第178話 奮闘

 幸い、数日経っても、ヤムたちが治療したヒトたちの予後に問題はなかった。


 その結果を受け、早速、僕は隔離していたヒトたちを解放し、外出禁止令を解除――さらには、領地への立ち入りも順次再開した。


 こうして、身辺が一応の平穏を取り戻し、多少の余裕ができると、僕たちは今回の対応で得られた知見――疫病の原因と、発症のメカニズムを報告書としてまとめ、カリギュラやマニスを中心とする、友好的な諸勢力に通達を行った。


 すると、やがて各地から視察の役人がやってきた。


 きっと、各国とも、疫病の対応に苦慮していたのだろう。


 視察団は、合理化された僕たちの治療システムを見学し、驚愕と共に本国に帰っていく――そして、必然的な成り行きとして、僕の領地には、救援の要請が殺到した。


 僕の方としても、近隣の領地が荒れると商売ができないので、ハグレモノたちが使う生贄の供出と、彼女たちへ支払う給与の一部負担を条件に、協力を受諾した。


 その後、やがて僕たちに合流したハミたちの努力もあり、一月あまり経った頃には、地域レベルでパンデミックの拡大の阻止に成功した。


 その噂は瞬く間に広まり、まともに商品を運ぶことができる僕たちのいる地域に、たちまち世界中の荷が流れてくるようになった。


 それ自体はいいのだが、各国とも感染の拡大は阻止できても、入国の審査にまで手を回す余裕はなく、溢れた荷は、必然的に処理能力の高い僕たちの領地に集中することになる。


 僕たちは休みなくその期待に応えようとはしたのだが、それにもやはり限界はある。


 今は関税を上げて何とか流通量をコントロールしようとしているが、季節モノや消費期限のある物を商っているヒトたちは、多少の損を被っても、全部ダメになるよりはマシだと考えているのか、入領を希望する者が後を絶たない。


 結果としては、焼け太りというか、普段より儲かる形になってしまっているので、何だか申し訳ない感じだ。


 そして、僕は今日も仲間と共に、入領の管理をする関の近くに新たに設けられた臨検所兼施療の施設に顔を出す。


「ハミ、お疲れ様。これ、差し入れ。みんなで食べて」


 僕は、イリスさんとリロエが作ってくれた大量のサンドイッチを、ヤムに手渡す。


「おー、美味そうなノダ! ――お前ら、リョウシュサマのメシだ! 食え食え! 早く食わないとなくなるゾ!」


 ハミは、いくつかのブースに分かれて治療をしているハグレモノたちにそう声をかけ、自らが真っ先に差し入れに手をつけた。


 彼女は、今、ここでハグレモノたちの現場管理の責任者として働いてくれているのだ。 


 ハミの屈託のない振る舞いが、殺伐としがちな現場を、自然と和やかな雰囲気に変える。


 ハグレモノたちが、きりのいい所で仕事を切り上げ、こちらへとやってきた。


「どう、調子は?」


 僕も、近くの荷箱――椅子代わりになっているらしい――に腰かけて、彼女たちと食事を共にする。


「んー。まあ、これだけの解呪をこなせばば、新人どものいい練習になるんじゃないカ? でも、治しても治しても、どんどんヒトがくるなー。キリがないゾ」


 ハミがもぐもぐサンドイッチを食べながら呟く。


「評判が広まると、ヒトがヒトを呼ぶからね。ハミたちには苦労をかけるよ」


 商人はもちろんだが、混乱した地域からの移住希望者、単純に呪いを治療して欲しいヒトたちなど、僕の領地に入りたいと思うヒトたちの動機は様々だ。


「リョウシュサマの頼みだからいいゾ。それにあちしたちも、たくさんカネをもらってるから、そんなに文句もないノダ。一生懸命頑張るゾ」


「よろしくね」


 僕がそう言ってハミの頭を撫でると、彼女は気持ちよさそうに目を細めた。


「まあ、あちこち忙しないですけれど、これで、周りにもかなり大きな貸しをつくれたのも事実ですわ。今なら、かなりの無茶もゴリ押せますわよ。領地の経済力も増しましたし」


 ナージャが、ハグレモノたちのチェックにより安全性が担保された商品を検分しながら呟く。


「はは。まあ、人の弱みにつけこむようなやり方はちょっとね。うちは周りから嫌われたら、やっていけない場所だから」


 結果として、今回の騒動によって、僕のマニスとカリギュラ双方での発言力も、経済力も増したのは事実だ。


 でも、あまり上手くいきすぎても周りからいらぬやっかみを買うので、その対策として、近隣の領地には、返済期限も利息もないお金をを貸し付けて、外から解呪のできるヒーラーを雇う費用に充ててもらったりしている。


「少なくとも、今の所は感謝されていると思います。私なんか、ヒーラーの本庁から、『万手』の称号を頂いちゃいました。ほら、ヒーラーの派遣に融通を利かせてもらうために、本庁に寄付をしたじゃないですか。その時の名義が、私だったからだと思うんですけど」


 ミリアが、遠慮がちに呟く。


「へえ。確か『万手』って、色んな『癒し』のスキルを極めたヒーラーに送られる称号だっけ?」


 いつかの記憶を思い出し、僕は呟く。


 確か、ヒーラー全員が目標とする称号、みたいなニュアンスだった気がするけど。


「はい。それが本来なんですけど、多くのヒトを怪我や病気から救ったという社会貢献が認められた場合は、例外的に授与されることがあるんです。私ごときがこんな大層な称号をもらっちゃうと、名前負けしちゃう気がして」


「へえ。そうなんだ。でも、名前負けってことはないんじゃないかな。実際、今のミリアならほとんどの回復スキルも、状態異常治癒のスキルも使えるでしょ?」


 超一流とまでいえるかはわからないが、ミリアは少なくとも上級冒険者のグループでも引く手数多になるくらいの実力はある。


「そうですね……。形の上ではおおむね使えますけど、でも、最前線で奉仕されている人たちに比べれば、実践を伴ってませんから」


「現場は大切だけれど、それだけじゃ、仕事は回らないからね。どちらにしろ、現在進行形で、ミリアの頑張りによって多くのヒトが救われているんだし、貰っても全然おかしくないと思うけどな」


「へへっ。そうだといいんですけど」


 ミリアが照れくさそうにはにかむ。


 本人は謙遜しているが、実際、彼女はよくやっていると思う。


 ヒーラーの社会は、一般の社会とはちょっと違う理屈で成り立っているようなので、ナージャのような商人の理屈も、テルマが得意とするような事務的なお役人の理屈も通用しない。


 柔和で、誰にも優しさと思いやりをもって接することのできるミリアは、他の妻たちと同じく、換えの効かない貴重な人材だ。


 ミリア自身は寄付金のおかげだと思っているようだが、要求している内容から比べれば、そんなに大した額でもないので、多分関係ない。


 評価されたとすれば、ミリアの主導により、ハグレモノとヒーラーが協同で、効率的に感染者を癒すシステムを整えられた所でなかろうか。


 ヒーラーは、ヒト・モンスター・魔族を問わず、無差別に誰でも癒すことを善しとする教義だったはずだから、偏見の溢れるこの世界における先進的な取り組みだと判断されたのだと思う。


「主! 不躾に失礼致しまする!」


 レンが息を切らして駆け込んでくる。


「レン! お帰り!」


 僕は立ち上がり、持参してきたお茶を手に彼女を出迎えた。


 レンには、きな臭くなってきた世界情勢を把握するため、各地で情報収集をしてもらっていたのだ。


「ふう……かたじけない」


 レンがお茶を飲み干して、ようやく呼吸を落ち着ける。


「かなり遠くまで赴いておりましたはずですのに、そのように急いでかえってこられたということは、やはり、状況は芳しくありませんのね」


 ナージャがすっと目を細める。


「然り。やはり、吾共が懸念していた通りでござった。すでに奴らは――」


「!? 変な感じがするゾ! お前ら、構えるノダ!」


 やおら語りだしたレンの言葉を遮り、ハミが叫んだ。


 部下のハグレモノたちが、一斉に身構える。


 瞬間、治療を控えていた感染者が立ち上がり、揃って口を開いた。


『全てのヒト共に告ぐ。


 俺は『総統』クォーラル。


 貴様たちヒトの言う所の魔族だ。


 まずは、おめでとうと言わせてもらう。


 貴様たちの勇者は、見事魔王を倒した。


 だが、これで何度目だろう?


 俺の知る限り、1億100万1021人目の勇者で、1億100万1021体目の魔王だ。


 ああ! 何と進歩のないことか!


 思えば、愚かな我々の仲間は、幻想にとらわれていのだ。


 永遠の闘争の中で、いつか、何者にも侵されることのない最強の個体に辿り着けると信じていた。


 貴様たちもまた、幻想にとらわれている。


 勇者が、英雄が、全ての苦しみを都合よく取り除いてくれるはずだと。


 それが嘘だと、知っていても、貴様らはそれにすがらずにはいられない。


 あと何回繰り返す?


 進みゆく時の中で、いつまで我々は足踏みしているのか。


 そこで、俺は考えた。


 個体同士で優劣を競うことに何の意味があるのか?


 我々も貴様らは、個体ではなく、集団として、組織として、種として、生存競争をしているのではないか。


 ならば、種で優劣を競うのが当然の摂理だろう。


 そうは思わないか?


 くどくなった。


 実の所、俺が貴様たちに伝えるべきことはそう多くない。


 我々は、実力で我々という主の優等を証明する。


 おとぎ話の時代はもう終わりだ。


 すでに、世界の半分は我々の軍の手に落ちた。


 やがて、我々が全てを支配するだろう。


 だが、それは貴様たちヒト全体にとって、決して悪い知らせではない。


 俺たちに従うならば、ヒトの総数は今よりもずっと増えると、ここに約束しよう。


 モンスターもダンジョンも、もはや恐れる必要はない。


 モンスターは牙をむくこともなく、ただ貴様たちに肉を晒し、ダンジョンは貴様たちがいつでも使える無限の倉庫になる。


 そう。貴様たちの生存に必要な物資を、俺が責任をもって提供するとここに約束しようというのだ。


 美味すぎる話だと思うか?


 もちろん、無償ではない。


 安全と繁栄の代償に、貴様たちには、ちょっとした『税金』を払ってもらう。


 大したことじゃない。


 貴様たちヒトの中で劣等な個体と、その魂を差し出すだけでいい。


 案ずるな。


 我々が要求するのは、老体に、欠陥個体、元々、貴様らの社会という組織体において、価値がない存在だ。


 どのみち、今の貴様らに気に留められることもない、不要物だ。


 難しく考えるな。


 支配者が、変わるだけのことだ。


 今、貴様たちを支配しているものは何だ?


 国か? 王か? 軍か? それとも金持ちか? 


 我々の支配は、その誰が押し付けるよりも、背負いやすい支配だ。


 我々はヒトのように、意味のない慣習を押し付けることはしない。


 ヒトのように非合理的な感情では動かない。


 ヒトのように、無意味な暴力は振るわない。


 ヒトのように、種族で分け隔てすることもない。


 ヒトのように、カネで理不尽を押し付けることもない。


 我々は、世界で最も合理的で効率的に、力を求める種族だからである。


 ヒトは、この『総統』の手により、非合理を抜け、新たな段階へと進化するだろう。


 繰り返そう。


 俺たちの支配を受け入れるヒトの未来は明るい。


 もし、受け入れないヒト共がいるならば、始めようか。


 戦争を。


 勇者も、魔王もいない、本当の殺し合いを。


 だが、その時は、覚悟しておけ。


 本気になった俺たちは、今回の流行り病のように、ぬるくはないからな!』


 感染者たちは、『総統』が言いたいことだけ言い終えると、一斉に気を失って、床に倒れる。


「ぬうー。依り代として使えるように、二番底で呪いを仕込んでいたノダな。こういう呪いの使い方もあるのカ……。直接身体や心にくるような害意がないから気付かなかったゾ」


 ハミが渋面を作って、腕組みして唸る。


「というか、これ、完全に宣戦布告ですわよね」


 ナージャが頭痛をこらえるように、こめかみを抑える。


「……吾が説明するまでもなかったようでござるな」


 レンが瞑目と共に俯く。


「いやいや。レンのことだから、もっと具体的な『総統』の侵攻状況を入手してきたんでしょ? 聞かせてよ」


 僕は平静を装って、笑顔と共にそう語り掛けた。


 一難去ってまた一難――だけど、今回のは今までのとはかなりレベルが違うようだ。

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