第168話 肝胆相照らす

 しばらくミリアの兄妹と談笑していると、ご両親が仕事から帰ってきた。


 鉱山の労働で煤けた二人は、最初男女の区別もつかないほどだったが、やがて汚れを拭き取ると、その容姿は確かにミリアのご両親だと納得した。


 ミリアの優しげな瞳はお母さん譲りで、団子鼻はお父さん譲りらしい。


 二人ともミリアがまたそうであるように、素朴で飾らない人柄で、僕は好感を持った。


 ご両親とひとしきりの挨拶を済ませると、みんなはもう目の前にある酒が待ちきれない様子で、速攻で宴へと突入することが決定する。


 とはいえ、人間の僕は体格的にドワーフの住居だと不便なので、宴はミリアの実家ではなく、別のもうちょっと、広くて天井が高い場所で行うことになった。


 どうやら、そこは本来、採掘した鉱物の集積場所となっている倉庫で、僕のためにわざわざスペースを空けてくれたようだ。


 僕は持ってきた酒をそこに運び込み、先方の用意してくれた、ルビーのような色をした金属製のコップで乾杯した。


 酒の肴は、いつかマニスでも食べさせてもらったことのある、漬物の類だ。


 どうやら、この里の外からきたヒトにはこの手の独特の香りがある食べ物が不評なことがよくあるらしく、ミリアのご家族もそのことを心配していたが、幸いなことに、それらの肴は、発酵食品大国の日本に生まれた僕にとってはおいしく頂けるものだった。


 僕が無理して食べている訳でないことが伝わると、それまでどこか遠慮がちだったミリアの家族の態度がくだけ、一気に距離が縮まった気がして嬉しかった。


 そのまま会話の赴くままに、ミリアの子ども時代の話やら、僕とミリアの出会いのこととか、お互いのことを語り合って、夜を明かす。


 ドワーフは酒好きと聞いていたので、当然宴会もすぐには終わらず、徹夜くらいは覚悟していた僕だったが、すぐに見通しが甘いことを思い知らされた。


 夜が明け、太陽が昇り、また沈んでも宴は終わらず、二晩目には、ミリアの血縁ではない里の人たちも入れ替わり立ち代わりやってきて、僕と酒を飲みたがった。


 そもそも、この辺りで人間をみかけるということ自体が珍しいらしく、しかも、ミリアが大げさに僕の噂を喧伝していたので、みんなパンダ的な感覚で興味を持ってくれているらしい。


 もちろん、里の人たちもみんなドワーフなので、よく酒を飲む。


 それはいいのだが、彼らは主賓である僕にお酌――コップに酒を汲んでくるというお使い――をすることによって、宴に参加する資格を得るというのが里の決まりなのには参った。


 酒を汲むには、まず僕が中身を飲み干さねばならないからだ。


 宴の参加希望者が列を成す中で、もう飲めませんと言う訳にもいかず、飲む→補充→飲む→補充→飲む→補充の無限ループに、随分苦しめられた。


 最終的には、ミリアがこっそり解毒の魔法をかけてくれてどうにかなったが、それでもお腹はタプタプである。


 そんな宴も、もう三日目。


(さすがに、もうそろそろだよな?)


 僕のもってきた酒がもうすぐなくなるので、さすがにお開きの刻限は近づいているはずだ。


「にしても、大した大出世じゃあ。とんまのミリアがこんなええ婿を捕まえでくるなんてなあ」


 顔を真っ赤にしたミリアの父親が、感涙しながら僕の肩を叩く。


「じゃけん、この子は鈍くさいけども、昔から心根が優しい子だったべさあ。口減らしの話が出る前に自分がら言い出しで都会さ出で行っでくれで」


 ミリアのお母さんがどこか申し訳なさをにじませる声で言う。


「んだな。ほんに親孝行の娘を持って、おらば幸せじゃなあ」


 ミリアのお父さんはしみじみと頷く。


「もう、お父さんもお母さんも、その話、もう七回めだから! ――それより、タクマさんが私たちの里と一緒に仕事をしたいっていう話、ちゃんと考えてくれた?」


 ミリアが照れくささまぎれに、話題を変える。


 僕の方からは中々持ち出せない話だったので、ありがたい。


「ああ、そげなことも言っちょったな。忘れとったわ。――ほんで、婿殿。ミリアから聞いちょるけんども、鉄ば探し取るいうんは本当け?」


 ミリアのお父さんがグラスを床に降ろして、僕の方を見る。


「はい。皆さんの鉱山から、鉄鉱石を僕たちの領地に輸入したいです。できれば、精錬の技術があるドワーフの方にも移住して頂けると、さらにありがたいんですが。あ、もちろん、設備はこちらで用意します」


「そしたらば、外ば憧れとる若者はいくらでもおるけん、鉄程度を作れる奴でよかなら、移住の都合はつくと思うき。この前、何人か声かけてみたら、行きたそうな奴もおったど」


 ミリアの母親が呟く。


「なんなら、おらが移住してもええど!」


 ミリアの兄が胸を叩いて、そう請け負う。


「それは助かります。それで、あの、鉄鉱石の輸入の方は?」


「婿殿の頼みならば、なるべく協力してやりたか思うけんども、鉄は儲けば薄か。里の者を納得させるんが難しいと思うど」


 ミリアの父親はそう言って眉根を寄せる。


「その件に関しては、なるべく中間搾取を排除して、皆さんにも十分な利益が出るようにします。もし、計画が上手くいけば、この産出量に対して、これくらいの収入は見込めるかと」


 ミルト商会側とテルマやナージャの突き合わせで算出してもらった数字を、僕は床に指の腹で記した。


 自分で言うのもなんだが、悪くない額だと思う。


 マニスは元々税金がかなり安いし、輸入先は僕の領地なので、そちらも関税の面では自由だ。


 ミルト商会は、この辺りにはあまり資本を食い込めていないそうので、商圏が広がるなら、多少融通を利かせてくれると言っている。


 後は僕の取り分だが、雇用創出と安全保障的な意味合いを重視するなら、銃そのものの販売利益は度外視してもいいと思っている。


 そもそも、上手くできるかわからないし、仮にできたとして、魔法のあるこの世界で、どのくらい銃に需要があるかは分からない。


 地球でも、弓に銃が取って代わるには相当の時間を要した。


 ひょっとしたら、この世界では銃なんて全く必要とされないかもしれない。


 そんな銃の利益をあてにするのは、かなり危険だろう。


 とりあえずはドワーフの技術者を呼び込む名目と、彼らの当座の仕事の確保ができればそれでいいのだ。


 もし銃の試作に失敗しても、その頃には僕の領地の人口が増えて、呼んだ鍛冶師が仕事に困らないくらいの状況にはなっているはずだから。


 もし、銃が産業として発展すれば、鍛冶師以外の雇用――つまり、ハミたちが抱えている子どもたちにも仕事を回せるようになるかもしれないけど、それはまだ夢だとしかいえない段階だ。


「なるほど。これなら確かに十分な稼ぎになるど」


「んだな。鉄を掘るのはアダマンタイトを掘るのに比べりゃえろう簡単じゃけん、あぶれとる若いもんにでも掘らせれば、今の仕事に支障はなかろうもん」


 ミリアの父親と母親が、納得したように頷き合う。


「では、こちらも何とかして頂けそうでしょうか?」


「んー。そげなことはトグロ様にゃ伺ってみないことにゃわからんき。少しの鉄なら今のおらたちでも、売ってあげられるんけんど、婿殿のさっき書いた量ば掘るってなると、新しい山を開かにゃいけんもんで」


 僕の確認に、ミリアの父親が肩をすくめる。


「んだべ。トグロ様ばの許しを得なければ、山は掘れねえ。それが掟じゃけえ」


 ミリアの母親が頷いた。


 トグロ様――ここに来る時に、ミリアの言っていたドラゴンか。


 どうやら、ここら一帯の山の管理権はそのトグロ様とやらにあるらしい。


「なるほど。トグロ様というのは、余所者よそものの僕でも会えるものなのでしょうか?」


「それもトグロ様次第だべ。向こう様に会う気がなきゃあ、そもそも会えねえ。んでも、ひとまず、トグロ様がおられる紫山むらさきやまふもとさ行ってみたらいいんでねえか。トグロ様はいっつも見ておられるけえ、おらたちのことも全部ご存じだもんで。もし、御心にかなえば受け入れてくれると思うど」


 ミリアの父親が、すっとシラフに戻り、厳かな声で呟く。


「わかりました。色々ご教示くださりありがとうございます。後で身を清めてから伺いたいと思います」


「では、その際は私が案内しますね」


 すかさず、ミリアがそう申し出てくれる。


「よろしくね」


 僕はミリアに微笑みかける。


「はえー。これが目と目で通じ合うってやつだべか。ほんまに二人は夫婦だべなあ」


 ミリアの妹の一人が、僕たちに憧れのような視線を送る。


「異人さんの男もいいもんだべなあ。なあ。ミリア。あだしも都会に出たら、いい男見つけられっかな?」


「それはわからないけど、都会も色々大変だよ? なまりを直すのもそうだし、私はそもそもタクマさん出会えなければ、どうなっていったことか……」


 姉の問いに、ミリアが過去を懐かしむような口調で呟く。


「みんなで行けば怖くないべ。いっそのごど、おらたちみんなでミリアのとこさ世話になるが?」


「行きだい!」


「美味か酒いっぱい飲みたかー!」


 ミリアの兄の半ば冗談じみた言葉に、下の弟と妹たちが無邪気にはしゃぐ。


「母ちゃん。こりゃ一気に家が寂しくなるかもなあ」


「そしたらまた作るか?」


 ミリアの母親が自身の腹を擦る。


「ちょっと! お父さんもお母さんも、タクマさんの前で何話してるの!」


「なして恥ずかしがることさある? ミリアも早く孫さ顔を見せてけろ。ドワーフの孫はおるけんど、混血の子はみだことねえから楽しみだあ」


 ミリアの母親はきょとんと首を傾げてから、あけすけにそう言い放つ。


「タクマさん。ごめんなさい……」


 ミリアが頬を染めて俯く。


「いや。大家族って素敵だね」


 心からそう思った。


 もちろん、一人っ子に産んだ母に何ら不満はない。


 でも、もし兄弟や姉妹がいたなら、どんな風だったのかと、思わず想像してしまう僕だった。

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