第158話 領地

 マニスを発ってから、空路で一週間弱旅した後の昼。


 僕は、与えられた領地の上空へとやってきた。


 大きく息を吸い込み、眼下を一望する。


 北は山、南は切り立った断崖となっており、その先は海。


 東はマニスの領地で、西はカリギュラへと繋がっている。


 面積としては、多分、埼玉県くらいはあるのではないだろうか。


 僕としては結構広い気がするが、他の貴族の領地と比べてどうかはよくわからない。


「本当に何もありませんわね……」


 茫漠と広がる原野を見下ろして、ナージャが呟く。


「そう? 自然がいっぱいなのはいい事じゃない」


「とはいえ、現状のままでは、とてもそのままヒトが住める土地じゃない」


 呑気に言うリロエに、テルマが冷静に呟いた。


「ちなみに、開墾とかはできるんですか?」


「農業は、沿岸部は塩害の関係で厳しいな。山の近くは開墾すれば、まあ、自分とこで食うくらいは何とか賄えるかっていう所だな」


 ミリアの問いに、シャーレが渋い顔で言った。


「然り。されど、この土地の価値は交通の要衝という点にござる。足りない物があらば、他の地より運んでくればよいのではござらぬか」


「そうだ! とりあえず東西に一本道を通すだけで、今まで迂回路を使ってたマニス=カリギュラ間の旅程が大幅に短縮できる。将来的には、海岸を整備して、山を切り開いて道を作れれば、別の巨大市場にもアクセスできるかもしれない! そうすりゃ、たちまちここは大都市になるぞ! どうだ! 夢のある話だろう!」

 レンの言葉を継いで、シャーレが目を輝かして語る。


 僕には気の遠い未来の話に思えたが、仕事に熱心なのは素直に尊敬できる。


「そのためにも、目下の問題を何とかしないとね」


 僕は呟く。


「おうよ。とりあえず、あそこの開発拠点に降りてくれるか?」


 シャーレが地上を指さした。


 そこには、ログハウス風の建物が10軒程点在し、小さな村のようになっている。


 僕たちは、ゆっくりと地上へと降りていく。


 着地した所で、水精霊によるステルスを解除した。


 一応、空を飛んでいる間は、窃盗犯に見つかって警戒されないように姿を隠していたのだ。


「おう! お前ら! 領主様を連れてきたぞ!」


 シャーレが声を張り上げる。


 それに反応するように、村の周囲を巡回警備していた人を含め、建物の中からも人が続々と出てきて、僕たちの周りに集まってきた。


「シャーレ! またやられたぞ! これじゃあいつまでも経っても仕事が進まねえ!」


「そろそろ兵隊連れてこいや! ぶっ殺せ!」


 相当ストレスが溜まっているのか、荒々しく開拓者たちが詰め寄ってくる。


「おいおい。だから、それはオレの一存じゃ決められねえって言っただろ。そこんところの相談をするために、わざわざ領主様にお越し頂いたんだろうが」


 シャーレはそう言って、僕に水を向ける。


「こんにちは。タクマ=サトウです。マニスから、酒とか肉とかお菓子とか色々持ってきたんで、よかったら、一緒にこれを食べながら、色々話を聞かせてくれませんか。ちょうど、お昼時ですし」


 僕は、下手にも、横柄にもならないように気を遣いながら、お土産を差し出す。


「はあ。お気遣いどうも――おい! お前ら! 皿もってこい!」


 僕の対応に毒気を抜かれたように、開拓者のリーダーらしき獣人の男性がそれを受け取りつつ、指示を飛ばす。


 僕たちは、そのまま屋外で彼らと食事を共にすることになった。


 幹を斬り倒したばかりでまだ根のついた切り株を椅子に、丸太を並べただけのテーブルとも呼べないテーブルに木の皿を乗せて、昼食という名の会合が始まる。


 とりあえず、僕たちは聞き手に回ったが、愚痴が出るわ出るわ。


 開拓者たちが、口々に泥棒への不満を述べ立てる。


「――っていう訳で、飯から仕事道具から果てはかあちゃんに縫ってもらった仕事着まで、目についたものを片っ端から盗んでいきやがるんでさあ」


「なるほど。相当な物的な被害が出ているんですね。えっと、人的な被害はどれくらいですか?」


 僕は、開拓者全員が言いたいことを言い終わるのを待って、そう尋ねた。


「まだ死人はでちゃいませんがね。転ばされて怪我をさせられたり、腹痛にさせられた奴が数日間寝込んたり、全く無傷って訳でもないんでね。このまま過激化したらと思うと気が気じゃないっつう次第で」


 開拓者の一人が顔をしかめて呟く。


「犯人の姿は見ましたか? 人数とかも分かればなおいいんですが」


「いや、それが、姿は見えないんですわ。俺たちも警備を強化しちゃいるんですが、大体奴らは夜陰にまぎれて来やがるし、さっき言ったようなトラブルでこっちが手間取っている間に盗まれて、サーっと姿を消しちまいやがるんで。後で、何か痕跡がないかと調べてみても、せいぜい、小鳥や虫とかの気色悪い死骸が落ちているだけでね」


 別の開拓者が、ばつが悪そうに頭を掻いた。


「ふむ。いわゆる『呪術』でござるな。生贄を代償に対象に損害を与える、典型的な魔族の能力でござる」


 レンが納得したように頷いた。


「へえ。これはハグレ者の仕業に違いありませんぜ。つーことで、領主さん。何とかなりませんかね。このままじゃ、あっしたちは仕事になりませんや。さっさと犯人をひっとらえて縛り首にしてくだせえ!」


 開拓者の一人が、感情的にまくしたてる。


「事情は分かりました。ですが、現状、犯人の罪が窃盗と軽い傷害である以上、さすがにいきなり殺すのはやり過ぎだと思います。ですので、まずは犯人の捕縛を目指します。その上で、犯人を取り調べ、罪にふさわしい罰を与えたいと思います」


 僕はきっぱりとそう答える。


「相手はハグレ者ですぜ。そこまで配慮してやる必要があるんですかい?」


「まだハグレ者だと確定した訳ではありません。それに、仮に相手がハグレ者であろうと、対話のできる程度の知能がある生命体なら、普通のヒトと区別なく、罪にふさわしい罰を与えます。それが僕の方針です。もちろん、仮に捕縛しても犯人に更生の余地がないなら、あなた方が言うように、もっと強硬的な手段も使うこともやぶさかではありませんが」


 不満げに尋ねてくる開拓者に、僕は言葉を選びながら告げる。


 ここらへんは非常に難しい問題だ。


 モンスターとは対話もできないし、そんなことをしようとしている間にこちらがやられるので、罪とか罰とか関係なく、問答無用で殺している。


 魔族は今までの経験上、基本的に対話できる程度の知能は持っていたが、価値観がヒトと根底から違うので、結果として対話不能な相手が多かった。


 魔族とヒトとのハーフだというハグレ者にどれほどの社会性があるのかは、実際に会って確かめないと分からない。


「……まあ、領主様がそうおっしゃるなら、仕方ありませんや。とにかくどんな形でも、盗みが止んで滞りなく仕事ができるようになるなら、あっしたちはそれで構わないんで」


 開拓者のリーダーらしき男性が、不承不承な雰囲気で頷いた。


 彼らはもっと手荒な方法を期待していたのだろうが、さすがに土地の支配者に認定されてる僕に反抗する気まではないらしい。


「じゃ、とりあえず、領主様たちが犯人を捕まえてくださるってことでいいんだな?」


 シャーレが話をまとめるように言う。


「うん。でも、いきなり警備の人員が入れ替わると、犯人も警戒するだろうから、基本的に警備体制は平常通りでお願いしたいかな」


「だ、そうだ! お前ら! もうちょっと頑張ってくれ!」


「ういー」


 開拓者たちがやる気があるのかないのかわからない感じで、曖昧に頷く。


「それじゃあ、僕は、一応精霊たちに周囲を警戒してもらいながら、待機かな。リロエも、精霊に協力を頼んでもらえる?」


「わかったわ」


 リロエが頷いた。


「さすがにこれだけ何もない所だと暇ですわね……。いくつかブラフでトラップでも仕掛けておきませんこと?」


 ナージャが退屈そうに欠伸をして言う。


「そうだね。何度も盗まれてるんだから、多少は警備を強化しておかないと逆に不自然かな」


「では、吾はナージャ嬢を手伝いつつ、犯人の痕跡を探ってみまする。開拓者の方々が見落としている情報もないとは言い切れませぬ故」


「うん。よろしく」


 レンの提案に僕は頷く。


「私は――。私は――。すみません、特にやることが思いつきませんでした」


「……」


「ミリアとスノーは、ゆっくり休んでおいて。万が一のこともあるかもしれないから」


 僕は手持無沙汰な二人にそう告げる。


 もし怪我人が出ればミリアの出番だし、徒党を組んで押し込み強盗を働こうとしてきたりすれば、スノーに盾になってもらうこともあるかもしれない。


「私は?」


「んじゃあ、テルマはオレが持ってきた荷物や書類の整理でも手伝ってくれよ」


 首を傾げるテルマにシャーレが告げる。


 こうして、何となく仕事の割り振りが決まり、僕たちは建物の一軒を間借りして、じっと犯人が現れるのを待つことになった。

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