第156話 栄光のレベル1
スタンピードが収束するまでの一週間、アルセを再び救世軍の象徴とするためのプロパガンダが、官民挙げて巷に流布されることになった。
観光が統制され、外から人の入れない閉鎖的環境では大した娯楽もなく、工作は広く深く浸透した。
結果、十割とはとてもいえないまでも、六~七割はアルセを応援しようという空気感に変わってきたように思える。
そして、やがてスタンピードも収束し、防衛システムが解除される当日。
僕たちは、英雄――隠しダンジョン攻略に参加したパーティのリーダー格だけが集まる打ち上げに参加していた。
それぞれの地方に帰る前に、お互いの労をねぎらうと同時に、友誼を深めておこうという訳である。
「インタビューの映像を見ましたよ。中々の役者っぷりでしたね」
果実酒のグラスを手にしたルッケローニがそう声をかけてくる。
「ああ。あれですか、僕の演技が下手すぎるのか、何度も撮り直しをされて参りましたよ。ルッケローニさんも、コメントに協力して頂いたみたいでありがとうございます」
アルセを正当化するためか、政府は『どんな英雄にでも失敗はある』、『失敗にめげずに再チャレンジする姿勢は素晴らしい』的な趣旨の映像をしきりに取りたがった。
取材に協力したがらない英雄も多い中、ルッケローニは割と積極的に答えてくれた方だった。
「いえ。私は正直に経験したことを述べたまでのことです。トライ&エラーを繰り返してこそ、全ての技術は進歩するのですから」
ルッケローニは気取らない様子でそう答える。
ルッケローニは映像で見た時は、傲岸不遜な天才を演じていたけれど、あれはキャラ付けらしく、プライベートでは普通に穏やかで教養豊かな知識人といった感じだった。
「それにしても、女のために自ら引き立て役を買って出るなんて泣かせる話じゃねえか。おーいおいおい」
ボルカスが、酒を樽ごとあおりながら、さめざめと涙を流す。
彼は泣き上戸らしい。
本人が露悪趣味的な傾向があるので、第一印象はあまりよくなかったが、実際に話してみると、情に厚い、気さくな男性だった。
「紳士としては一流の振る舞いといえますね。ですが、貴族としてはわざわざ自らの名声を貶めるようなことをするのは慎まれた方がいい。いらぬ揚げ足を取られる」
「僕は平民出だから社交スキルは元々期待されてないんですよ。僕に期待されてるのは、あくまで実質的な武力ですからね。下手に社交に色気を出した方が、昔からの貴族の人たちに疎まれます」
「なるほど。平民上がりだと風当りは強いでしょうね。かくいう私もそうなのです。もっとも、私の場合は、期待されている分野が違いますが。本来、今回のような武ばった仕事は私の本業でないのです」
ルッケローニが、色々察したように肩をすくめる。
ここ一週間で、依頼の達成の報告や、プロパガンダ用の映像の撮影などで、何度か顔を合わせる機会があり、各地方の英雄たちともだいぶ仲良くなったように思う。
英雄と呼ばれる人たちは、それぞれ癖は強かったが、皆、本質的に善人だった。
また、それぞれ地元で多かれ少なかれ似たような苦労をしているからか、気が合う人も多い。
また、世間の評判の当てにならなさをよく知っているからか、プロパガンダに流されるような浮薄な所もなく、付き合いやすかった。
短い間の交流ではあったが、ダンジョンの攻略や戦術についての様々な情報交換ができ、得る所は大きかったような気がする。
今回は色々な意味でかなり辛い任務だったが、様々な地方の有力者と知り合いになれたという面では、意義のある仕事になったといえるのかもしれない。
というか、そう思わないとやってられない。
「タクマ! タクマはおりますの!?」
その時、聞きなれた声が僕を呼んだ。
店の入り口付近で、仲間たちが僕を探しているようだ。
「あれ? みんな。どうしたの?」
僕は彼女たちに歩み寄る。
「先ほどホテルに連絡があった。アルセの出立の予定が早まったらしい」
テルマが端的に答えた。
「え? 何かトラブルでもあった?」
「いえ。なんでも、午後から天気が崩れそうなので、予定が早まるということだそうです」
ミリアが首を横に振って答える。
「そうなんだ。じゃあ見送りにいかないとね――すみません。ちょっと席を外します」
僕は他の参加者に断りを入れ、代金をその場に置いて、店を後にした。
ホテルで身支度を整え、尖塔の前で執り行われる出陣式に参加する。
救世の旅に出る一軍に、都長が激励等々をしたり、改めてアルセが謝罪と決意を述べたり、諸々の儀式を終えて、一行は街の入り口に向かって行軍を開始した。
僕も仲間たちと、政府が用意してくれた先導車に乗って、それに同行する。
市民が、あるいはアレハンドラを出国しようと急ぐ観光客たちが、時折足を止めて、先頭のアルセを見る。
その視線に籠る感情は、彼女がこの街に入った時のように祝福一色ではない。
やがて、街の入り口で車が止まる。
僕たちは車を降りて、アルセと向かい合った。
元は六人だったアルセのパーティメンバーの内、今も彼女の側にいるのは三人。
この人数が、多いのか少ないのか、僕にはよくわからない。
ともかく、一人はアルセ――魔王の手によって殺され、もう二人とは折り合いがつかなくなったのだろう。
「それでは、アルセさん。お気をつけて」
万感の思いを込めて、僕は彼女の手を握った。
「うん。ありがとう。色々してもらったのに、見送りまでしてくれてありがとう。……それと、何のお礼もできなくてごめんね」
アルセは僕の手を握り返して、申し訳なさそうにはにかむ。
「いえ。僕が好きでやったことですから……」
僕は首を横に振って、そっと手を離す。
それ以上、かける言葉が見つからなかった。
これからアルセの行く先々では困難が待ち受けているだろう。
魔王に勝てる見込みがない以上、軍隊としては、占領された地域を解放した時点で解散になる公算が高い。
でもたとえそうなったとしても、彼女は一人で魔王を倒しに行こうとするかもしれない。
もしそうなれば、その先に待ち受けるのは間違いなく死だ。
そう思うと、何とも言えない物悲しい気分になる。
でも、僕には彼女を止めることはできない。
全てのヒトには、自分の命を賭けるものを決める自由と権利がある。
それが生きるということだから。
「もう。どうしてキミが泣きそうな顔になるの。大丈夫だよ! 色々心配なこともあるけど、縁起のいいこともちょっぴりはあったから!」
アルセは気遣うように言って、僕の頭を撫でる。
「縁起のいいこと、ですか。具体的な内容を伺っても?」
「うん。笑わないで聞いてね? 頭のおかしい子扱いされちゃうと思って、まだ誰にも言ってないんだけど、実はね。キミのホテルで目覚める前、夢の中で創造神様と会ったの。魔王に汚された私なんかでも、創造神様は見捨てずにいらしてくれるんだって思って、嬉しかったな」
アルセが内緒話を打ち明けるように、小声で囁く。
これは。
もしかして――。
「なるほど。創造神様が。ちなみに、どんな御姿だったか覚えてますか?」
「それがね! すっごくかわいい女の子だったの! 年はヒューマン種で十歳くらいかな? 綺麗な赤いお花でできた椅子に座ってた!」
アルセは手振りで、創造神様を表現する。
彼女の言う女の子は、いつか僕がみたそれのディテールと完全に一致していた。
「……創造神様は何かおっしゃってましたか?」
「それがね。『君は不幸な境遇にもめげずによく頑張ったね。でも、正直心残りだろう。君が望むなら、もう一度地上に返してあげよう。何か欲しい力はあるかい?』っておっしゃるの。だから、私は『罪を償うために、本物の勇者にしてください』って、お願いしたんだ。そしたら、目が覚めたの!」
アルセが嬉しそうに告げる。
「なるほど。よく分かりました。それは確かに縁起がいいですね」
僕は微笑みながら頷いた。
「えへへ。やっぱり嘘っぽいよね? 多分、私の願望からそんな夢をみただけかもしれないけど」
「いえ、そんなことないです。僕は信じます。アルセさんがあった創造神様は、本物だったと」
確信を持って告げる。
僕は一度死んで、生きるだけで丸儲けのスキルを授かった。
アルセが一度死んだかどうかは微妙な所だが、少なくともあの時、心臓が止まったことは確かだ。
もしあれが死にカウントされるなら、僕と同じく一度死んだアルセに、新しい天分が付与されたとしても、何もおかしくはない。
「そうかな? こんな私でも勇者になれるかな?」
「なれますよ。信者の僕が言うんだから間違いありません」
不安げに瞳を揺らすアルセに、僕はそう断言する。
「そっか。キミがそう言うなら私も頑張ってみようかな」
アルセは決意を込めるように、きつく瞳を閉じて呟く。
「タクマ殿。私の方からも挨拶をさせて頂いてもよろしいか」
「ああ。すみません。どうぞ」
会長にやんわりと交代を促され、僕は脇に退いた。
やがて全ての関係者が別れの挨拶を終え、僕たちが脇に控えると、アルセたちは隊列を組んでアレハンドラの外に出ていく。
いまだモンスターの死骸が散乱する外の景色は、これからのアルセたちの困難を象徴するかのように凄惨だ。
それでも、きっとアルセは逆境を乗り越えるだろう。
勇者の心を持った彼女に、本物の勇者の力が加われば、きっと向かう所に敵はない。
(あなたも、中々粋なことをなさいますね。創造神様)
僕は心の中で創造神様を称えながら、去り行く未来の勇者の背中を、そっと見送る。
「あっ。そうだ! 一つ聞き忘れていたことがあったんだった。キミへのお礼について」
アルセが唐突にこちらを振り返って叫ぶ。
「なんでしょう?」
「今はとても無理だけど! いつか、私が魔王を倒して、罪を償って、自分で自分を許せる日がきたら――私も、キミのお嫁さんにしてくれる?」
「えっ? えっと、その……」
全く予想してなかった突然の告白に、僕は返答に窮する。
本気なのか、それとも冗談なのか、判断がつかない。
「ごめん。またキミを困らせちゃったね。返事はいつでもいいから、考えておいてね! じゃあね!」
アルセは僕に手を振ると、再び前に向き直って歩き出した。
「ふう。最後までとんでもない方でしたわね。あそこまでいくといっそのこと清々しいですわ」
ナージャが感心したようにアルセを見遣った。
「あんた。どうするの? もし本当にあの娘が魔王を倒して嫁にしてくれって言ってきたら」
リロエがジト目で僕を見た。
「うーん。アルセさんは、一人の男や場所に落ち着くような器じゃないと思うよ。彼女は誰かの嫁になるとかじゃなくて、もっと世界にとって重要な人なんじゃないかな」
しばらく考えてから、僕はそう結論づける。
仮に魔王を倒して、アルセが僕の所にやってきたとしても、長くはもたないだろう。
彼女は、善意とボランティア精神の塊だ。
『雨ニモマケズ』じゃないけれど、どこかで困っている人がいると聞けば、世界中のどこでも、迷わず飛んでいくタイプの人だ。
でも、僕はそこまで自己犠牲的に世界に対して奉仕する心はない。
いい意味で、価値観が合わないと思う。
「ともかく、ハネムーン中に嫁候補を増やされるとは、さすがは『女殺』の面目躍如でござるな」
「レンも言うようになったね」
冗談めかして告げるレンに、僕は苦笑した。
「もう! アルセさんは素敵な人かもしれませんけど、今は私たちのことを見てください!」
ミリアが頬を膨らませて、僕の右腕を取る。
「問題ない。これ以上余計な虫がつかないように、私がタクマを楽しませる」
テルマが僕の左腕をその胸に押し付けた。
「……ドラゴンが飛び踊る」
スノーが呟く。
ちょっとよくわからない。
『祭りだ!』的なことだろうか。
「それでは、ワタクシたちで世界一果報者な旦那様にご奉仕して差し上げるとしましょうか」
ナージャがじゃれるように僕の首筋に抱き着いてきた。
遅ればせながら、僕たちのハネムーンが始まるようだ。
==============あとがき================
拙作をお読みくださり、まことにありがとうございます。
何とかハネムーンもできるようです。
もし拙作を応援して頂ける方がいらっしゃいましたら、★やお気に入り登録などをして頂けると大変ありがたいです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます