『やばっ! キミ、早く逃げ――!』


 ブチっと、精霊の声が途切れた。


 いや、それどころか、身体急にずっしり重くなる。


 世界を暗闇が支配し、何も見えない。


「言っただろう。俺たち魔族は、魂を自己管理している。それはつまり、一体一体がヒトでいうところの、神にもなれる可能性を秘めているということだ。俺はこの戦争で大量の魂を確保した。しばらくなら、魂で魂を相殺し、お前への魂の供給を完全にストップするくらいのことはできる。『世界』、全てからのな。無論、一帯の自然は死んでいる。魔法も使えない」


 総統は嘲弄するような声で言った。


 感覚で理解する。


 ステータスも、精霊も、魔法も、武技も、僕は、異世界で積み上げてきた全ての力を失ったのだと。


(翻訳チートがなくても言葉が理解できるくらいに、僕は、もうこの世界の人間なんだ)


 そんな場違いな感慨を抱く。


 家族に会いたい。


 見苦しくても、生きるために、逃げられるなら逃げたい。


 しかし、足取りさえおぼつかないこんな状況だと、下手に動けばさらに状況を悪化させそうで、僕はただ硬直するしかなかった。


 否応になしに死を覚悟させられる。


 暑くもないのに、額から汗が流れ落ちるのを感じた。

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