第159話 お縄

 異変があったのは、僕たちが領地に到着してから、三日後の夜だった。


 建物の中で待機するのにも飽き、今日も空振りのまま就寝か――などと思っていたその時。


「来ましたわ。敵は三人。いずれも、レベルは10未満ですわね。ですが、この距離までワタクシのスキルに引っかからないとなるど、コソ泥らしく、隠密系の技術は磨いているのでしょう」


 壁に身体を預けていたナージャが、瞳を見開いて、ぽつりと呟く。


「ふむ。吾のスキルは反応しませぬな。殺気がない故でござろうか……」


 レンが呟く。


 僕たちはにわかに立ち上がり、戦闘態勢を整えた。


『見つけたよ! 三人いる! 今はデカっ葉の奴が、その中の一人に張り付いてる!』


 同時にやってきた僕の風精霊が、ナージャの得た情報の正しさを証明する。


 ちなみに、デカっ葉とは、リロエの契約している風精霊のことだ。


「敏感な君にしては珍しくギリギリの発見だったね」


『いやあ。相手が弱っちすぎると逆に力が紛れて見つけにくいんだよね』


 僕の風精霊はそう言って、空中で一回転する。


 にわかに建物の外が騒がしくなってきた。


「出たぞ!」


「あっちだ! ――くそっ! 急に頭痛が!」


「干し肉が盗まれたぞ! この泥棒ハグレが! ぶち殺すぞ!」


 開拓者の足音と罵声が鳴り響く。


「――スノーは一応、村の予備戦力として待機。ミリアはテルマと一緒に、被害を受けた人の治療をお願い」


「……海竜の背に乗って旅をする」


「分かりました!」


「気を付けて」


 三人が頷く。


「残りのみんなは、一緒に犯人を捕まえよう」


 僕は残りのメンバーにそう呼びかけた。


 姿を水精霊のステルスで姿を隠蔽しつつ、建物を出て空に飛び上がる。


 月明かりもなく、街と違って何の明かりもない世界は、暗く闇と溶け合っていた。


「敵の場所を示して」


『こっちこっち』


 僕の呼びかけにしたがって、風の精霊が視線を誘導していく。


 水の精霊の望遠鏡を呼び出し、該当する場所を拡大。


 さらに、炎の精霊が犯人の身体の周りで飛び回り、一般人には不可視の青白い炎で、その存在を強調した。


 三人とも、ミリアと同じか、ちょっと背が高いくらいの、小柄な人影だった。


「ふむ。影を見つけ申した。術を使っているのでござろうが、黒い靄に包まれて姿形は見えませぬな」


 レンが暗闇に目をこらして呟く。


 レンには精霊魔法は見えてないだろうが、夜目が利くのだろう。


 彼女の言う、黒い靄は精霊魔法で解除できそうだが、そうすると相手が僕たちの存在に気が付いてしまいそうなので、とりあえずスルーだ。


「それで? タクマは完全に犯人を捕捉しているみたいだけど、今すぐ捕まえないの?」


 リロエが肩を鳴らしながら尋ねてくる。


「ああ。うん。シャーレとテルマが盗みの頻度から分析してくれたところによると、盗人の数は30人くらいの規模だっていう話だったから。現状、三人はちょっと少ないよ。他に仲間がいるのなら、もうちょっと泳がせて本拠地に案内してもらった方が一網打尽にできる」


「そういえば、シャーレが申しておりましたわね。盗みから得られる金銭と食料を計算して、その消費スピードから算出したって。まあ、盗人が浪費していれば、全くあてにならない話ですけれど」


 ナージャが半信半疑な様子で呟く。


「まあ、もちろん、その可能性もあるけれど、念のためにね」


 僕たちはそのまま空中から犯人を追跡した。


 犯人たちは追手を撒くために三方に分かれたり、大柄な者は通れないような藪道を進んだりと必死に逃走を続けていたが、空からは丸見えな上、常に精霊によってマーキングされているので、僕たちには無意味な工作だった。


 やがて、犯人たちは合流し、何やら地面をがさごそと漁り始める。


 やがて、木の葉などで偽装された表層がとれると、粗末な板が出現する。


 犯人たちはその板をめくり、僕では到底潜り込めそうにない小さな穴に盗品を放り込んでから、次々と身を滑り込ませていった。


「どうやら、あの穴倉を拠点にしているようですわね」


「もしダンジョンであれば厄介でござるな」


 ナージャとレンが頷き合う。


「あの穴がダンジョンかどうか探ってくれるかな? 出入口が複数ある可能性もあるから、その件も含めて」


『よかろう』


 僕の願いを聞き入れた土精霊が降下し、地中へと姿を消す。


『ダンジョンにあらず。大ミミズが空けた自然穴である。奴らが出入りし得る入り口が三つあり』


 やがて戻ってきた土精霊が、僕にそう報告する。


「現行犯の三人以外には誰かいた?」


『半魔の子童こわらわばかり二十程、蜘蛛の子のようにる』


「20人か……。姉様たちの予想よりは少ないけど、結構たくさんいたわね」


 リロエが顎に人差し指を当てて呟く。


「それで? どうやって、捕まえますの?」


「とりあえず、二つの出入口は土の精霊にお願いして塞いで、残りの一つの穴から出るように誘導するとして、その後は……君たち無傷で捕まえられる?」


『しゃらくせえ! 俺はごめんだ。魔族の臭いにむかっぱらが立っちまう』


『ボクもめんどくさいからパス。脚の一、二本落としていいなら簡単だけどね』


『私はー窒息させるくらいしかー』


 精霊たちはあまり乗り気じゃないようだ。


「まー、ウチらの精霊は戦闘力重視だし、そういう細かいのは得意じゃないわよね」


 リロエが仕方がなさそうに頷く。


「うーん。ナージャのトラップで何とかならない?」


「トラップを仕掛けること自体は可能ですけれど、相手は半分魔族の血が入っておりますから、加減が難しいですわね。ヒトに仕掛けるの比べて弱いのか強いのか、不明瞭ですわ。確実を期してきつめに設定すると、最悪殺してしまうかもしれませんわよ。かといって弱くして逃げられたら元も子もありませんし」


 ナージャが冷静に答えた。


「そこが問題だよね。やりすぎると殺しちゃうからな」


「主。よろしければ、穴を塞いだ後の処置は吾にお任せくださらぬか。幸い、匂いもない眠りの香の用意がございまする故、彼の者たちに気取られることなく、無力化できるかと愚考致しまする」


 腕組みして考え込む僕に、レンがそう提案してくる。


 確かに、こういった工作は彼女が得意そうだ。


「本当に? じゃあよろしくお願いするよ。でも、万が一失敗した時のために、一応、ナージャもトラップを仕掛けておいて」


「わかりましたわ」


 ナージャが頷く。


「それでも万が一、逃げられそうになったら、多少傷つけてしまっても、僕とリロエが精霊魔法で無力化するよ。いいね?」


「まあ、それが無難よね」


 リロエが納得したように頷く。


 こうして、三段構えで計画は実行された。


 まず土精霊に命じて、一カ所を除いて逃げ道を塞ぐ。


 次にナージャが地上に降りて、唯一の出入り口にトラップを張り巡らせた。


 最後にレンが地上に降りて、手早く火を起こし、香を焚いた白い煙――やがて大気に紛れて透明になる――を穴に流し込んでいく。


 ……。


 ……。


 ……。


 小一時間経った頃、レンが片手を挙げて、僕たちに工作完了の合図をした。


「完了したみたいだね。一応、確認お願い」


『確かに、全員、漏れなく眠り込んでおる』


 派遣した土精霊が、レンの作業にお墨付きを与える。


「じゃあ、運びだそう。一気にじゃなく、一人一人ね。一応、縄でも捕縛するから。さ、まずは犯人の三人から」


『はいよー』


 風の精霊が穴から犯人をふわふわと浮き上がらせ、引っ張り出す。


 すでに意識を失い、術は解けているのか、犯人の周りの黒い靄のようなものはなくなっていた。


 一人目は、少女だった。


 浅黒い肌をしており、腕も二本、脚も二本で基本的な形は純粋なヒトとなんら変わらない。


 体型としては骨と皮しかないんじゃないかというレベルで痩せており、顔や腕のそこかしこに擦り傷や切り傷があるのも相俟って、何とも痛々しい姿だった。


 唯一魔族っぽい所といえば、額に第三の瞳があることくらいだが、異世界人の僕からすれば、普通に個性のレベルだ。


 服は、開拓村から盗んだらしい、薄汚れた男物の半ズボンと半袖シャツを着ているのだが、下着などはつけていないので、何とも目のやり場に困る。


「窃盗犯とはいえ、一応、女性のようですから、ワタクシが縛りますわ」


 ナージャが気を効かせて、持参の縄で少女を縛り上げる。


「ありがとう。じゃあ、次は――」


「ふむ。こちらもの子でござるな」


 レンが縛りに行く。


 服装や体型は一人目と似たり寄ったりで、肌はやや色白だ。


 つむじの辺りに、人差し指の先ほどの小さな角が生えている。


「じゃあ、次で三人目だ」


「あら。また女なの?」


 リロエが首を傾げながら、縄を手に取った。


 やはり、三人目も格好や体格は前の二人と同じくらいで、違いは先端がハート型をした尻尾がついているくらいだ。


 そして、どうやら、偶然にも、犯人の三人は全員女だったらしい。


 その後も、穴の奥に潜んでいたハグレ者と思しき子どもたちが、どんどん運び出されてくる。


 どうやら、先ほどの三人はリーダー格だったのか、体格はさらに小柄だ。


 服に至っては、半裸や全裸が当たり前の状態で、あばら骨が丸見えになるほど栄養状態が悪そうだ。


 一人、二人、三人……。


 どんどんと身柄は確保されていき、その数は、計二十三人にも達した。


 それにしても――


「なんで全員女性ですの?」


 僕が抱いていた疑問を、怪訝そうなナージャが代弁する。


「偶然――ではないのでござろうな」


 レンが考え込むように俯く。


「んー、タクマの『女殺』のスキルのせいとか?」


 リロエが半ば本気のトーンで冗談を飛ばし、こちらに一瞥をくれる。


「そんなスキルないから。……ともかく、詳しい事情は本人たちが起きたら聞いてみるしかないね」


 僕たちは困惑しつつ、眠りこける窃盗団――もとい幼女団を開拓村へと連行するのだった。

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