第179話 ドクトリン
僕たちは早速対策を話し合うため、現場をハミたちに任せ、家へと戻る。
広間に、現場にいなかった妻たちも集め、事情を説明を終えるとすぐに会議が始まった。
「それじゃあ、現状を確認しようか。まずは、先ほどの『総統』の発言を振り返ろう」
椅子に腰を落ち着けた僕は、早速そう切り出した。
「そうですわね……。ではまず確認致しますけれど、敵は世界の半分を手に入れたとほざいておりましたわよね。あれは事実ですの?」
「国土の広さという意味では、確かに世界の半分を手に入れたという『総統』とやらの表現に誇張はありませぬ。元からござった魔族領が三分の一、新たにヒトの領土を六分の一浸食し、おおよそ世界の半分を統治下に置いているようでござる。おそらく、今は新たに手に入れた領土の把握に努めているのでござろうが、やがてその版図を広げてくるつもりか思われまする」
ナージャの疑問に、レンが理路整然と答えた。
「でも、国土の広さが、国力とイコールになる訳じゃない」
「テルマ嬢のおっしゃる通りでござる。吾共の世界の国力は偏在してござる。魔族共と、新たに侵略したその近隣の領地は、多くが痩せた生産性の低い土地でござる。故に、世界の半分の広さを手に入れたからといって、世界の半分の力を手に入れたとは決して申せませぬ。おおざっぱな試算でござるが、現状、吾共、『ヒト』の生活圏全てを合わせた力と、魔族共が有している領土の力を比較すれば、7対3といったところでござろう」
「じゃあ、ウチらの方が有利ってこと!?」
リロエが目を輝かせて言う。
「そうとも言い切れませぬ。奴らには、地上に加え、ダンジョンという地下の領土もありまする故。ダンジョン全体が有する国力は未知数でござるが、総合すれば、吾共と五分五分、ともすれば、劣勢と考えても、悲観的とは申せますまい」
レンが悲しげに首を横に振った。
「で、でも、みんなで頑張れば、何とかなるわよね? スタンピードの時だって、みんなで頑張ってしのいだじゃない」
「ええ。力を合わせられれば、しのげるかもしれませんわね。けれど、今は、疫病でヒトの社会はガタガタになっておりますわ」
「……然り。ヒトの領土同士は感染者の流入を恐れ、疑心暗鬼になっておりまする。そうでなくとも、自国の防疫で手一杯で、他国に支援の兵力を回すことができる勢力は少なうござる。その隙に、敵は電撃的に軍を進めて、侵略してきたのでござる。無論、これも、あらかじめ、計画されていたものでござろうな。各個撃破は戦の常道でありまするが故」
「僕たちの懸念していた通りになったね。というか、僕たち以外の所も、みんな警戒してはいただろうけど、自分のところで精一杯だったんだろうな……」
僕は俯いた。
僕は僕なりに、できることをしてきたつもりだけれど、それが完璧だったかはわからない。
いや、完璧ではないだろう。
創造神様ですら思い通りにならないこの世界で、僕ごときが常に最善手を打てるはずもない。
「それにしても、この侵略のスピードの早さは想定外。魔族はスタンピードみたいに力にまかせて破壊をまき散らすならともかく、統率的に軍隊として行動し、広範囲を占領・統治するような能力は持ち合わせてなかったはず。なぜなら、魔族は強い個体になればなるほど、個性的な特性を身に着けていき、統率が難しくなるから。一体、敵はどうやって、その矛盾を克服したの?」
テルマは首を傾げる。
「テルマ嬢のおっしゃる通り、一般的に、魔族は、上級になればなるほど、『個』の強さを得る方向に進化する性質を持っているようでござる。『魔将』がその最たる例でござるな。しかし、『総統』とやらは組織として軍を編成する上では、個性は不要であると気が付いたようでござる。奴らの軍の主力は、ある程度の知能を持ち、かつ集団で行動することができる、下級~中級のモンスターでござる。個々は弱くても、中級以下のモンスターは、繁殖が容易――すなわち、数をたくさん揃えられる上に、御しやすいでござるからな」
レンが腕組みしながら解説する。
「アルセさんが倒した、魔王の周辺にいたのはきっと、上級の個体だよね。だとすると、今の敵の軍隊のメインとはバッティングしないってことか」
僕はそう言って俯く。
「強かですわねえ……。でも、ダンジョンのモンスターを見ていると、『群れ』レベルならともかく、軍団レベルの指揮統率がとれるモンスターなんておりませんわよ。魔将の類は、魔王討伐の際に一緒に倒されているはずですし。一体どんな魔物が指揮をしているんですの?」
「指揮をしているのは……ハグレモノでござるよ。ヤム嬢の過去の話から推測するに、非情な手段で適性のある者を選抜したのでござろう。ともかく、指揮官はヒトの戦争史をよく研究して学習しているようでござるな。腐敗国家の軍隊程度なら、一蹴する実力がござる」
レンは、若干答えにくそうに呟く。
ヤムたちのことを気遣っているのかもしれない。
「……ということは、占領の現場の実務も、ハグレモノたちにやらせてるの?」
「然り。『総統』は悪辣にも、一番憎悪を買いやすい占領者の役目を、ハグレモノに押し付けているのでござる。元から民の抱く差別意識を悪用して、憎悪を魔族全体にではなく、ハグレモノに向くように仕向ける目論見でござろう」
僕の問いに、レンが嫌悪感も露わに答える。
そういえば、少数民族にマジョリティーを支配させる手法は、地球でも植民地支配に使われていたと、何かの教科書に書いてあった気がする。
「ひどすぎます……。そのハグレモノの方たちも、本来は犠牲者なのに」
ミリアが泣きそうな顔で呟く。
「……しかし、そんなに易々と民が占領を受け入れますの? ワタクシたちヒトは人種も信仰も住む場所も違えど、創造神様への崇敬と、モンスターへの嫌悪を共通認識としてもっておりますわ。ハグレモノに対する差別意識があるならばなおさら、感情的に反発するのではなくて?」
「そこが奴らの強かな所でござる。奴らは、善政が行き届いている手強そうな領地は避け、政治的腐敗や差別的な身分制度――すなわち、内憂や潜在的不満分子を抱えた所のみに戦力を集中してござる。選択と集中。それが、今までのスタンピードとの違いでござるな。奴隷や虐げられた民からしてみれば、支配者が魔族になった所で、さほど痛痒はござらん。むしろ、今までモンスター討伐に無理矢理駆り出されていたような者からすれば、総統の庇護下に入り安全が担保された上、給付される食料が増えでもすれば、魔族を支持する方向に傾むくは必然と言えまする。不敬な言い方になってしまうでござるが、創造神様への信仰心も、衣食住足りてのこと故」
「……ドラゴンは刃で死なず、内より膿む」
スノーが重々しく言った。
そうだ。
敵の攻撃は直接的な原因ではあるが、元を辿れば、ヒトの世界の理不尽さが、付け入る隙を与えたのだ。
「ふう。敵の演説の意味が身にしますわね。敵は、明らかに支配者層と民衆を分断しようとしていますわ」
ナージャがため息と共に呟いた。
国の体制にもよるが、支配者層の人口に占める割合は、多くても10%にも満たない所がほとんどだ。
つまり、どんな世界でも、圧倒的に一般人の方が多いのだから、彼らに背かれれば国は成り立たない。
「総統の演説も、やたら一般大衆の不満を煽ってたしね」
ヘイトは現場に押し付け、実際の支配者――総統は恩恵のみを強調し、大衆の支持を得る。
吐き気がするほどむかつくけれど、これもきっと、敵がヒトの歴史から学んだ手法なのだろう。
魔族がつけこんでくるのは、いつだって僕たちの世界の嫌な部分だ。
「それで、タクマ。これからどうするの?」
「少なくとも、僕たちの領地だけで対処できる問題ではないよね。カリギュラやマニスの方とも相談して、こちらも統一した意志をもって行動しないと」
敵がまとまってくる以上、本当なら僕たちも、カリギュラやマニスよりも、もっと大きな範囲で、できればヒトの社会全てで力を合わせるのが理想なのだろう。
でも、もちろん、僕に世界を動かすほどの力はない。
ならば、こんな状況になっても、やはり僕はできることからやっていくしかないのだ。
「では、カリギュラ側との調整は吾にお任せくだされ」
「マニスの方はワタクシが参りますわ……。厳しい交渉になりそうですわね」
「なら私は資料を用意しておく」
たちまちに仕事が動き出す。
世界が変化するスピードに、僕たちはついていけるだろうか。
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