第154話 保護

 仲間たちの下に戻ると、魔王以外の敵がちょうど殲滅された所だった。


「お疲れ様です」


「おう。まあこっちは大したことなかったけどな。そっちは相当ヤベえ戦いだったみたいだけどよ」


 全身を返り血に染めたボルカスが、モンスターの死骸に戦斧を食い込ませて呟く。


「……そちらの方はどうされるおつもりですか?」


 黒子に身体の汚れを拭き取らせていたルッケローニが、ポーションをカクテルのように飲みながら、僕の腕の中にいるアルセを見て呟く。


「えっと、とりあえず、本人が目を覚ますまでは、僕の方で保護しようと思います」


 僕は控えめに呟く。


 一般論でいえば、アルセを公に引き渡して処遇を委ねる方が正しいと分かってはいる。


 この国は民主主義を採っているので、たとえ捕まったとしても、裁判なしに殺されることはないだろう。


 だけど、建前としてはそうでも、実際官憲がどこまで信用できるかは分かったものじゃない。


 しばらく滞在した感覚では、三権分立がどこまで徹底されてるかも、正直怪しい所がある。


 少なくとも、今の状況でアルセを他人の手に委ねると、加熱した群集心理に従って、ひどい目に遭わされる可能性も十分にあり得る。


 そう思うと、どうしても彼女を放っておけないのだ。


「何を言ってるんだ! そいつは人殺しだぞ!?」


「殺したのは、魔王であって、その娘じゃないでしょう! いうなれば、彼女は私たちが使ってる剣のようなものだわ。血塗られた刃でも、剣そのものに罪はないはずよ」


「お前のとこのパーティは誰も殺されてないからそんな綺麗ごとが言えるんだ!」


 英雄たちから、喧々諤々の議論が巻き起こる。


 少なからず犠牲者が出ている以上、誰もがアルセを受け入れられないのは当然のことだ。


「黙れ! ごちゃごちゃうるせえな! そいつが女だっていうんなら、それは力づくでねじ伏せた男のもんだ。そいつがモンスターだっていうんなら、倒したモンスターをどう扱おうが、それは討伐した冒険者の勝手だ。どっちにしろ、こいつが暴れた時に何もできなかった部外者がとやかくほざくことじゃねえ」


 ボルカスはそう周囲を一括すると、咥えタバコのようなものに火をつける。


「……かける言葉がみつかりませんが、寛容はノブレスオブリージュの精神に適うものです」


 ルッケローニが慎重に言葉を選びながら、僕を擁護する。


 英雄たちの中でも、二大実力者が僕の味方についたことで、自然に議論は沈静化していった。


「まあ、スタンピードが収まるまでまだ半月くらいあるしよ。諸々片付いたら、飲みにでも行こうや」


 ボルカスが僕の肩を励ますように叩いて、その場を後にする。


「はい。是非」


 僕は頷く。


 他の英雄たちも、三々五々解散していく。


「じゃあ、僕たちもホテルに戻ろうか」


 僕の呼びかけに、仲間たちが神妙な顔で頷く。


 目下の危機を退けたとはいえ、アルセのこともあるので、手放しで喜ぶ気にはならないのだろう。


 アルセが目を覚ましたのは、それから三日後のことだった。


 彼女の身体を拭くなどのお世話をしてくれていたミリアから報告を受け、僕たちはアルセの周りに集まる。


「んっ……ここは?」


 スイートルームの中でも、奥まった位置にあるベッドで、アルセはゆっくりと身体を起こす。


「僕の泊ってるホテルの部屋です。あっ、ちなみに着替えとかは全部僕のパーティの女性陣が交代でやってくれたので、安心してください」


 僕はホテル備え付けのバスローブを着たアルセにそう話しかける。


「……そっか。やっぱり、夢じゃなかったんだね。全部、本当にあったことなんだ」


 アルセは噛み締めるように言って、じっと自身の手の平を見つめる。


「あの、どこか痛い所はありますか? 一応、色んなポーションは用意してありますけど」


「ううん。大丈夫。よければ、お水があればもらえるかな?」


「はい! どうぞ!」


 ミリアが近くのテーブルから水差しを取って、コップに水を注ぎ、アルセへと差し出した。


「ありがとう。ふう――まずは、キミたちにお礼を言わなきゃね。私は取返しのつかないことをしてしまったけれど、もし、キミたちがいなかったら、私はもっと多くの人を殺していたと思うから」


 アルセは水を一気に飲み干してから、そう呟く。


「いえ。できることをしたまでですから……。それに、悪いのは魔王であって、アルセさんじゃないですよ」


「うん。でも、犠牲になった人にしてみれば、関係ないよ。私がいなければ、大切な人は死なずに済んだのにって、当然、思うはずだから」


 僕の慰めに、アルセはそう言って首を横に振る。


「それで、今後どうされるおつもりですの?」


「うん……とりあえず、被害者の人たちに謝りにいきたいかな。謝らせてもらえるかも分からないけど。補償は――私が好きにできるお金なんてほとんどないから、どうしよう。困ったな」


 ナージャの問いに、アルセが腕組みして考え込む。


 彼女の中に、自己保身という概念はないらしい。


「そういうことじゃなくて、あんた自身の将来のことでしょ。ムラでこれだけやらかしちゃったら、罰を受けるか、そうじゃなくても、居辛くて他の所に引っ越すしかないじゃない」


 リロエが同情するような口調で突っ込んだ。


「国が私を捕まえるなら、私はそれに従うよ。そうじゃないなら、確かにこのままアレハンドラにいるのは難しいよね」


「……だったら、僕がもらった領地に来ませんか? 開発中の荒れ地なので、快適な暮らしはお約束はできませんけど、住むところくらいは用意できると思います。そこでゆっくり休養されたらどうでしょう」


「――キミの領地? ああ、そうか。キミは貴族さんなんだよね。でも、ダメだよ。私を助けただけでも、相当無理してくれてるんでしょ? これ以上迷惑はかけられないよ。キミまで悪者になっちゃう」


 僕の提案に、アルセは首を横に振る。


「僕は気にしませんよ。名前も知らない誰かのそしりを受けるより、アルセさんがこうむる理不尽をそのままにしておく方が気分が悪いですから」


「ふふっ。キミは本当にすごいね。これだけたくさんの女の子にモテるのも分かるよ。キミを見てると、本当に何もかも委ねて甘えたくなっちゃう」


 アルセはそう言って、泣きそうな顔で微笑んだ。


「たまには、甘えてもいいんじゃないですか。今まで、みんなから委ねられてばっかりだったんですから」


「ありがとう。気持ちは嬉しいけれど、今はダメ。もし、私が自由に何をするか許されるなら、魔王を倒しに行くよ。たとえ、私が勇者じゃなくても」


 僕の提案を拒絶して、アルセはきっぱりとそう言い切った。


「全く理解できませんわ。もう、あなたに期待する民衆もいないのに、わざわざそんな苦労を背負う必要がありまして?」


 ナージャが首を傾げる。


「誰かのためじゃないよ。私がしたいからそうするの。私は、私のやったことの責任をとらなくちゃ」


「今、鑑定してみたけれど、今のあなたのレベルは、一般人未満。おそらく、生活で得たもの以外の、モンスター討伐による経験は全部、なかったことになっている。それでも、魔王を倒しに行くつもり?」


 テルマが心配そうに尋ねた。


 魔王の影響を取り除いたので、その加護で得た強さも失ったということか。


「それでも、行くよ。どれだけ時間がかかっても、みんなから嫌われても、途中で死んでしまったとしても、私は最後まで戦い抜きたいの。魔王を放っておいたら、また私みたいな人が出てきちゃうかもしれないから」


 アルセは頷く。


 その瞳には、鋼のような固い決意が宿っていた。


「……針でも一億回刺せばドラゴンを殺せる」


 スノーがぽつりと呟く。


 『雨垂れ石を穿つ』的なことだろうか。


 ともかく、彼女なりにアルセを励ましているのだろう。


「なんという高潔な、気高い志でござるか! 吾はまことに感動致しました」


 レンが瞳を潤ませる。


「そんなことないよ。そもそも、このままだとアレハンドラを出られるかも怪しいし」


 アルセがそう言って俯く。


「――出られますよ。完璧ではないですけど、今回の件は、なんとか丸く収める方法があると思います」


 僕はしばらく考えてから、そう呟いた。


「本当?」


 アルセは顔を上げ、目を丸くして僕の顔を見つめる。


「ええ。ただし、アルセさんにはまた、鬱陶しい『物語』を背負ってもらうことになりますけど、それでも構いませんか?」


「もちろんいいよ。そんなことでいいなら喜んで!」


 僕の問いに、アルセは快く頷いた。

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