第184話 血の華が舞う

 アルセさんをトリゴに案内した僕は、呪いをうけていないかのチェックを含む、彼女の仲間の手当をしてから、ダブラズさんと引き合わせた。


「こんにちは。アルセです。私と仲間を助けてくれてありがとうございます」


 アルセさんが、そう言って握手を求める。


「いえいえ。この度の義挙は全て、タクマ殿とフロル姫の勇気と、それに力添えなさった陛下の御意思の賜物。ワシはその志に共鳴している者の一人に過ぎぬので。むしろ、お礼を言わねばならぬのは、ワシらの方ですぞ。まずは忌まわしき魔王を屠ってくださったこと、この世界に生きる者の一人として、感謝申し上げる」


 ダブラズさんがその手を両手で握り返して頭を下げた。


「いえ……。私が魔王を倒してしまったことで、結果として、世界がこんな風に混乱してしまっているので、とてもお礼を言われるようなことではないですよ」


 アルセさんがそっと手を離し、静かに首を横に振る。


「もし、アルセさんがやらなかったら、危機が十年か二十年か――ちょっと後の時代にずれただけですよ」


 慰めは余計にアルセさんを苦しくするだけだと思った僕は、なるべく感情を交えないトーンで告げる。


「理屈としてはわかっているんだけどね。目の前で死んでいく人を見ると、私が魔王を倒さなければこの人たちは死ななくて済んだんじゃないかって、どうしても思っちゃうんだ。……ごめん、話を戻して」


 アルセさんは気まずそうに呟いてから、気持ちを切り替えるように顔を上げた。


「……さきほども説明させてもらいましたが、僕たちは、これから総統の軍と一戦交えるつもりです。そして、いずれはアレハンドラも含め、世界中の人と協力して、反攻作戦を立てたいと思っています。ここまではいいですか?」


「うん。政治のことは分からないけど、私にもみんなが力を合わせて戦わなきゃいけない時だっていうのは痛感してる。私にできることなら、何でも協力させて」


 僕の確認に、アルセさんが快く頷く。


「ありがとうございます。心強いです」


 アレハンドラは民主主義国家だ。政治家たちは、アルセさんの魔王討伐で、景気を良くする+愛国心を煽って、支持率を上げようと目論んでいたことだろう。


 しかし、現実はこのありさまだ。


 レンが前に報告してくれたレポートによれば、アレハンドラは戦争の長期化に伴う税負担の増大によって、かなり国民の間に不満がたまっているらしい。


 政治家たちは、国内の不満をそらすためにも、責任を全て総統に押し付けて、僕たちと連合を組む方向にいくのは、想像に難くない。


 アルセさんと僕が旧知の仲であることも加味すれば、連合への『シナリオ』も描きやすいだろう。


「それでまずは、戦況を確認しますぞ。敵は現在、森の中にアルセさんたちがいなくなったことに気付いた頃だと思われますな。敵が仮にこちらに侵攻してくるとすれば、森を完全に掌握し、軍隊を整える時間がかかりますので、決戦は早くて三日後、遅くても、一週間後といった所でしょう。――捕縛した冒険者から引き出した情報、諜報員の報告、精霊の情報を総合すると、純粋な頭数では、こちらが2倍近いという計算になっとります。ちなみに、我が方はすでに、最前線には防衛陣地を構築済みな故、いつでも戦えますぞ。欲を言えば、兵たちの旅の疲れを癒やす時間は長めにあった方が好ましいですが、敵もアルセ殿たちとの連戦で疲労が溜まっているのは必定。総合すれば、ワシらの有利な状況といえましょう」


 ダブラズさんが、資料の紙を片手に、僕たちにそう説明してくれる。


「敵は、基本的には数の優位を活かして攻めてくる戦い方かな?」


「うん。野戦では、基本的には、力任せで押してくる戦術だよ。攻城戦とかとなるともうちょっと色々あるけど。っていうか、戦争って基本数の勝負だから、わざわざ言うことじゃないかもしれないけど」


 天才軍師による計略が炸裂するのは、お話の中だけだ。


 個人対個人の殺し合いならもかく、軍隊同士の衝突となれば、勝敗を決定するのは、まずは兵士の数だ。次に兵士の装備、練度、士気といったところだろう。


「ふむ……となると、敵の指揮官がまともならば、侵攻を諦めて、要塞化されているブレまで引き返すのが常道ですな」


「そうだといいんだけど……。あっ、もちろん、勝ちたくないっていう意味じゃなくて、ヒトの犠牲者が少なくなるって意味でね?」


「わかっています。続けてください」


 小首を傾げるアルセさんに先を促す。


「ヒト側が、兵力では同等か、勝っているのに、総統に負けちゃう例が頻発しているの。なんでだか分かる?」


「……敵は、死を恐れない」


 アルセさんの問いに、僕は目を伏せて答える。


「うん。モンスターは、死を恐れない。仲間がどれだけ死んでも、不利な状況でも、突っ込んでくる。さらに死体はアンデッド化までするしね。そして、新たに敵軍に組み入れられたヒトの兵士は、呪いで縛られているから、逃げ出せないの。逃げたら、呪いが発動して殺されちゃうから。私は、目の前で何度もそういうヒトたちを見てきた」


 アルセさんが怒りを滲ませて言う。


 僕も感情的にはアルセさんと同じ気持ちだ。


 非道で、許せないやり方だと思う。


 でも、敵サイドからすれば、占領地のヒトの兵士など、いつ裏切るかも分からない、もっとも信用できない味方である。


 長く魔族に対する嫌悪感が固定化された世界で、占領地のヒトの兵士を運用したいなら、何らかの枷をはめるのは、用兵上は当然といえるだろう。


 実際、僕たちも、できることなら、最大限、敵に内通者を作る工作をするつもりだった。


 現状、僕たちが働きかけられるのは、呪いがかかっていない敵が雇った冒険者くらいだ。しかし、彼らに内通工作を仕掛けようとすれば、商売柄絶対にふっかけられてコストがかさむし、そもそも彼らを重要な所に配置するほど敵も愚かではないだろうから、工作の効果も薄そうだ。


「死兵というのは恐ろしきものです。士気や練度の低い軍ならば、数に勝っていても敗れることもありましょうぞ」


 ダブラズさんが深く頷く。


「うん。今までのそういう成功体験があるから、私たちの方が数で勝っていても、敵が戦争を挑んでくる可能性は十分にあると思うよ。敵はとにかく進軍スピードが早くて――多分、ダンジョンとかの地下通路を使った輸送網があるんじゃないかな」


 ダンジョンは、太古からこの世界に根を張っている。


 そして、大都市にはほぼ確実に、ダンジョンがある。


 つまり、占領地にダンジョンがあった時点で、敵は半分はその領地を掌握しているも同然なのだ。


「向こうも、僕たちが団結して抵抗してくることは当然想定済みでしょうからね。こちらがまとまってない内に、一つでも多くの国を落としておきたいというのが本音でしょう」


 僕は呟く。


 向こうがくるなら、迎え撃つ。


 仮に、戦端が開かれなくても、それはそれでいい。


 とりあえず、アルセさんを救出できて、敵を退かせられたという実績があれば、それで連合を結成するには十分だ。


 いや、むしろその方が、僕も人殺しをせずに済む。


「大規模な会戦になれば、またたくさんのヒトが死ぬね……せめて、呪いをかけられた兵士たちだけでも、助けてあげたいけど」


「アルセさんもご覧になったでしょうが、解呪ができるハグレモノは、連れてきています。でも、戦いながら、敵を解呪して、救出まで行うのは不可能です。僕は、彼女たちを最前線で危険に晒すつもりはないので」


 僕はきっぱりとそう答えた。


 もちろん、総統に使われている兵士も犠牲者だし、できることなら助けたいとは思う。でも、やっぱり仲間の命と天秤にかけることはできない。


「そうだよね……」


「安心してください。敵の本隊とは、僕たちが戦います。アルセさんたちは、冒険者部隊への対応をお願いします」


 アルセさんの話では、敵の本隊と、冒険者は分離して運用されているらしい。


 軍隊としてまとまって行動する上では、好き勝手に振る舞う、傭兵的な冒険者は邪魔だからである。


 冒険者は、主に遊撃というか、近隣の村々で軍事物資の供出名目で略奪をさせたり、もしくは本軍に主力を引き付けている間に奇襲させたり、攪乱目的の仕事をしているらしい。


「私の兵士の人数的には、それしかないか……。また、キミに嫌な役目を押し付けることになっちゃうね。ごめんなさい」


 アルセさんが、今日何度目かの頭を下げる。


「僕は、僕のため――家族と子どもの未来を守るために、戦っています。だから、そんなに謝らないでください。僕は笑顔のアルセさんが――『ごめんなさい』より、『ありがとう』が多いあなたの方が好きです」


 そんな彼女をみているといたたまれず、僕はそう声をかける。


「……あんまり女の子に言っちゃダメだよ、そういうこと。まあ、キミには今更か」


 アルセさんはそう呟いてはにかむ。


「ガハハハハハ。『英雄色を好む』ですかな。ワシも若い頃は――と言いたいところですが、さすがにかないませんぞ」


「もう、ダブラズさんまでからかわないでくださいよ」


 僕もはにかむ。


 戦場なのに――いや、戦場だからこその、意図的に作り出した和やかさが、僕たちの間に漂っていた。



                       *


 瞬く間に五日が経った。


 刈穂の後の麦畑が、香ばしい匂いを放っている。


 風と水の精霊のおかげで晴れわたった秋空は、雲一つなく澄んでいた。


 僕は、地上数十メートルほどのところに浮遊している。


 ゴブリン。ウェアウルフ。そして、数多の人型モンスターたち。ヒト。そして、彼らを束ねるようにして後ろに控えるハグレモノたち。


 彼方に望む敵軍は、一糸の乱れもなく、不気味な程に整然としていた。


「全てのヒトに告げます。降伏してください。僕たちに、争う理由は何一つありません」


 風の精霊によって拡大された音声は、確実に敵陣へと届いているはずだ。


 しかし、反応はない。


 そりゃそうだ。彼らは呪いによって縛り付けられているのだから。


 でも、無理だとわかっていても、僕はそう告げなくちゃいけない。


 正義なんてこの世に存在しなくても、僕たちを正義にするために。


 アルセさんの執り成しにより、アレハンドラの協力得られたことにより、今回の会戦の映像は、ほぼ全世界に中継されている。


 負ける訳にはいかない。


 媚びる訳にもいかない。


「僕は、あなた方が魔族の奸計で呪いを受けていると知っています。でも、心配ありません。こちらには解呪の用意があります。だから降伏してください」


 僕は繰り返した。


 もし本当に彼らが避難してこられる状況ならば、解呪してあげたいと思う。


 だけど、総統がそんなことを許すようなぬるい縛りをしているはずもない。


 僕は、そこで、地上で待機中のハグレモノ――ヤムに目くばせする。


 頷く彼女を浮遊させ、僕の隣の位置まで浮かせた。


「――指揮官に告げマス。わたしは、あなたたちと同じ、半人半魔デス。あなた方は、こう思っていることでしょう。『戦うしかナイ。もし、負ければ、我々を憎んでいるヒトに殺される』。でも、それは真実ではありまセン。わたしたちには、争わずとも、憎しみあわずとも、生きていく方法がありマス。わたしがその証明デス」


 ヤムが、静かな重々しい声で告げた。


 反応はない。


 敵の指揮官となっているハグレモノたちも、何かで縛られているのだろうか?


 それとも自らの意思だろうか。


 それはわからない。


「奪うよりも、稼ぐ方が気持ちいいデス。殺すよりも、救う方が楽しいデス。血の味はまずく、みんなで仲良く分かち合うなら、たとえそれは水であっても――」


『ギャオオオオオオオオオオオオオオオオ』


『ギャオオオオオオオオオオオオオオオオ』


『ギャオオオオオオオオオオオオオオオオ』


 ヤムの説得は、無数の咆哮によって中断された。


 蝙蝠の翼を持ち、蛇のような上半身に、ヒトの下半身をつけたモンスター。


 もしくは、ワイバーンに乗ったコボルト。


 これも航空支援というのだろうか?


 飛行部隊が、魔法や弓矢を放ちながらこちらに襲い来る。


 むろん、地上の方も、数多の敵が、こちらに押し寄せてきていた。


 第一陣はゴブリン。


 第二陣がヒト。


 第三陣がウェアウルフ。


 ゴブリン以上、ウェアウルフ未満。


 それが、総統にとってのヒトの一般兵の価値ということか。


「ヤム、ありがとう。もう十分だよ」


 僕は彼女にそう礼を言って、安全圏まで待避させる。


『派手にいっちゃうー?』


「いや。なるべく、力は温存しよう。土地の力が枯渇するとまずい」


 僕はノリノリの精霊を抑える。


 魔族の支配下に置かれた影響か、それともわざと汚染しているのか。


 土着の精霊が、かなりの数、逃げ出していた。


 契約できる精霊のほとんどは味方につけているが、ここであまりその力を使い過ぎると、今後、この辺りが生活できないような荒れた土地になってしまう可能性がある。


 それに、今回は、『集団としてのヒト』の力を見せつける場面であって、僕だけが目立つというのもよくない。


「歩兵は密集陣形を組めぃ! 敵を絶対に回り込ませるな! 魔法兵は敵の障壁解除に専念じゃあ! 弓兵は上空のハエ共を撃ち落とせい!」


 ダブラズさんの命令がとぶ。


 僕たちの軍の主力は銃兵だが、もちろん、援護として、普通の兵士も連れてきている。


「ゴブリンは的が小さくて狙いにくいから、僕たちで数を減らしておこうか」


 僕は弓兵の射線の邪魔にならないよう、地上に降りてから、そう呟いた。


「あいよー!」


 真空の刃がゴブリンを切り裂いていく。


 ちなみに、火系の魔法は銃の火薬に引火するので使えない。


「敵の魔法攻勢がうっとうしいな。後衛に石礫の嵐を。後は、上空から火炎を吐かれたらまずいし、水のバリアを張っておこう」


 僕は、味方の邪魔にならないように後方に移動しつつ、適宜味方を支援していく。


「……よし、今だ! 撃てぃ!」


 ダブラズさんが、タイミングを図ったように叫ぶ。


 ババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババ!


 轟音が世界に満ちた。


 もはや、この戦場に英雄は存在しない。


 個々の技量を超越し、ばらまかれる弾幕。


 その圧倒的な暴力が、ランチェスターの二次法則に従って導かれる確率的な消耗を敵に強いた。


 断末魔の悲鳴も、殺人の罪悪感も、全てを銃音が打ち消していく。


 鮮血の華が、暗色の戦場を色づけていった。


「きびきび撃てい! 砲撃を絶やすな!」


 ダブラズさんの大地が震えるほどのような大声すら、もはや全員に届いているだろうか?


 とにかく、銃音が止むことはない。


 信長がやったかやってないか分からない三段撃ちみたいな高度な用兵はできない。それでも射撃手と弾を装填する人員は分けているのだ。


 射撃手と装填手のペアには、二丁の銃が渡されており、射撃手が一発撃っている間に、装填手はもう一丁の銃に弾を込めている。撃ったら、装填済みの銃と空の銃を交換。射撃手は撃つ。装填手は弾を込めていく。


 殺戮の無限ループが、瞬く間に敵の数を減らしていった。


 ゴブリンは全滅し、第二陣のヒトの半数が戦闘不能になった頃、敵が僕たちに背中を向ける。


「撃ち方やめい! 騎兵よ! 蹂躙せよ!」


 ダメ押しの弓の斉射と、魔法の大攻勢の後、ようやく音が止んだ。


 待機していた騎兵が、満を持して出撃していく。


 意志薄弱なヒトの兵士たちは、大混乱で右往左往。


 死を恐れないモンスターの軍勢も、退却を最優先し、死にゆく仲間たちを援護することはない。


「タクマ殿! 追撃なさいますか!?」


「やめておきましょう。敵の領地には、間違いなく重層的な呪いのトラップが待ち構えているでしょうから。それより、アルセさんの援護と、負傷者を一人でも多く救うことに力を割きたいです」


 戦場に視線を固定したまま、僕はダブラズさんの問いに答える。


 数刻前まで収穫の豊穣に満ちていた大地を、死と硝煙の香りが浸食していた。


 僕は、この光景を一生忘れないだろう。


「承知致した! 歩兵、第一隊と、第二隊、魔法兵、第一隊、東西の友軍の下へ向かえ!」


 やがて、迂回路で攻め込もうとしていた敵と対峙していたアルセさんの方の戦場も、無事、制圧が完了。


 後には、大量の負傷者と、死体だけが残された。


 まずは負傷者を解呪――生贄は、そこら中にいくらでも転がっている。


 それからヒーラーやポーションで回復するが、助かった命はそう多くはない。


 その後は、死体を浄化する作業が待っている。


 放っておいたらアンデッド化するということもあるし、精神衛生上も、モンスターはともかく、ヒトの兵士は弔ってやらないと気がとがめる。


「敵が誰であれ、戦争って虚しいね……」


 僕の気持ちを察したように、アルセさんが肩を叩いてくる。


 こうして、僕たちは、ほぼ完璧ともいっていい勝利で初陣を飾った。

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