第155話 談合

 アルセの意向を確かめた僕は、都長や救世軍後援委員会の会長を含め、関係者に連絡をつけ、会談の場を設けることにした。


 実は、アルセを保護したすぐ後から、何回か引き渡すように要請を受けていたのだが、戦闘の疲れが残っているとかなんとかのらりくらりと言い訳をして、会うのを引き延ばしていたのだ。


「――という訳で、タクマ殿におかれましては、重大な被疑者であるアルセをこちらに引き渡して頂きたいと考えておりまして」


 都長がしきりにヘコヘコ頭を下げながら、僕にそう要求する。


 力づくで僕からアルセを取り上げるのは無理だと分かっているので、下手に出ているのだろう。


「引き渡したらどうします? 死刑にでもしますか」


「そ、それはもちろん、我が都の法に則り、適正に処罰をですね……」


「建前ではなく、本音で話をしましょうか。現状、アルセさんをスケープゴートにして重罪を課したとしても、アレハンドラの大損害は免れませんよね。計画を推し進めてきた、都長であるあなたの信用は失墜しますし、救世軍後援委員会は丸損だ。周辺各国に勇者の派遣を約束していた以上、国としての面子も丸つぶれになる。違いますか?」


 救世軍の巡行は、世界経済を回すレベルの一大イベントらしいから、それを行えなくなるとなれば、影響ははかりしれない。


 『世界の中心』たる自負のあるアレハンドラの有力者は皆、できるものなら救世軍を再開したいというのが本音だろう。


「そうです! このままでは、私の三期連続当選の夢が――! こほん! いえ、アレハンドラの国際的な立場が危うい!」


 都長がそう言って頭を抱える。


「ですが、どうしようもありませんぞ。確かにアレハンドラが被る損害については、あなたのおっしゃる通りですが、損害が出ると決まった以上は、少しでもそれを軽微に押しとどめなければなりません」


 救世軍後援委員会の会長が、渋面を作って言う。


「もちろんです。ですが、アルセさんを殺して、全てをなかったことにしてしまうよりは、多少規模が小さくなったとしても、救世軍を出した方がずっといいでしょう。もちろん、旗印となる者は必要でしょうが」


「まさか、タクマ殿が魔王を討伐にいらしてくださるのですか!?」


「僕は行きませんよ。言うまでもなく、他の英雄たちも魔王の力を目の当たりにした以上、勇者の代わりになりたがる者はいないでしょう」


 期待に目を輝かせる都長に、僕は現実をつきつける。


「……はい。実際に何人か声をかけてみましたが、なしのつぶてでした」


 都長が肩を落として呟く。


「でしょうね。危険性があまりにも高い魔王討伐を好き好んでしたがる奇特な人は、結局、アルセさんしかいない。そして、目覚めたアルセさんに話を聞きましたが、こんな状況でもなお、彼女は命を賭して魔王を討伐するつもりらしい。ならば、やはり、彼女を担ぎ出すのが一番いいと、僕は思います」


 僕はいよいよ本題を切り出した。


「そんな! 市民感情が納得しません!」


 都長が悲鳴に近い声をあげる。


「そうですかね? 『血塗られた惨劇を引き起こした悲劇のヒロインが、贖罪と自らの因習を断ち切るために、宿敵たる魔王に挑む』。これはこれで、『物語』としては、おもしろいと思いますよ。幸い、アレハンドラはメディアがかなり発達しているみたいですから、そういう情報操作はお得意でしょう?」


 隠しダンジョンの実況中継や、アルセを勇者として持ち上げていながら、そうでないと分かった途端、一瞬で手の平を返した民衆の反応を思い出しながら、僕は呟いた。


 そもそもネットもない異世界だ。


 あの映像システム――テレビ並のマスメディアがあれば、世論くらいは簡単に操作できるだろう。


「『物語』としては確かに成立するでしょうな。しかし、その場合、勇者ではないアルセに、魔王の討伐は不可能だ」


 会長が冷静に指摘した。


「魔王の討伐はできないでしょうが、軍を引き連れていけば、占領地域の解放くらいはできるのではないですか。少なくとも援軍を送ったということで、あなた方の国際的な面子は立つ」


 僕は即座に切り返した。


 大義名分としての魔王討伐は完遂できなくても、興行としての救世軍は成立し得るはずだ。


「理屈としては、正しい。しかし、問題はスポンサーです。スポンサーにはいくつかのタイプがありますが、従軍者に物品を供給することで利益の見込めるスポンサーはそのまま支援を望めるでしょう。ですが、魔王領地からの略奪品による収益を期待する投機的な金の流入は期待できなくなる。実際、その手のスポンサーからは撤退の申し出がひっきりなしです」


「問題ありません。足りない分は、僕がスポンサーになりましょう。今回、街を救った報酬の全てをアルセさんの――救世軍の支援に回してくれて構わない」


 僕は具体的な交渉に携わっていなかったのだが、どうやら、ナージャは『タクマが協力しなければアレハンドラは滅亡しますのに、報酬を渋ってる余裕がありますの?』とかなんとか言って、かなりありえない額の報酬をふっかけていたみたいだ。


 それを実質的に棒引きにしてやるという意味である。


「いやあ! それはありがたい! 会長! これは、素晴らしい提案ですぞ! 私も、会長も、タクマ殿も、アルセも、他のステークホルダーも、全てが丸く収まります!」


 都長が嬉しそうに手を叩く。


「確かに願ってもない提案ではありますが――本当によろしいのですな。繰り返しになりますが、回収の見込みがない投資となりますぞ」


 会長が僕の真意を探るように尋ねてくる。


「構いません。代わりに、都長さんも、会長さんも、いつか僕の地元に――マニスとカリギュラに便宜を図ってくださいね」


「具体的にはどのような?」


「そこまであなた方を具体的に縛り付けるつもりはありませんよ。ただ、一つ『貸し』だと思ってくださればそれで十分です。今後ともよろしく、ということで」


 僕はにこやかな顔で言った。


 このまま僕がアレハンドラから法外な報酬を分捕って持ち帰ると、恨みを買って、マニスやカリギュラとアレハンドラの関係が悪化することにもなりかねない。


 それよりは、報酬を返上してでも、アレハンドラの有力者との関係を深める選択をした方が賢明なはずだ。


 結果として、カリギュラやマニスがアレハンドラと色んな取引がしやすくなれば、地元での僕の立場も向上するだろう。


 まあ、『損して得取れ』というやつだ。


 唯一の欠点は、本来、仲間たちに分配するはずのお金がなくなってしまうことだ。この点はちょっと心苦しいが、彼女たちは皆、『実際、アルセと直接戦ったのはタクマだけだから』と納得してくれた。


「もちろんです! オルキス地方とアレハンドラの友情は永遠です! まずは姉妹都市の契約を結び、いずれはこれを、戦略的な軍事同盟まで発展させ――」


「せっかく、タクマ殿が曖昧な解釈の余地をもたせてくださったのですから、安請け合いするのはおやめなさい」


 会長が都長の妄言をたしなめるように言った。


「申し訳ない」


 都長がしゅんとする。


 そこはかとない上下関係を感じる。


 もしかしたら、都長は飾りで、会長の方がフィクサー的に政治を操っている存在なのかもしれない。


「ふう。それにしても、お若いのに随分聡明な方だ。失礼ながら、私は武ばったことしかできぬ田舎者かと侮っておりました。今は自分の不明を心から恥じたい」


 会長が深々と頭を下げた。


「いえ。僕は聡明というより、ただ小心者なだけですよ。ともかく、もう一回、アルセさんを旗頭に、魔王討伐の救世軍を起こすということで、構いませんね?」


「よろしかろう。スポンサーとも相談した上、映像部門の担当者に番組を作らせましょう。タクマ殿にも場合によっては協力して頂くこともあるかもしれませんが、その時はよろしく頼みますぞ」


 会長が頷いて言う。


「いいですよ。なんなら、アルセさんを引き立てるための道化になりましょうか。『魔王の一部を倒す力がありながら、臆病故に救世軍に参加することを拒んだタクマ』。『力を失ったのに、それでもなお勇気を持って魔王に立ち向かうアルセ』。この対比は絵になると思いませんか?」


 僕は自らそう提案した。


 今回は衆目のある場所でかなり派手に戦い過ぎた。


 僕の力に過剰な期待をかけて、厄介な話が持ち込まれないとも限らないし、ここらで評判を下げておくのも悪くないかもしれない。


「ほっほっほ。それはおもしろい。こちらとしては助かりますが、さらにタクマ殿への借りが増えるのは恐ろしいですな」


 会長が冗談めかして笑う。


「では、私は被害者への補償を旨とした法案を早急に成立させてみせます! 経世済民こそ政治家の務め!」


 都長がブヨブヨの腕で力こぶを作ってみせた。


「後は、裁判ですな。司法部門の知人に、アルセの裁判での扱いを、刑事罰ではなく、魔王討伐の社会奉仕で結審するように働きかけておきましょう」


 会長が続ける。


 こうして、話はトントン拍子にまとまり、再びアルセを送り出すための準備が、着々と整えられた。

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