第157話 問題発生

 アルセを見送ってから半月後。


 僕たちはアレハンドラでのハネムーンを終えて、マニスの自宅へと帰還した。


「母様! ただいま帰りました!」


 リロエが広間で雑事をしていたイリスさんに抱き着きにいく。


「お帰りなさい。どう? ハネムーンは楽しかった?」


 リロエの頭を撫でながら、イリスさんが僕たちを微笑ましげに見つめてくる。


「楽しかった。……でも、色々大変だった」


 テルマが万感の思いを込めるように呟いた。


「そう。まあそれも人生よね」


 イリスさんが鷹揚に頷く。


「……ドラゴンの尾から角に登る」


 スノーが呟く。


 おそらく、波乱万丈的な意味だろう。


「イリスさん。留守番をして頂いてありがとうございました。僕たちが家を空けている間、何か変わったことはありましたか?」


 僕はイリスさんへのお土産を手渡しつつ、そう尋ねる。


「私たちの方は平穏だったわ。でも、シャーレちゃんがタクマくんをお待ちかねみたいよ」


「おう……お前ら。やっと帰ってきたか」


 イリスさんが視線で示した先で、昼食を取っていたシャーレが、ゆらりと幽鬼のように立ち上がる。


「シャーレ。久しぶり。はい。これお土産」


「おう。丁寧にどうもな――って、それどころじゃねえんだよ! 帰ってきてばかりで悪いが、早速お前の領地に来てもらうぞ!」


 シャーレは僕から受け取った土産をテーブルに置いて、詰め寄ってくる。


「僕の領地に? 開発に何か支障があったの?」


「ああ。それがな。工事の奴らのために造った施設が破壊されたり、食料が盗まれたり、色々妨害を受けてどうにも困ってるんだ」


 シャーレが俯いてため息をつく。


「破壊? カリギュラとマニスの両方から許可を受けてるのに、誰が妨害するの? 盗賊とか?」


「いや、盗賊じゃない。盗んでも大して金になるものは持ち込んでないからな。多分、土地に不法に住み着いている奴らの仕業だ」


 首を傾げる僕に、神妙な顔で呟くシャーレ。


「あれ? 僕の領地は荒れ地で住民はいないって話じゃなかったっけ?」


「ああ……。うん……。それが、なんというか、住民であって住民じゃないっつうか、ヒトであってヒトでないっつうか」


 シャーレはそう曖昧に言葉を濁しつつ、頭を掻いた。


 いつもはっきり物を言う彼女にしては珍しい。


「――もしかして、犯人は『ハグレ者』ですの?」


 ナージャが何かを察したように呟く。


「……ああ。多分そうだ。まだ犯人を捕まえてないから滅多なことは言いたくないんだけどな」


 シャーレが声をひそめて頷く。


「ハグレ者って?」


「ハグレ者とは、魔族とヒトとのハーフを指す言葉」


 僕の疑問にテルマが端的に答えた。


「ハグレ者の人たちは、創造神様の加護が文字通り半減するので、どうしても基礎能力的に就職に不利になりやすいんですよね。しかも、魔族系統のスキルはヒトからみれば反社会的な効果のあるものが多いから警戒されますし、なにより、出自から差別を受けることが多くて大変みたいです」


 ミリアが悲しげに呟く。


 彼女の信仰している癒しの神は、ヒトも魔族も平等に扱うらしいので、教義からして同情的なのだろう。


「なるほど。それで、そのハグレ者たちが、実際に盗む所を見たの?」


「見てない。奴らは警戒心が強い上に逃げ足も早くてな。でも、向こうが使ってくるのは普通の魔法じゃなくて、魔族しか使えないような特殊な術だから、ヒトじゃないことは確定だ。で、もし相手が純粋な魔族なら、かっぱらいなんてショボい真似はせず、もっと躊躇なくヒトを殺して全部奪っていくだろうからな。状況証拠的に、こういうこすい犯罪をするのは、ハグレ者以外に考えにくい」


 僕の疑問に、シャーレが首を横に振る。


「ふむ。中々厄介でござるな。対策は如何様いかようにされているのでござるか?」


 レンが腕組みをしながら尋ねる。


「一応、警備をつけて被害は最小限に留めているが、魔族由来の術は中々防ぎにくくて、開発の効率が落ちまくってる。こっちから積極的な攻勢に出られればまた話は変わってくるが、領地の警察権や裁判権は領主のお前にあるからよ。その許可を得ずに、あまり好き勝手に大戦力を投入する訳にもいかないだろ?」


 シャーレはそう言って、僕の顔色を窺った。


 僕の名前を出してはいるが、実際はカリギュラに気を遣っているのだろう。


 緩衝地帯になっている領地に、マニス側から大規模な兵力を送れば、カリギュラ側に不信感を抱かせることになる。


「つまり、シャーレは、僕にその窃盗犯を捕まえることを望んでいるって考えていいかな?」


「そうしてもらえると助かるな。なんなら、近くのカリギュラの領地から兵士を借りるように手配してくれるだけでもいい。ともかく、お前的にも、領地の開発が順調にいけばいくほど、実入りが良くなるはずだぜ」


 シャーレがビジネスライクな笑みを浮かべて、僕の肩を叩く。


「わかった。とりあえず、現地を見てみるよ。一度行ってみたいと思っていたし、ちょうどいい機会だから」


 僕は頷く。


 たとえ、お飾りだとしても、名目上は僕が領主になった土地だし、問題を無責任に放置しておく訳にもいかない。


「ふう。やっと落ち着けると思ったのに、また旅行なんてせわしないわね」


 リロエが小さく息を吐き出す。


「いや、これは僕の個人的な立場の問題だし、みんなはマニスにいてくれてもいいんだよ?」


 僕はそう付言した。


 報酬も出ない任務に他のメンバーを付き合わせるのも心苦しい。


「そういう訳にもいきませんわ。もし、ワタクシたち全員に子どもが生まれたら、この家だけでは手狭じゃありませんの。今から将来的にお屋敷を立てる候補地も探しておく必要がありますわ」


「そんな未来の話を今から心配しなくても……」


「あら、現段階で100%できてないとタクマは言い切れますの?」


 ナージャが意味深に微笑んで、彼女自身の下腹部を擦る。


「――言い切れません」


 僕は一瞬で全面降伏した。


「あらー。私がおばあちゃんになる日もそう遠くないのかしら。楽しみだわ」


 イリスさんが両手を顔の前で合わせて目を細める。


「期待してくれていい」


 テルマが真顔で頷いた。


「けっ。人が人生懸けた仕事で必死こいてる時に惚気かよ。こんちくしょー」


 シャーレが、僕の土産のお菓子を頬張りながら毒づく。


「嫉妬は見苦しいですわよ。羨ましければ、シャーレもタクマに求愛してみればいいのではなくて?」


「嫌だね! オレはカネと結婚するって6つの時に決めたんだ!」


 ナージャの軽口に、シャーレは頑なに首を横に振る。


「でも、もしタクマが、『僕と結婚したら、土地の半分をあげる』って言ってきたらどうする?」


「ぐっ……それはさすがに迷うな」


 リロエのからかいに、シャーレは腕組みして真剣に考え込む。


「僕はそんな三文小説に出てきそうな色ボケ領主みたいなことしないよ……。そんなことより、早く旅の準備をしなくていいの?」


 心外な想像をされた僕は、話を本筋に戻す。


「おっ。そうだな。せっかくもう旅支度はできてるんだから、食料を揃えたらさっさと出発するぞ」


 シャーレが再び仕事モードの凛々しい表情になって呟いた。


 ともかく、こうして僕は、与えられた領地に赴くことになったのだった。

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