第177話 謀略
その後、ヤムは、自身の見立てを確認するためか、シャーレやマリー以外の感染者についても処置を始めた。
その作業により、さらにデータが集まったのか、午後には、まだアイテム内に封じ込められている呪いの解除にも成功。この成果をもって、僕の領内では、疫病を終息させる目途がついたことになる。
一応、予後の観察のため、まだ外出禁止令と、元感染者の隔離は続けているが、遅くとも数日後には解放できる見込みである。
「おそらく、これは初めからアイテムが取引をされる前提に仕掛けられた呪いデス」
家の広間に集まった僕たちに、ヤムがそう報告する。
「そう断言するってことは、呪いの発症の鍵は、完全に特定できたんだね?」
「ハイ。できたと思いマス。鍵はおおざっぱに言ってしまえば、『損得勘定』デスね。まず、最初、アイテムを介した取引をした時点で、元のアイテムの所持者と、取引の相手方双方に、呪いは感染しマス。ですが、この時点では呪いは発症しまセン。この段階では、どちらも、『自分が得をする』と思うからこそ、取引をする訳デスから」
ヤムが静かに頷いて語り出す。
「まあ、自分が損だと思う取引をするヒトはおりませんわよね」
ナージャが頷く。
「ハイ。デスが、やがて時間が経つと、事情が変わってきマス。取引には必ず、損をするヒトと得するヒトが出てきますカラ。『あの時、売らなければよかった』、『他の所で売ればもっと高く売れたのに』。取引をした内のどちらかが、そういった、欲心や後悔、嫉妬を抱いた瞬間に、潜伏していた呪いが発動しマス」
「なんでそんなめんどくさいことをする訳? アイテムを手に入れた瞬間、その場でぱっと呪いを発動させて、殺した方が速くない?」
リロエが小首を傾げ、疑問を投げかけた。
「うーん。防疫の観点から言えば、感染から発症までの時間差があった方が、被害がより広範囲に広まるんですよね。致死性が高い病気は、感染者が移動せずにすぐ死んでしまうので。――もしかして、初めからそれを狙って?」
ミリアがはっとしたように顔を上げる。
「ハイ。ミリアさんのおっしゃるとおりデス。そして、一度呪いが発動すれば、後は、憎しみや復讐心によって媒介され、連鎖的に感染が拡大しマス。例えば、シャーレさんとマリーさんの間で、呪いが発動シテ、マリーさんがシャーレさんを殺してアイテムを奪ったとしマス。その場合、商会の関係者や、親類・友人――リョウシュサマやオクサマ方は、理不尽に殺さレタシャーレさんの遺体を見て、当然、怒りや復讐心を覚えるでショウ。この時点で、呪いは伝染し、発症しマス。その結果、復讐が成就し、マリーさんが殺されれば、彼女の仲間や、ご家族、冒険者ギルドがまた報復行為に出るかもしれません。このように、憎しみの連鎖により、呪いは力を増していきマス」
ヤムが深刻そうな表情で続ける。
「ヒトの社会的な人間関係まで想定して組み入れた呪いってことか。性質が悪いね」
僕はそう言って、眉をひそめる。
ヒトの悪意を誘導し、喚起し、伝播させる。
地球にも、そういうことを得意とするメディアや人間は大勢いたけれど、異世界のそれはもっと直接的で、回避不能な害悪だ。
「でも、全てのアイテムの取引が、商売に関わるとは限らない。例えば、誰かに無償でプレゼントした場合でも、呪いは発動するの?」
「今のはわかりやすい例として、カネの介在する例を挙げまシタが、たとえそれがプレゼントであっても同じことデス。意識的であれ、無意識的であれ、対価なしに贈り物をするヒトはいません。『あのヒトに気に入られたい』、『好きになって貰いたい』。そういった想いが報われなければ、やはり呪いが発動しマス。その他、アイテムの交換や盗難に遭う場合も考えられマスが、いずれも、やりとりをした双方に『損得勘定』が混じることには変わりまセン」
ヤムが悲しげな口調で答える。
「なるほど……。よくわかったよ。ともかく、ありがとう。ヤムたちのおかげで、何とか僕たちの領地は平穏を取り戻せそうだね」
僕は小さく息を吐き出して、ヤムに頭を下げる。
正直、かなりほっとした。
「いえ。褒められるようなことではありまセン。むしろ、謝らなくてはいけないくらいデス。詳細を調べてみてわかったのデスが、これは、きっと、わたしたちの同朋が作成した呪いデス」
しかし、ヤムは喜ぶことなく、申し訳なさそうに首を横に振る。
「それは、今近くにいるハミ嬢などではなく、ヤム嬢が古巣の――すなわち、魔族領におられた頃の同朋という認識でよろしいか?」
「ハイ。前にも少し、お話ししまシタが、わたしたちハグレモノは、魔王領にいた時、様々な労働と実験を課されていまシタ。その中には、当然、呪いの研究も含まれていマス。出来の悪いわたしたちは、『処分』されかけて逃げ出しまシタが、おそらく、わたしたちとは違って、『処分』されることなく、上に重用された優秀なハグレモノたちが、これを開発したのデス」
ヤムが推測風ながらも、確信に満ちた口調で呟いた。
「開発っていっても、今更? 呪いって昔からあるでしょ?」
「これまでの呪いと、今回見つかった呪いでは、性質が違いマス。今までの呪いは、『個人』を破壊するものでシタ。ですが、今回は、敢えて呪い自体のダメージを抑えて、ヒトのシャカイを破壊するものデス」
リロエの疑問に、ヤムは静かに答えた。
「つまり、『集団としてのヒト』ということだよね?」
「ハイ。魔族にヒトの心を理解するのは難シイですから、彼らにヒトの繊細な感情を利用した呪いは作れまセン。だから、半分ヒトであるわたしたちを使ったのでショウ。今思えば、魔族は実験をしていたのデスね。ヒトの持つ『悪意』について。わざとわたしたちに与えるエサの量を個体によって差別しタリ、理由なく一人の個体をいじめタリさせられていた理由がようやくわかりまシタ。あれは、ただ魔族たちが、わたしたちに序列を植え付けるための作業じゃなかったんデスね」
ヤムは得心がいったように頷く。
「……ワタクシ。何か、ものすごく嫌な予感がするのですけれど」
ナージャが頬をひくつかせて呟く。
「然り。今の魔族を率いているのが何者かは存じませぬが、そこまで用意周到に人間社会を破壊する計画を練っていた指導者が、このまま疫病を流行させた程度で満足するとも思えませぬな」
レンが苦悶の表情で頷く。
「え? でも、あのアルセが魔王をぶっころしたんでしょ? だったら、少なくともしばらくは平和になるんじゃなかったの?」
リロエが、よく事態を理解していないのか、僕たちの顔を左見右見する。
「あなた、話をちゃんと聞いておりまして? 相手は、魔王が倒されることを前提に作戦を組んでいたということですのよ? 欲の皮の突っ張ったヒトたちがたくさん略奪していくことも見越して」
ナージャが呆れたように肩をすくめた。
「スタンピードの時期も乗り越え、魔王を倒したという報を聞いて、おそらく、世界各国は、軍備をかなり縮小しているはず。今攻め込まれたら――」
「……ドラゴンの首は死んでも一月生きている」
不穏な空気に、僕の妻たちが次々と懸念を口にする。
「僕もみんなと同意見だし、色々心配だけど、とりあえずは目の前の問題に全力を出そうよ。……ヤム。話はわかったけど、やっぱり僕はそれでも、ヤムたちに感謝するべきだと思うし、君たちが謝る理由はないと思うよ。ヤムが僕たちを助けてくれたのも、キミたちが呪いを広めた訳ではないのも、どっちも事実なんだから」
僕は皆を落ち着かせるように言ってから、ヤムに向き直る。
「……リョウシュサマは、本当にお優しい方デスね。でも、世の中の全てのヒトが、リョウシュサマのようではありまセン。今回の疫病の原因が呪いだと分かれば、きっとますますハグレモノたちへの偏見は強まり、迫害されるでショウ」
ヤムが瞳を潤ませて呟く。
「そうだね……。でも、たとえヤムの言う通りだとしても、僕たちにはまだできることがあると思うよ。僕たちの手で、できる限りで多くのヒトを救って、その事実をニュースとして発信していく。偏見を打ち破れるのは、きっと真実だけだから」
僕は真っ直ぐ彼女の目を見て言った。
僕の領地では、地球でいうところの、新聞に似たメディアはすでにだいぶ育ってきている。マンガ的手法を組み合わせた、識字率の低い庶民でも馴染みやすいタブロイド紙のようなものも、最近は発行が始まった。
もちろん、地球のように紙を大量生産して情報をばらまくようなことはできないが、例え貸本屋のような形式であっても、伝える努力はしていくつもりだ。
「……そうデスね。頑張りまショウ。少なくとも、わたしは、もうあの魔族領での日々には戻れまセン。悪意あるヒトと同じくらい、優しいヒトも知ってしまいまシタから。数年前には、わたしが盗みを働いたヒトと、仲良く食卓を囲めるような仲になるなんて、想像もしていませんでシタ」
ヤムが気丈に微笑む。
果たして僕たちは、忍び寄る悪意にどこまで抗えるだろうか。
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