第174話 対策

「わたしの見立てでは、リョウシュサマとその家族に、呪いの兆しは見られまセン」


 工場から僕の家に駆けつけてくれたヤムは、家族全員を診断して言う。


 レンも含め、とりあえず、家族の中に呪いの影響を受けている者はいないらしい。


「そうか。よかった」


 僕はほっとして、胸に溜まった息を吐き出す。


「大丈夫そうですけど、一応、皆さんに、病も含め、各種ステータス異常を治す魔法をかけておきました!」


 ミリアが続ける。


「ありがとう。とりあえず、安心したよ――このまま執務室であれこれ話すのも窮屈だから、広間に移動しよう」


 僕はミリアに微笑みかけながら、皆にそう呼びかけた。


「なんだか、色々大変みたいねえ……。とりあえず、サンドイッチでも作っておいたから、適当に摘まんでちょうだい」


 階段を降りて広間に向かうと、イリスさんがそう声をかけてくる。


「お気遣いすみません。イリスさんも忙しいのに」


「いいのいいの。おばあちゃんにできることなんてこれくらいしかないしね」


 イリスさんは、どう見ても結婚適齢期にしか見えない外見でそううそぶく。


「母様! ウチ、手伝います」


 リロエがイリスさんから器を受け取って、配膳を始めた。


 僕たちは、それぞれ席に着いて食事を始めた。


 緊急事態でも、こうして日常のルーティーンを維持することも大切だ。


「それで? これからどうしますの?」


 ナージャが紅茶を口に含みながら、そう切り出す。


「疫病対策は初動が大事。事前に策定しておいたマニュアル通りに、感染源を隔離して、パンデミックを防ぐべき」


 テルマが理路整然と答える。


「うん。そうだね。と、なると、まずは、シャーレに事情を説明して、市井での魔王領からの略奪品の商取引を一時的に停止すべきかな。レンの調べてくれた所によると、アイテムから感染する可能性が一番高そうだから」


「然り。確実な情報でない故、申し訳のうござるが」


 レンが頷く。


「まあ、リスクを考えれば、やっておいて悪いということはないでしょう。商会の方に関しては、ワタクシが交渉しますわ」


 ナージャがそう請け負う。


「よろしく。――で、次に感染源となっている可能性が高いヒトの隔離かな。一番に対象にすべきは、僕の領地に新しく入ってきたヒトだよね。でも、今はまだ、感染の原理が不明だから、どこまでのヒトを隔離するか、その線引きが難しいな……」


 僕は腕組みをして考え込む。


 事前にこういう事態を想定して、隔離施設自体は用意してあるが、さすがに領民全員を収容するほどの広さはない。


「一般論として、感染している可能性のヒトから優先的に収容していくしかないんじゃないでしょうか……。とりあえず、魔王領からいらっしゃった本人と、直接対面で接したヒトに限定してはどうでしょう」


 ミリアが助け船を出すように言う。


「そうだね。その二種類のヒトを一カ所に集めよう。残りの市民には、基本的に外出禁止令を出して感染の可能性を下げるしかないかな。――スノー。そういうことだから、軍人の中から手練れのヒトを選抜の上、対応に当たってくれる? 市民の警備隊だと、もし、感染者が暴れたら、対処が難しいかもしれないから」


「……」


 スノーが無言で深く頷く。


「ヤムも工場の子を率いて、スノーと一緒に、隔離作業に協力してくれるかな? 給金はなるべく保証するつもりだけど、満額は無理かもしれない。ごめんね」


「構いまセン。喜んで協力しマス。この街がおかしくなれば、わたしたちも仕事ができなくなりマスから」


 僕の要請に、ヤムはそう即答した。


「助かるよ。今から、ハミたち――マニスの方の子たちも呼び寄せるけど、しばらくは、ヤムたちだけで対応してもらわないといけないから、忙しくなると思う。交代で休めるシフトを組んでおいて」


「わかりまシタ」


 ヤムが頷く。


「ミリアは、いざという時のために待機していて。もし、対策班の中に感染者が出ても、ミリアなら治せるはずだから。それと、もし余裕があれば、外出禁止令の後の、配給の準備を」


「はい!」


 ミリアが真剣な表情で頷く。


 今のミリアは、解呪も使うことができる。


 もっとも、ヤムたちのそれよりはコストパフォーマンスがかなり悪くなってしまうので、たくさんのヒトを治すというのは難しい。


 ならば、保険として、ヤムたちとは別に二重の備えをしておくのも良いだろう。


 ヤムと同時にミリアをスノーに随行させると、皆が一挙に感染して、治療できる者がゼロになるということもあり得るのだから。


「テルマは、僕と一緒に、公布文章やその他、商業活動の制限に関する必要書類の作成をお願い」


「わかった」


 テルマが頷く。


「レンは引き続き情報収集を。後、領地に入ることを規制すると、密入国者が増えそうだから、その取り締まりも頼めるかな」


「かしこまってござる」


 レンが蹲踞してかしこまる。


「ねえ、ウチは! ウチは何をすればいいの!?」


 輝いて目で、リロエが僕を見てくる。


「リロエは、子どもたちの面倒を見てくれるとありがたい。みんな、忙しくて一人でお世話をするのは大変だと思うし」


「……なんか、ウチだけ役割がしょぼくない?」


 僕の言葉に、リロエが不満げに呟く。


「いや。僕たちの命よりも大切な子どもたちを預けるんだから、ある意味一番責任重大だよ。 信用できない人物に子どもは任せられないでしょ?」


 僕は本心からそう言った。


 立場や収入を考えれば、本当は使用人を雇ってもいいのだろうが、僕は元日本人の性からか、自宅に他人を常駐させることには抵抗があった。


 奥さんたちも、人を使うことに慣れているのはスノーくらいで、ナージャはその独立的な気質から子育てを他人任せにするのを嫌ったし、他のみんなは庶民階層の出身なので、使用人を使おうという発想がない。


 結局、何となく、僕の妻同士で協力して子育てをする体制できあがっていた。


「そ、そう? あんたがそこまで言うならしかたないわね。ウチに任せておきなさい!」


 リロエは一転、自身の胸を誇らしげに叩いて言う。


「頼むよ。――じゃあ、みんな、早速、行動開始で!」


 僕の号令で、皆がそれぞれの仕事に散らばる。


 僕も、テルマと共に執務室に戻り、早速机に向かった。


「じゃあ、僕はとりあえず、ハミたちに向けて僕の領地に集合してもらえるように手紙を書くよ」


 僕は隣に座るテルマにそう前置きする。


「わかった。私は決済が必要な書類を仕上げて、でき次第、タクマの方に回す」


 テルマが即答した。


 目を合わせなくても、彼女とはもはや阿吽の呼吸で仕事ができる。


 僕は、急いでハミへの手紙を書き上げた。


 昔は文字なんて読めなかったハミたちだったが、今では一通り読み書きもできる。


 これも、嬉しい進歩だ。


「これ、急ぎでハミに届けてくれるかな。ハミがいなければ、ニィかヘイズでもいいけど」


『あいよー』


 風の精霊は欠伸一つ僕の手紙を受取ると、指にのせて回転させながら遊ぶ。


 僕が冒険に出る回数が減っているので、たまには外に出してやる機会を与えないと、彼も退屈だろう。


「よろしくね――あっ。そういえば、君は何か呪いの気配とか感じない?」


『んー? とりあえず、キミの近くにヤバい呪いがきたら分かると思うよ』


「それは助かるけど、今は僕の領地のどこに呪いがあるか教えて欲しいんだ」


『んー。そこまではわかんないなー。なんか、今回の魔族の気配はボヤっとしていてわかりにくいんだよね。でも、風の臭い自体が、なんか嫌な感じはするよ。一雨きそうって感じ』


「……そう。話の腰を折ってごめん。配達、よろしく。あんまり寄り道しないでね。マナを用意して待っているから」


『あいあいー』


 風の精霊が窓から軽快に飛び出していく。


「タクマ。タクマ。今、私にも風の精霊が数秒見えた」


 テルマが嬉しそうに呟く。


「そっか。なら、そろそろ、契約できるようになるかもね」


 僕は頷いた。


 テルマは、日々熱心に創造神様に祈りを捧げた結果か、簡単な精霊との接触が可能になっていた。


 いつか、テルマの故郷のエルフの里で創造神様がおっしゃっていたように、非エルフにも精霊魔法が解禁されたというのはどうやら本当らしい。


 僕やテルマの他にも、非エルフで精霊魔法を扱える者がほんの少しずつだが増えている。


 世間的には僕が創造神様に愛されているので、領地が精霊に祝福されているのだということになっているのだが、多分実質は関係ない。


 今は多くのヒトにエルフ以外は精霊魔法を使えないという固定観念があるので、そもそも精霊魔法が使えるか試そうとするヒトが少ないだけだ。


 一方、僕の領地では、エルフ以外でも精霊魔法が使えるという事実を積極的に宣伝しているので、チャレンジするヒトが多いというだけのことだろう。


 やがて、非エルフ以外も精霊魔法が使えるという噂が広まれば、全世界的に精霊魔法の使用者は増えていくはずだ。


 そんな折に、今回の疫病騒動である。


(良くも悪くも、世界はどんどん変化しているんだなあ)


 否応なく、そう実感させられる。


「タクマ。これ、港の入港許可に関する決裁書類」


「うん。……確かに」


 テルマから流れてくる書類の束に、ざっと目を通す。


 激動を匂わせる時代の空気感に、どこか焦燥にも似た感情を覚えつつ、僕は筆を走らせた。

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