第172話 充実

 街外れの練兵所では、軍人たちが魔法と白兵戦を織り交ぜた、実戦形式の訓練をしている。


 隣接した射撃場からは、バァン! バァン!、と、市民の警備隊が銃の訓練をする発砲音が、等間隔で響いてきていた。


「――そういう訳で! さっき、また家族が増えたよ!」


 その音に負けないように、僕は大きめな声で、吉報を伝えた。


「……」


 現場で指導に当たっていたスノーは、無言で頷いて、荒縄でまとめられた豪快な花束を差し出してきた。


『御子のご生誕を心からお祝い申し上げます――臣下一同』


 今日あたりに生まれると考えて、あらかじめ用意してあったのだろうか。


 花束を構成するのは、店で買ったような立派な一輪もあれば、道端で積んできたような野花、魔法で加工が施されたドライフラワーのようなのもあり、様々な立場の領民が、精一杯の祝福をしてくれていると分かる。


「ありがとう! テルマも喜ぶと思うよ。――それで、何か、僕に報告しておきたいこととかある?」


 僕はその花束を受け取り、香しい匂いを吸い込んでから、スノーに問いかけた。


「……溢れた水は、無秩序に広がる」


「ああ。街中で魔王の討伐が噂になってるね。スノーは、討伐の仕事がなくなった無法者が流れてきて、治安が悪化するのを懸念している?」


「……(コクっ)」


 スノーが深く頷いた。


 いうまでもなく、魔王の討伐には、多数の傭兵が参加している。


 最終的に向こう側の領地に攻め込んだ兵力は、相当な数に上るだろう。


 無論、その全員が全員、無法者である訳ではない。


 しかし、ヒトは皆、勝ち馬に乗りたがるもので、アルセさんの名声が上がれば上がる程、魔族の領地でしか取れない貴重なアイテムによる一攫千金を狙って、有象無象も群がっていたはずだ。


「警備隊の増員を考えるべきかな。流れてきた人材の中に、いい人がいれば、専門職の軍人として採用したい所だけど、中々、軍備増強は難しいからね」


 僕の街の軍備は、対外的な防衛を担う専門職の軍人と、国内の治安維持を主な仕事とする警備隊に分けられている。


 軍人はスノーの実家からリクルートした人材が主で、後は、僕がマニスでの冒険者の知り合いの中から選抜した、信頼できそうな者が加わってくれている。


 つまり、基本的に、カリギュラ側の息がかかっているということだ。


 スノーの実家から来た人材は、形の上では僕に従ってくれてはいる。


 彼らには感謝しているが、もし、万が一、カリギュラと戦争になった時、どこまで忠誠を尽くしては怪しい。


 スノーの実家は、代々、カリギュラの軍事を担ってきた、王家とつながりの深い家柄だからである。


 カリギュラの風土を考えれば、個人的な心情と、伝統と、その二つを天秤にかけた時に、後者に傾く人間が多そうだと考えるのは、邪推ではないだろう。


 現状、確実に僕の味方をしてくれると断言できるのは、スノー本人だけだ。


 かといって、僕が勝手に自分の思い通りになる軍人をリクルートしてくる訳にもいかないのだ。


 そもそも、僕の力は、未だにカリギュラの貴族やマニスの有力者の一部からは警戒されている。


 実際、領主という未知の経験をすることで、現在も、僕の力は成長を続けているし、それは致し方のないことだ。


 そんな状況で、僕が私兵を増強すれば、それは挑発になる。


 つまり、僕が他の土地を占領できるような兵力を有していないことが、侵略の意思がない誠意の証明になっている訳だ。


 僕がどれだけ強くなって、他の街を破壊できるだけの力を持っていたとしても、支配できなければ、何の旨味もないからである。


 こういった事情もあり、僕の街の対外的な軍備は、街の規模からいえば、かなり控えめと言っていいものに留まっていた。


 そして、その戦力の不足を補うのが、警備隊である。


 警備隊は、全員、この街の市民で、僕としてはこちらの方が信頼できる戦力と言えた。


 その多くが、この土地で『前よりもマシ』な生活を手にした人たちで、ここがダメになれば、再び行き場を失うことも、よく理解しているからだ。


 彼らは、一応の戦闘訓練は受けているもの、スキルやステータスもレベルからいえば、軍人に遠く及ばない。


 警備隊は、領地で生産された銃で武装しており、農作物を荒らすレベルの魔物や、中級未満の冒険者クラスの犯罪者に対しては十分な戦力となるが、訓練された軍人にとっては、恐ろしい相手ではないのである。


 つまり、比較的、周りを刺激しにくい戦力なのだ。


「……鶏を捌くには、大刀よりも小刀」


「市街の警備隊には、短銃の配備を進めるべきってことだよね? ようやく小型化の技術が確立したから、そろそろ本格的に生産に入れると思うよ。重さはもちろん、着火の手間もかなり楽になったと思うから、前に面接した入隊希望者の中から、人格面では問題ないけど、体力面の理由から断った人をリストアップしといてくれる?」


 僕が最初開発したのは、比較的構造が簡便な、火縄銃に似た長銃だった。


 長銃は威力こそ高いが、街中で扱うには不便で、しかも重いため、ステータスの補正がいまいちな低いレベルの場合、ナチュラルに筋力のある男性でないと扱いにくい。


 その点、軽い小銃ならば、女性や子供にも扱いやすいというメリットがある。


 無論、威力は落ちるが、街中で発砲する場合、高威力が必要なケースの方が稀だった。


「……」


 スノーが再び、深く頷く。


「よろしく頼むよ。ああ、そうそう。聞いてよ。さっき、アラムが――」


 スノーとしばらく会話をしてから、今度は、ハグレモノの子たちが仕事をしている作業場へと足を向けた。


 そこは、街の中心街、多くの商品が持ち込まれる商会の裏手だった。


 倉庫にも似た、長方形の建物で、かなりの広さがある。


「どう? 調子は」


 僕は、入り口からそう声をかけた。


 建物の中には、風の精霊が動かすベルトコンベアーのようなものが何本かあり、その上に、生贄と解呪を必要とする物品が、平行して流れている。ちなみに、風の精霊は僕と契約している訳ではなく、街に定住したエルフと契約したものを貸与している形だ。


 その傍らでは、今も多くのハグレモノたちが作業をしていた。


 金属と、生贄の血の臭いが入り混じった独特な臭いが鼻を突く。


「リョウシュサマ。こんにちは。コドモ、おめでとうございます」


 全体の監督をしていたヤムが、僕に気が付いて、笑顔で近寄ってくる。


 初めて会った時に比べて、随分表情が豊かになったものだ。


「あ、もう知ってた?」


「はい。マ王が死んだのと同じくらい、街で噂になってマス」


 ヤムはてらいなくそう言った。


 元々、魔族の領地で暮らしていたことで、魔王に対して思う所があるかもしれないと予測していたが、特に気にしているようには見えない。


 僕の思い込みかもしれないが、魔族の領地にいる時よりは、彼女たちに確実に良い暮らしを提供できているからだと信じたい。


 少なくとも、管理者の一人であるヤムの所得は、マニスの一般市民の平均を軽く上回っているのだから。


「そっか。本当は、僕の口から伝えたかったんだけどね。――ところで、作業場は上手く回ってる?」


「はい。順調デス。これも、リョウシュサマの分業化の案のおかげデス」


 ヤムが丁寧に頭を下げた。


 呪いというものは、複数の負の感情を組み合わせて作る、ウイルスプログラムのようなもので、ハグレモノたちは、それに同様の負の感情をぶつけて相殺し、解呪する。


 しかし、それは、別に一人で、一つの呪い全てを解呪しなければいけないことを意味しない。


 また、ハグレモノたちにも、当然、それぞれ、扱うのに得意な感情がある。


 そこで、僕は、それぞれの適性に合わせて、特定の負の感情だけを除去するように専門性を持たせた。


 たったそれだけの単純なことだが、効果は絶大で、分業化により作業が高率化して、コストも大幅に下がった。


 しかも、専門性を持たせたことにより、技能の上達も早くなり、より高度な解呪も可能となった。


 今では、普通のヒーラーに頼むよりもかなり安いので、わざわざ他の都市から解呪の案件が持ち込まれる例も急増している。


「いや、みんなが一生懸命働いているからだよ。ところで、ハミは? 今は僕の領地に来ている予定だよね?」


 僕は首を横に振った。


「新入りに、ここのシゴトを紹介していマス――もうすぐ戻って……あっ。きまシタ」


「おー! リョウシュサマ。後で行こうと思っていたゾ!」


 ハミが、僕の下に駆け寄ってきた。


 後ろにゾロゾロと、年少の子たちを引き連れている。


 その多くは、やはりハグレモノだったが、中には他の種族の子もいた。


 ヘイズ――元盗賊の少年の影響からか、最近の彼女は、ハグレモノ以外の孤児の面倒も見ているのだ。


「ほら、お前たち。教えた通りに挨拶するノダ!」


『リョウシュサマのために、一生懸命、頑張ります』


 子どもたちが、たどたどしいながらも、僕にそう挨拶してくる。


「うん。頑張ってね」


 僕は子どもたちに微笑みかけた。


 その怯えと期待の入り混じった視線に、昔のハミを思い出す。


 今のハミは、服もまともな物を着ているし、血色も良く、最近は、身体つきも女性らしくなってきた。


 もっとも、本質的な性格は変わることなく、彼女は相変わらず、ハグレモノの全体のリーダーで、様々な調整に、マニスと僕の領地を言ったり来たりしていた。


 また、ハグレモノのリクルーター――というよりは、単純な同胞愛からか、時には、遠方まで足を伸ばして、虐げられているハグレモノを連れてくるような仕事もしているようだ。



「ところで、ハミ。マニスの方の仕事は順調?」


 僕は、ハミにそう問いかけた。


 マニスの方でも、引き続き解呪の事業は行っているが、そちらは、主に低級の解呪が中心となっている。


 一方、僕の領地でやっているのは、中級から上級の解呪だ。


 生贄の調達の都合を考えれば、本当はマニスで全部やった方がいいのだが、高度な解呪の仕事は、既存のヒーラーや商会の既得権益を侵すので、なるべく配慮した結果である。


「もちろんだゾ! ニィとヘイズも頑張ってるしな! だから、今日もこうしていっぱい使える奴を連れてきだゾ! 呪いを解くのが上手い奴らはここに置いていく! こいつは、手先が器用だから、ジュウの工場にでも入れてやってくれ。こいつは、ケイサンが速いって、ヘイズが言っていたゾ!」


 ハミが、誇らしげに、一人一人の子どもたちを、僕に紹介していく。


 ハミを頼りにやってきたハグレモノと孤児は、まず、マニスで一般常識を教え込まれると同時に、いくつかの仕事を任される中で、適性を見られる。それから、それぞれの個性に合わせて、適切な職場に配置されるシステムが出来上がりつつあった。


 ハグレモノの中でも、特に解呪が優秀な者は、この工場へやってくる。


 収入的には一番いいので、彼女たちの中では、花形の職業らしい。


 もちろん、全てのハグレモノが解呪が得意な訳ではないし、それ以外の種族の子もいる。


 頭のいい者は、商会か、僕が経営している関連施設の事務作業へ。


 手先が器用な者は、銃の工場へ。


 とにかく、僕の街はまだまだ発展途上なので、何とか、彼女たちに仕事を斡旋することができている。


「わかった。手配しておくよ」


「よろしく頼むノダ! それで、こいつは、こいつはなあ……。こいつは、ダメだ。呪いも、ケイサンも、本当に何にもできない。でも、リョウシュサマなら何とかできるかもしれないと思って、連れてきたノダ」


 ハミは申し訳なさそうに、一人のハグレモノの子を僕の前に突き出した。


「君、何か得意なことは?」


「……」


 腰をかがめて問う僕に、子どもは泣きそうな顔で首を振る。


 何もできなければ、捨てられるかもしれないと、不安に思っているのかもしれない。


「じゃあ、何か好きなことは?」


「! ……!」


 子どもは、自身の纏っていた襤褸切れをめくった。


 僕は息を呑む。


 子どもの腹に這う、無数の傷跡。


 おそらく、自傷行為によってできたその線によって、星の瞬く見事な夜空が描かれている。


「絵が、好きなの?」


「!」


 何度も頷く。


「じゃあ、絵の仕事をしてみる? 今、色んな仕事の、教科書を作っている所だから、それに載せる絵が必要なんだ」


 業務のマニュアル化、もしくは、幼年教育ようの教材。


 文字を満足に読めないヒトに伝えるには、挿絵が欠かせない。


「! ! !」


 子どもが何度も頷いて、口角を上げる。


 未来あるすきっ歯が顔を覗かせた。


「やっぱり、リョウシュサマはすごいな! よくこんなポンコツの使い道を思いつくノダ!」


 そう言って、ハミは、子どもの肩を叩いた。


「うん。初めにハミの使い道を考えた時よりは楽だったけどね」


 僕はぼそっと呟く。


「も、もう、あの時のことは言わないで欲しいノダ……」


「フフッ」


 ばつが悪そうなハミに、ヤムが忍び笑いを漏らす。


 今日も、笑顔を一つ増やせたことに、充実感を覚える。


 こんな日々が、ずっと続けばいいと思う。


 永遠などないと、わかってはいるのだけれど。

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