第185話 川の流れのように

 歴史というものは、よく大河の流れに例えられる。


 いくらチートを手にしても、結局、その一滴に過ぎない僕が思い通りにできるのは、僕自身の振る舞いだけ。


 トリゴ地方での勝利をきっかけに、アレハンドラを巻き込んで結成された連合は、瞬く間に世界規模へと膨れ上がっていった。


 話が大きくなればなるほど、徐々に僕が関与できる部分は少なくなり、パワーポリティクス的な理論で、戦略と戦術が定められていく。


 幾度もの戦争と、謀略と、裏切りと、美談があった。


 僕たちの技術は飛躍的に発達し、例えば銃なんかは、より扱いやすく、連射速度を増していったし、エルフ以外の精霊魔法を使えるヒトも爆発的に増えていった。


 それに呼応するように敵の呪いはより狡猾さと凶悪さを増していき、それに対抗するために僕たちはより効率的な解呪の方法を編み出し――、とにかく挙げればきりがない。


 総じて言えば、僕たちはよく戦ったと思う。


 外敵を前に一致団結したヒトは、総統の軍相手に一歩も引かなかった。


 いや、それどころか優勢に戦いを進めた。


 戦争の勝率は、七割。


 さらには、冒険者を使ったダンジョンへ本格的侵攻にも着手し、一階層ごとに創造神様の加護を受けた神樹を植えていくことによって、敵の『地下の領土』を徐々に削っていった。


 かといって、万事順調かといえばそうではない。


 敵の兵力の主体――すなわちモンスターの人口回復力はヒト全体のそれよりもずっと高い。


 長期間の消耗戦になれば、ヒトサイドが不利になるのは明らかだった。


 また、厭戦ムードが蔓延してくれば、僕たちの陣営が内から崩壊するということもあり得る。


 しかし、それは僕たちのとって最悪の想定、敵にとってみれば、楽観的な展望に過ぎず、僕たちが持ちこたえ続ければ、このまま総統の軍を追い詰めて、殲滅できるということも十分にあり得る状況だった。


 つまり、僕たちも敵も、これ以上戦争を長引かせたくないのだ。


 そんな状況を打破するため、両陣営の打算と窮乏から必然的に導き出された最終決戦の時は、すぐそこまで迫っていた。


「……本当に、僕が演説しなきゃだめかな。」


 家の広間から窓の外を覗けば、そこには大量のメディア関係者が、今や遅しと僕の登場を待っている。


「今更、何を言っておりますの。ヒトの存亡をかけた最終決戦を前にして演説するのに、タクマ以上の適任がおりまして?」


 ナージャが、僕のコーディネートの最終チェックをしながら呟く。


 戦場での雄々しさと、親しみやすさを兼ね備えた服を選んでくれたらしいが、僕にはそこらへんの機微がよくわからない。


「然り。いまや、主は世界一の英雄にござる」


 SP役のレンが、周囲に目を光らせながら呟いた。


「うん。でも、アルセさんとかもいるし」


「そのアルセさんのご指名ですから……」


 ミリアがで眉を下げ、だだっ子を相手にした時のような困り顔をつくる。


「あんた、何を急にビビってんのよ。今まで戦ってきた敵に比べれば、演説なんて屁みたいなもんでしょう」


 リロエが呆れたように呟く。


「……ビビるっていうか。たまたま、創造神様から強大な力をもらっただけの僕が、偉そうに全世界のヒトに何かを言う権利なんてあるのかなって思ってさ」


 僕は気まずさに頭を掻いた。


 僕の出してきた成果は、どう考えても僕自身の実力ではない。


「それは違う」


 テルマが、メディア関係者から提出された書類から顔を上げ、僕をじっと見つめて言った。


「違う……?」


「タクマが創造神様から特別な力を与えられたのだとしても、その使い方を決めたのはあなた自身。私や他のみんなを助けてくれた時も、魔族と戦うと決めたことも、タクマが行動を起こさなければ、確実に今よりは不幸な世界になっていた」


 テルマが確信に満ちた声で続ける。


「ですわね。あなたの謙虚な所は美徳ですけれど、必要以上に自分を卑下するのは、ワタクシたちにも失礼ですわよ。ワタクシたちが、ただの力があるだけの男を好きになると思いまして?」


 ナージャが頷いて、『準備完了』とばかりに僕の背中を叩いてくる。


「……ドラゴンキラーも素人が振れば木の棒」


 スノーがぼそりと呟いた。


「然り。主が築き上げてきた人望は、主の選択と行動の結果でござる。もし、誰か他のヒトが同じ力を手にしていたとしても、このような結果を出せたとは、吾には到底思えませぬ」


 レンが、僕に微笑みかけてくる。


「そうかな」


「そうですよ。ねー、みんなもパパがかっこよくおしゃべりしている所みたいよねー?」


 ミリアが昼食をとっている子供たちにそう問いかける。


 「みたーい」、「み、みたい、です」、「……」、「父様の勇姿を目に焼き付けたいです」


 僕の脚に抱き着いてくる子がいて、絵本で顔を隠したまま小声で呟く子もいて、パンを口にくわえたまま居眠りしている子もいるし、どこかで遊びに夢中になっているのか、今ここにはいない子もいる。


 ともかく、子どもの反応は様々で、個性はそれぞれだけど、みんな心から愛おしい。


 最近は戦場に出向くことが多く、家を留守にしがちなのだが、それでも子どもたちから嫌われずに済んでいるのは、妻たちがよく言い含めてくれているおかげだろう。


 彼女たちには本当に感謝の気持ちしかない。


「みんながそう言ってくれるなら、ちょっと頑張ってみようかな。――といっても、すごい名演説ができる訳じゃないけど」


 僕は決意を固め、大きく息を吸い込んで吐き出す。


「おい! 何やってんだ。時間だぞ! そろそろ出ろ!」


 玄関から駆けこんできたシャーレが、急かすように僕に催促してきた。


「ごめん。待たせて――じゃあ、みんないってくるよ」


「「「「「「「いってらっしゃい」」」」」」」


 妻と子どもたちに見送られ、僕は家の外に出た。


 メディア関係者――精霊魔法の使い手たちが、今や遅しと僕の言葉を待っている。


 僕は、もう一呼吸置いてから、ゆっくりと話し始めた。


「――皆さん。こんにちは。もしくは、こんばんは。タクマ=サトウです。こんなご時勢ですから、僕の名前くらいは聞いたことがあるかもしれません。中には、魔族の総大将が総統で、ヒトの代表が僕であるかのように言う方もいらっしゃいます。


 でも、僕は、残念ながら総統がみんなに約束したような、大きなことは言えません。ヒトの未来を明るくするとか、進化がどうだとか、そんな大それたことを語るには、僕は無力すぎます。でも、今日より明日、明日より明後日、明後日より明々後日、少しでもいい毎日なっていけばいいなと思います。それはきっと劇的な変化ではないでしょう。僕の言う良い明日とは、例えば、前を歩いているヒトが落とした物を拾ってあげられるとか、もしくは、昨日まで大嫌いだった、顔も見たくないようなヒトに、好きになれないまでも、挨拶くらいはしてみよう、とか、そういう、些細で小さな、だけど優しい成長ができる世界です。


 綺麗ごとに思われるでしょうか? 僕は、そうは思いません。世界を変えることはできなくても、少なくとも、より良い明日にしてきたという確信と証拠を得ているからです。


 そこで、てりやきハンバンガーを食べながら、にやにや僕を見ているハミ。ちょっとこっちに来て――ありがとう。今、ここにいるハミは、ハグレモノです。今、世界の一部では、ハグレモノといえば、敵の代名詞のような使い方をされています。でも、はっきり言っておきます。彼女たちは、僕の大切な仲間の一人です。もちろん、彼女は、一人のヒトを殺してもいません。そして、今回の戦争に関して、彼女たちは何の罪もなく、僕たちを助ける義務もない。それでも、彼女たちは、僕たちを助けてくれました。助けて相手から感謝されないどころか、中傷されることすらあるのに、それでも、寝食を惜しんで協力してくれたんです。


『ん? 食べてるゾ! 食わなきゃ働けないノダ』


 ふふっ。たとえだよハミ。――彼女たちのおかげで、多くの命が救われました。『俺はハグレモノの世話になってなんかない』という方。そんなあなたも、多分、彼女たちの恩恵を受けています。予防接種用のポーションや、呪いへの耐性をつけるための食料の特殊加工、ヒーラーの解呪の技術の向上、およそ、ヒトの勢力圏で暮らしているならば、直接的にしろ、間接的にも、彼女たちに世話になっているはずです。僕は信じています。こうして、ハミと僕たちが協力できているように、今は不倶戴天の敵のようである総統の配下のハグレモノとも、きっと和解できる日がくることを。


 だから、僕は夢をみます。


 いつか、ちょっとでもいい明日を重ねていった先に、ヒューマンと、ドワーフと、獣人と、ハーフリングと、エルフと、ハグレモノと、その全てのハーフと、ひょっっとしたら、それはもう、長い長い長い長い長い先の話ですが、一部の魔族とすら、一緒に食卓を囲める日がくることを。


 話が長くなりました。


 本題に移りましょう。


 もうすぐ、総統との決戦があります。


 誰かを倒せば、急に世界が平和になるなんてことはありえません。


 それでも、僕はやっぱり、誰かが誰かを無理矢理支配するのが当たり前という世界は、嫌です。そりゃあ、僕も領主をやってますし、どこの国でも上下関係はあるでしょうけど、言葉を交わせて、意志の疎通ができる相手を、まるで物かのように扱うことは許せません。そのヒトの人生も、想いも、好きなことも、嫌いなことも全てをないがしろにして、仕事のための道具にするような世界を受け入れることはできません。たとえ、ヒト全体の数が増えたとしても、それは『生きている』とはいえないと思うからです。


 だから、僕は、たとえ、ヒトが総統の言うように、非合理で、理不尽で、金に弱く、感情的で、無意味な慣習にこだわる愚かな存在だったとしても、ちょっとでもいい明日につながる、『今』を守るために戦います。本当は戦いたくないんです。本音を言えば、僕には、かわいいさかりの子どもたちがいますから、ずっと彼らと遊んでいたいと思ってます。おそらく、皆さんの多くもそうでしょう。家族や、恋人や、友達と、一緒に平穏な日々を送りたいと願っているはずです。でも、今戦わないとその日常はかえってこないから、僕は戦います。


 でも、その戦いはもちろん、僕一人ではできません。


 先にも言いましたが、僕は無力です。


 僕はたまたま運が良く、創造神様から特殊な力を授かることになりましたが、それでも、何万、何十万の敵の前では、やっぱり僕はただのヒトです。


 だから、みなさんの力を貸してください。


 未来のためになんて大それたことは言いませんから、誰を生贄に捧げるかで悩まなくてもいい、そんな普通の明日のために」

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