第175話 分析
僕たちが対策を開始してから、約半日。
関係者の努力により、外出禁止令は迅速に公布と周知がなされ、感染の可能性が高い者は、郊外の隔離施設に収容することができた。
僕は、残りの事務仕事をテルマに預け、外出禁止令を受けて静まり返った街を眼下に、隔離施設へと飛翔する。
僕も一応、今はそれなりの立場にあるので、なるべく『君子危うきに近寄らず』の方がいいのだろうが、ナージャから、一応今回の対応について話は通したものの、商会関係者には僕が直接顔を出して説明した方がいいという要請を受けているからだ。
僕は、数分の飛行の後、施設の三角屋根を目印に、その近くに着地する。
施設の前では、スノーとヤムたちが僕を待っていた。
「お疲れ様。何か問題は?」
「……」
スノーは首と手を横に振り、壮健をアピールしてくる。
「大丈夫そうだね。――ヤムも、手伝ってくれてありがとう。誰か、感染者と思しき人は?」
「現状、顕著な発症者は一人も見かけまセン。詳しく調べてみないと、はっきりしたことは言えまセンが」
「じゃあ、一人一人の診察は――」
「マダです。わたしたちを、警戒する旅人のヒトもいるノデ、身体に触ったり、略奪品に触れるのは、余計ないざこざを招きそうなノデ控えていマス」
ヤムが首を横に振る。
僕の領地では、啓蒙活動の成果で、ハグレモノへの偏見はかなり少なくなっている方だとは思うが、それでもゼロではないし、外から入ってきたヒトにはまだまだ半魔半人である彼女たちへの差別意識が強い者も多い。
「わかった。じゃあ、まずは検査に協力してもらえるように、僕から隔離者のヒトたちに説明するね」
僕は、スノーとヤムたちを連れて、中に入る。
隔離施設には、重病者用の個室と、大部屋があるが、今は皆平等に大部屋の方に滞在してもらっていた。
「俺たちをどうするつもりだ!」
「適当な理由をでっちあげて、俺らの宝を奪うつもりじゃねえだろうな!」
隔離者の一部から野次が飛ぶ。
商会の関係者は、元からナージャが話を通してくれていたので、表立って不満を述べる者はいない。だが、僕の領地に魔王領からの略奪品を持ち込んだ冒険者たちは、不安と焦燥から苛立っているようだ。
「落ち着いてください。皆さん、領主のタクマ=サトウです。これから皆さんに事情をお話します」
僕は、低めの、ゆったりとした口調でそう告げる。
「なっ。本物か? ここじゃあ、こんなところまで領主が出てくんのかよ」
「あの領主、元々は平民らしいぜ」
「お前知らないのかよ。ここの領主は、平民どころか冒険者で、マニスのダンジョンの記録ホルダーだぞ」
僕が領主だと名乗った瞬間、冒険者の空気が一変した。
普通、こういう時には、一々平民の前に領主は出てこない。
我ながらフランク過ぎるとは思うが、安全な所で高みの見物を決め込むのも性に合わないし、これでいい。
威厳がなくなると言う人も中にはいるが、そんなことでなくなる威厳ならば、初めから実質の伴わないものだったのだ。
「では、まず皆さんを隔離した事情ですが――」
僕は、隔離者たちにこれまでの経緯を説明する。
そして、外から入ってきた人たちには、加えて、このまま僕の領地で詳細が判明するまで隔離を受け続けるか、領地外へ即日退去するかの二択を迫った。
結果としては、全員が隔離の措置を受け入れてくれるようだ。
まあ、それはそうだろう。
僕の領地から退去したとしても、もう疫病のニュースは各地に伝わっているだろうから、他の領地が受け入れてくれる可能性は低い。
不確定な状況で路頭に迷うよりは、衣食住が保証されているだけ、ここに留め置かれる方がマシなはずである。
「では、疫病に感染していないか、専門の能力者と共に、順番に検査をさせて貰います。案件ごとに別途個室にお呼びしますので、魔王領からの略奪品をお持ちの方は、取り出しておいてください」
皆が落ち着いた頃合いを見計らって、僕はそう切り出した。
一応、誠意が伝わったのか、騒ぐ気配はない。
僕とヤムは、個室の一部を診察室代わりにして、隔離者を呼び出していく。
テーブルと椅子があるだけのシンプルな部屋だ。
スノーが、部屋の隅でガーゴイルの彫像のごとく、僕たちを警備してくれている。
「では、最初の方。どうぞ」
「……本当に俺の物に手を出したりはしないんだよな?」
中年の冒険者は、まだ警戒した様子で呟く。
「はい。領主の名にかけて。――座ってください」
「……命がけで手に入れた物なんだ。これを売って、死んじまった相棒への手向けくらいはしてやらんなくちゃなんねえ」
椅子に腰かけた冒険者は、ルビーにも似た真紅の宝石を、大切そうにテーブルの上に置いた。
「そうですか……。その気持ち、わかりますよ。最近はご無沙汰気味ですけど、僕も冒険者ですから。……まあ、そんな難しく考えず、タダで鑑定が受けられるイベントだとでも思ってください」
「……まあ、そう考えれば確かに得かもな」
冒険者が薄く笑う。
こうして僕が適当に冒険者と世間話をしている内に、ヤムが宝石に手をかざして、作業を進めていく。
「終わりまシタ」
ヤムが呟く。
「で、どうなんだよ。俺のブツはやべえのか?」
「それは……」
ヤムが言いにくそうに口ごもる。
「すみません。検査結果は、全員の調査が終わってからまとめて報告します。ひとまず、それはお持ち帰りください」
僕はそう言って、冒険者を大部屋へと帰す。
本当は略奪品を没収したい所だが、今は余計な不信を買うのは避けたい。
「そうか。まあ、よろしく頼むわ」
冒険者が立ち去って行く。
「で? どうだった?」
「本人は呪いにかかっていまセン。そして、あの宝石の中に、多分、呪いがありマス」
ヤムは自信がなさそうに呟く。
「解呪は可能?」
「まだ、厳しいデス。呪いは、本当に、本当に、巧妙に隠されているようデスから」
ヤムが眉を潜めた。
「まあ、そうだよね。簡単に見つかるなら、鑑定で弾かれているはずだから。でも、専門家のヤムでもわからないとなると、かなり厳しいな……。そんなにすごい呪いなのか」
「はい。例えるなら……そうデスね。リョウシュサマ。奥さんが、何となく、不機嫌な気はするけど、何で不機嫌だかはわからナイ。そんなことはありまセンか?」
「ああうん。たまにあるかな。ナージャとか」
ナージャとかだと、天気が悪いとか、髪型が決まらなかったとかはまだいい方で、たまには夢見が悪いとか理由で不機嫌だったりする。
僕は、その度に何か悪いことをしたのかとドキドキするはめになるのだ。
「今、わたしが感じた呪いはそのような感じデス。今の段階で解呪するのは、当てずっぽうで気まぐれな女性の不機嫌の理由を言い当てるくらいの難易度デス」
「ああ。それは難しいな――じゃあ、その不機嫌の原因を特定する方法はある?」
分かりやすい例えに頷きつつ、僕は尋ねる。
「そうデスね。女性でいえば、怒りが爆発する――つまり、実際の感染者にかかった呪いが発動し、その症状を観察スレば、呪いの性質が増幅・顕在化されて、対処法が分かると思いマス」
ヤムがしばらく考えてから呟く。
「うーん。そうか。ヤムの言うことは理に適ってるとは思うけど、発症者が出るのを期待して待機という訳にもいかないし、とりあえずは検査を続けようか」
「ハイ」
「……じゃあ、次のヒト、入ってください」
「うぃーっす」
肩を鳴らして、気怠そうに入ってきた少女は、見慣れた顔だった。
「なんだ。シャーレか」
「おう。オレだ。っつーか、領主様よお。パンピーと一緒にオレまで隔離しなくてもいいだろうが。仕事が溜まってんだよ。誰かさんのせいでよお」
シャーレが恨みがましい目で僕を見つめる。
「だって、直接、魔王領から持ち込まれたアイテムと接触したんでしょ? 呪いは立場を選ばないからね。さっ。早く、出して」
「ちっ。かなりのブツだったから直接オレが口説き落としてようやく買い取れたっつうのに、裏目に出たな」
シャーレが舌打ち一つ、テーブルの上にアイテムを置く。
複雑な意匠の施されたペンダントだ。
「……リョウシュサマ。物からは呪いを感じまセン。多分、もう呪いが発動した後デス」
ヤムが深刻なトーンで言う。
「え? つまり、それってシャーレに感染してるってこと?」
僕は目を丸くした。
「ま、マジか? オレ、何ともねえぞ?」
シャーレが声を上ずらせる。
「ハイ。そのはずデス。この呪いは、最初から、隠れたがりでタチの悪い潜伏型のようデスから」
「んー。これは、大部屋に帰す訳にはいかないかな。商品は返すけど、とりあえず、隣の個室に行ってくれる?」
僕は目を伏せて呟いた。
「おいおい! マジかよ! ようやく出世できたっつうのに、こんなところで死ぬとかごめんだぞオレは!」
「ごめんね。必ず何とかするから、しばらく我慢して」
「おい! マジか! マジかあああああ!」
「……ドラゴン討伐には穴に三年」
スノーがだだをこねるシャーレを引っ張って、外に連れ出す。
ちょっとかわいそうだが、いくらシャーレに対して個人的な情はあっても、領主として対応に手心を加える訳にはいかない。
「ふう。じゃあ、次のヒト!」
……。
……。
……。
それから、僕は幾人もの隔離者を、ハミと一緒に診察した。
全体の半分も終える頃になると、次第に隔離者には、ある特定のパターンがあることが分かってくる。
「……ようやく手がかりがつかめてきたかな」
今日何人目かになる隔離者を大部屋に戻してから、僕は実感と共に呟いて、自分の書いたメモを指の腹で叩く。
『
・未取引の略奪品を持った冒険者→呪いは略奪品に留まり、所有者本人には感染していない。
・取引済みの商品の所持者→呪いが略奪品から消えており、所有者本人に感染している可能性が高い。元の所有者も同様か?
』
「そうデスね」
ヤムが、僕のまとめに賛同するように頷く。
「これはつまり、取引をした人に対しては、略奪品に封入されていた呪いが感染している。そういう認識でいいんだね?」
「ハイ。これは、『関係型』の呪いだと思いマス」
ヤムは先ほどよりは自信ありげに呟く。
「関係型?」
「特定の関係にある人物にのみ発動する呪いデス。例えば、捨てられた女が、捨てた男と男の新しい女――つまり、特定の恋人同士が接触した時にのみ発動する呪いをかけるような例がありマス」
「なるほど。でも、今回の場合は、感染はしていても、まだ発症はしていないっぽいよね。ということは、何かきっかけが必要なのかな?」
「はい。何か、呪いを発動する鍵があるはずデス。先ほどの恋人の例ならば、キスとか、ハグとか、わかりやすいもののハズですが、今回のはもうちょっとひねってあると思いマス」
ヤムが僕の問いに、考え込むように俯く。
「うーん。とりあえず発症を抑えるだけなら、取引の当事者同士を引き離しておけばよさそうな気もするけど、それだと根本的な治療にはならないからなあ……。呪いは自然治癒したりはしないよね?」
僕は希望的観測を胸に、ヤムをチラ見した。
「しまセン。呪いは残りマス。いつかは消えるかもしれまセンが、それにはヒトの寿命より長い時間がかかりマスよ」
ヤムは悲しげに首を横に振る。
「うーん。そうか。色々教えてくれてありがとう。……とりあえず、ここらで一回、夕食がてら休憩を挟もうか。家の方で、ミリアとも相談したいんだ。彼女が潜伏している呪いも治せるというなら、だいぶ感染の対象者も特定されてきたし、多少時間がかかっても、安全策でいきたい。ヤムも、相談に加わって欲しいから、一緒にきてくれる?」
「わかりまシタ」
僕の提案に、ヤムが頷く。
こうして僕たちは、一旦隔離施設を後にして、家への道を急ぐのだった。
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