第160話 詮議
開拓村に帰還した僕たちは、建物の内、一棟を牢屋代わりにして、捕らえた少女たちを収監した。
見張りには、僕のパーティメンバーが交代でつく。
少女たちの監視が主目的だが、怒った開拓者に報復で乱暴されないようにする意図もあった。
一応、領主として責任ある立場にある僕は、いきりたつ開拓者たちに、盗難品の内、穴の中に残っていた物を返してその溜飲を下げたり、女性陣に少女たち体の汚れを拭かせたり、諸々の差配を済ませて時を過ごした。
そして、夜明け頃。
一人の少女が目を覚ましそうだという報告を受けた僕は、牢屋代わりの建物に駆けつける。
今まさに目を開こうとしていたのは、実際に開拓村を狙った三人の内の一人で、額の所に目がある少女だった。
早く目覚めた所を見ると、彼女が連れてきた少女の中で、一番強いのだろう。
「うみゅ……」
意味を成さない言葉を呟きながら、少女が寝ぼけ眼で目を瞬かせる。
額の第三の瞳はまだ閉じたままだ。
「目が覚めたみたいだね。どこか痛いところはない?」
「うなっ!? だ、誰だ! お前! 仲間たちに何したノダ!? ひどいことしたら許さないゾ!」
少女はようやく自身が縛られているという現状を認識したのか、犬歯を剥き出しにしてこちらを威嚇してくる。
見開かれた彼女の第三の目が、赤く血走っている。
「落ち着いて。みんな眠ってるだけだから。僕はタクマ=サトウ。この辺りの土地の支配者をしている者だよ」
支配者とか自分で言ってて恥ずかしくなるが、彼女が僕たちの社会制度をどこまで理解しているか定かではないので、なるべくシンプルな言葉で話した方がいいだろう。
「そんなのあちしの知ったことじゃないノダ! 放せ! 放せ!」
少女は縄をほどこうと暴れるが、身体は微動だにしない。
縄に加え、土精霊が手足と首をがっつりロックしているからだ。
「それはできないかな。君、この村のヒトから色々盗んだでしょ。その件を解決するまでは、解放はできないよ」
「知るか! この辺りはあちしたちの縄張りだゾ!」
「縄張りだからといって、他人から盗んでいいことにはならないんだよ。僕たちのルールでは」
「盗まれる方が悪い! 弱いから奪われるノダ! 強い奴は何しても許されるゾ!」
諭すように言う僕に、少女は語気も荒く反論してきた。
魔族特有の倫理がそうさせるのか、それとも今までの人生から学んだ経験則なのか。
どちらにしても悲しいことだと思った。
でも、このままじゃ話が進まない。
彼女が強い弱いにこだわるのであれば、その文法に従おう。
「そう。じゃあ、例えば、僕は多分君より強いと思うから、殺してもいいってことになるのかな?」
僕は、土の精霊に少女の首を軽く締めさせ、さらに彼女に見せつけるようにバチバチと音を立てながら、両手に『ライトニングボルト』の魔法を纏った。
要は脅しだ。
「ヒウッ。 や、やめるノダ! こ、殺さないで欲しいノダ!」
少女はそこでようやく力の差を理解したのか、身を守るように丸まって震える。
「うん。殺さないから、ちゃんと正直に質問に答えてね」
僕はそう言って、魔法を消し、土の精霊の拘束を緩める。
「わ、わかったゾ」
少女が頷く。
「じゃあ、まず、君の名前は?」
「あちしはハミだゾ」
「そう。じゃあ、ハミ。君の仲間は、ここにいる子たちで全部かな?」
「ん……。全員いるノダ。――あっ、でも、他の所に散らばった奴らがどうなったかは知らないゾ」
ハミは周りを見渡してそう呟く。
「『他の所に散らばった』――と、いうことは、ハミたちはどこか一カ所から逃げてきたんだよね。元いたのは、ヒトの国? それとも、魔族の国?」
「ヒトが強い土地ではないゾ。多分、お前の言う所の、魔族の土地だと思うノダ。でも、支配している奴を見たことはないから、はっきりとは分からないゾ……」
僕の問いにハミは自信なさげに答える。
「逃げてきた理由は?」
「あちしたちのようなハグレ者には『当たり』と『ハズレ』があるノダ。『当たり』はヒトの力も使えて、『ツワモノ』としても生まれつき強い力を授かっているから、いっぱいご飯がもらえるのだ。でも、『ハズレ』は……弱くて使い物にならないから、モンスターの孕み袋にされて使い捨てられるノダ。先輩はお腹にキラービーの卵を産み付けられて、子蜂が肉をバチュバチュ食い破って出てきて、あちしたちはそれを見てて、次はこうなるのかって、でも、たまたま地震で押し込められていた部屋の壁が壊れて、だから――」
ハミはトラウマを刺激されたのか、過呼吸のようになりながら、涙目で途切れ途切れの言葉を紡ぐ。
「逃げてきたんだね。当然だよ。じゃあ、君たちの中に、男がいないのは――」
「弱いオスは子孫を残す価値がないから、すぐに殺されるのだ。でも、メスはダメな奴でも使い道が多いからしばらく生かされるノダ……」
僕の脳裏に浮かんだ凄惨な想像を裏付けるかのように、ハミは残酷な事実を告白する。
「……なるほど。そやって、命からがらヒトの領土にやってきたけど、やっぱり、上手くいかなかった?」
「そうなノダ。自由になったのはよかったけど、ヒトの世界でもあちしたちは弱っちくて、冒険者みたいにモンスターと戦うのは無理だし、街中で働くには、色々難しい決まりが多すぎて――。そもそも、ヒトはツワモノの血が入ってるあちしたちが嫌いだろ?――すごく稀に仕事を貰えてもな。何か問題があると全部あちしたちのせいにされるノダ。それで、盗むしかなくて、でも、あちしたちは目立つから、すぐに怖い奴らに追いかけられて、街にもいられなくなって、流れ流れて今はここに住んでるゾ」
ハミは悲しげに瞳を伏せて、ぽつりぽつりと呟く。
「……苦労したんだね。ここで盗んだ食料以外の物はどうしてるの?」
「月が一番でっかくなる日に、海岸に盗った物と食料を交換してくれる奴がくる。でも、そいつに盗んだ物を全部渡しても、みんながお腹いっぱいになる程にはご飯はもらえないゾ」
(買い叩かれているのか……)
ハミたちは、何の後ろ盾もなく、社会的にも弱い立場にある。
そんな彼女たちなら、生かさず殺さずの状態で収奪し放題という訳だ。
シャーレとテルマが予測した集団の規模より、実際数が少ないのは、つまりそういうことだろう。
(嫌な話だな……)
強い憤りを感じる。
彼女たちを虐げた魔族にも、ヒトの社会にも、いや、世界の理不尽の全てに。
たとえ度重なる盗みを犯したとしても、世界の不幸を凝縮してぶつけられたような彼女たちを、誰が責められるだろう。
僕は世界を救うことはできないし、この世から貧困や差別をなくせるなんて、綺麗ごとは信じない。
それでもやっぱり、抗わないことは悪だと思うのだ。
「なるほど……。事情は分かったよ」
僕は深呼吸一つ頷く。
「そうなノダ? なら、もう放してくれるか?」
ハミは上目遣いに僕を見て尋ねた。
「解放しても、結局、他に食料を得る手段がないなら、結局盗むしかないよね。そしたら、同じことの繰り返しだよ」
「他の土地に行くノダ! この縄張りからは出て行く! だから、見逃して欲しいノダ!」
僕の言葉を処刑宣言だと勘違いしたのか、ハミが這いつくばって懇願してくる。
「他の土地でも、結局盗むしか生きていく方法はないよね。ここみたいに、人の街と近くて、未開発の土地がそうはあるとは思えないし、街中に潜むにしても、いつかは見つかって罰を受けてしまうよ」
ハミたちのよなハグレ者の扱いは、国々の法によって様々だろうが、まともな国でも盗みの重犯となれば腕を落とされても普通だし、そうじゃない国なら、問答無用で殺されてもおかしくない。
「でも、どうしようもないノダ。あちしたちを居場所なんて、ヒトの世界にもツワモノの世界にもどこにもないんだゾ」
「……僕が受け入れると言ったら?」
「? どういう意味なノダ?」
「働く気があるなら、僕が食料や住居を提供するよ。なにができるか一緒に考えよう」
「本当か!? ――いや、やっぱりおかしいノダ! なんでお前がそんなことをする? あちしたちに施して何の得がある!?」
一瞬期待に目を輝かせたハミだったが、すぐに不審げに僕を睨んでくる。
「なんで、か。そうだな。強いて言えば……生きているだけで丸儲けだって、知って欲しいから、かな? ハミたちがいつか、心からそう思ってもらえる日がきたら、僕はすごく嬉しいんだ」
僕は心に浮かんだ言葉をそのまま口にした。
僕が異世界にやってきて、生の喜びを知れたように、彼女たちもまた、生きていて良かったと感じて欲しい。
それが僕の願いだ。
損得勘定に関してはよくわからない。
もちろん、得になればいいけど、まだ、ハミたちが何をできるか、僕は知らない状況では何とも言い様がない。
「――よくわからないノダ」
ハミがきょとんとした表情で首を傾げる。
「今はわからなくてもいいよ。――でも、僕の提案は、ハミたちにとって、悪い話ではないと思うんだけど。どうかな?」
「あちしはみんながちゃんと食べられれば、文句はないノダ。住む所をくれて、ご飯もくれるなら、すごく嬉しいゾ」
ハミは一も二もなく頷く。
「そう。じゃあ、他のみんなが起きたら、ハミが説得してね。その間に、僕はみんなの分の食事の準備をしておくよ」
僕はそう言いつつ、風の精霊に命じて、彼女を拘束していたロープを解いた。
「本当か!? 頑張るノダ!」
第三の目を大きく見開いて、ハミが両手を挙げた。
「頑張って。それが済んだら、盗んだ人たちにもちゃんと謝ってもらうから」
「うっ……許してくれるノダ? めちゃくちゃ怒ってるはずだゾ」
「さっき僕に話してくれたようなことを、素直に喋れば、きっと大丈夫だよ」
僕はそう請け負う。
まともなヒトならば、彼女たちの境遇に同情してくれるはずだ。
もしそれが無理でも、盗まれた分の損害を僕が立て替えれば、開拓者の人たちも納得してくれるだろう。
そんなことを考えながら、僕はじっと詮議を見守ってくれていた仲間たちの下に、食事の用意の手伝いをお願いしに向かった。
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