第153話 勇者(4)
「くくくくく! そうです! それでいい! ――我が愛し子は死んだ。どうやら今日はここまでのようですね!」
僕の行動に満足したように、アルセの身体から飛び出た黒い影が、空中に不気味な仮面を形作った。
「やったぞ! 英雄 タクマ=サトウが魔王の眷属を倒した!」
「いえ、勇者よ! 勇者タクマよ!」
「そうだ! 彼こそが俺たちの真の救世主なんだ!」
群衆から歓喜の声が湧く。
「この程度のことで大喜びとは。全く。愚かなヒト共よ! 心して聞きなさい。これは始まりに過ぎません。私が私として存在する限り、今日のような喜劇が――あなた方にとっての悲劇が、永遠に繰り返されることでしょう。ヒトが滅びるその時まで!」
耳まで裂けるほどの深い笑みが、ヒトの全てを嘲弄する。
「俺たちをなめるなよ! 勇者タクマと英雄たちが、必ず魔王を倒してくれるさ!」
「そうよ! 勇者がいる限り、私たちは負けないわ!」
「救世主タクマ! 万歳!」
「ははははははは。やれるものならやってごらんなさい。本物の私は、そちらのまがい物のように軟弱ではないですがね!」
対立的な言葉を交わす、群衆と魔王。
だけど、僕にはそのやりとりが、阿吽の呼吸のごとく親密なものであるかのように思えてならなかった。
「色々、勝手に決めないでくれますか? 僕は、勇者でも救世主でもなく、ただの冒険者です。魔王の自己満足に付き合うのも、傍観者の皆さんの期待しているような茶番に付き合うのも、どっちもお断りです――アルセから流れ出た血はちゃんとこぼさずプールできてる? ちゃんと脳に血は回っているよね?」
僕はそう断りを入れると、魔王の幻影とも、群衆とも目を合わさず、精霊に話しかける。
『この程度。造作もない』
アルセの血を溜めこんで、水風船のように膨らんだ土の精霊が呟く。
『このようなことをするのは初めてですが、何とかお客様のご要望にお応えすることができております』
ホテルから呼んできた土・風・水の各種精霊たちが、丁寧に答えた。
そう。
アルセは確かに『息絶えた』が、脳は死んでいない。
彼らが繊細な職人芸でひそかに首の静脈にチューブを通し、土の精霊がため込んだアルセ自身の血液を使って、心臓代わりのポンプの役目を果たしているからだ。
「一体、何のつもりですか? 今更、その娘の傷を塞いだ所で、助かりません。仮に治したところで、再び私の玩具になるだけのことですよ?」
「勇者タクマは一体何をしようとしてるんだ?」
「もう二度と生き返らないように念入りにとどめを刺すんじゃないか?」
「いえ。きっと、勇者様の故郷の葬送の儀式なのよ!」
魔王も、群衆も、これから僕が何をしようとしているか分からないらしい。
まあ、仕方ない。
魔法というものは本当に便利だ。
どんな怪我も病気も、詠唱一つで、もしくは、ポーションの一瓶でも飲めば、立ちどころに治ってしまう。
だから、当然といえば当然なのだ。
「よし。じゃあ、そっちも準備できた?」
僕は外野は無視して、手術を続ける。
『ふいー。キミの指示通り連れてきたよー。ダンジョンの入り口の近くに落ちていた死体』
『赤潮のように悲しいお仕事でしたー』
水の精霊のステルスで隠して、風の精霊に調達させていた遺骸が、僕の傍らに置かれる。
運悪く逃げ遅れ、さっきアルセに――というより魔王に殺されたばかりの、新しい死体。
それは、臓器の集合と言い換えてもいいだろう。
僕が見かけた人を含め、計三体もある。
「ありがとう。じゃあ、腹部を裂いて、魔王の加護を受けている部分を取り出そう。分かるよね? 特別敏感な僕の精霊さん?」
『分かるけど、気持ち悪いなあ。後でたっぷりマナをもらうからね! ――ええっと、これと、これと、これと? うわっ。これもかー。うわー』
僕の風の精霊が渋々といった様子で、腹部を切り裂いて、アルセの体内に侵入していく。
アルセの臓器から切り離された、魔王から受肉した部分が外にポイポイと放りだされてくる。
あまり臓器を観察したことがないから正確なことはいえないが、ぱっと見、魔王の肉といっても、普通の人間のそれと変わらない色をしているように見える。
「焼却!」
『おうおうおう! 燃やすぜええええええ!』
火の精霊が魔王の肉を、一瞬で浄化した。
「あなたは、一体何を――」
アルセとの接点を失ったからだろうか。
浮かんでいた魔王の仮面の幻影が、雲散霧消する。
消えたのか、本体に戻ったのか。
よくわからないが、今はそんなことはどうでもいい。
「はい。次は風の精霊はご遺体から使える臓器を取り出して。土の精霊はそれを癒着して、そのまま維持」
『もー、キミは本当に精霊使いが荒いなあ』
『了解ナリ』
風の精霊が死体から必要な臓器を取り出して、アルセの体内に配置。
それを土の精霊(血液を溜めてるのとは別の個体)がくっつけていく。
「よし。じゃあ、最後に血をアルセの中に戻して。ゆっくりね。後は傷口を塞いで」
アルセ自身の血が彼女の体内に戻され、僕が刺したものも含め、手術で開いた腹部の傷が、土の精霊の力でぴったりと閉じられる。
(脈は――よかった。ある)
僕はアルセの首筋に手を当てて、ようやく人心地ついた。
そのまま意識を失っているアルセを抱き上げて、僕は仲間たちの元へ向かう。
「あ、あの、勇者様、偽物にとどめを刺されないのですか?」
「社会に害を為した魔王の影響は、ご覧の通り排除しました。今、ここにいるのは善良な一般市民です。どうしてとどめを刺す必要があるんですか?」
声をかけてきた群衆の一人に、僕はそう聞き返す。
なるべく、感情的にならないように気をつけたつもりだけれど、もしかしたら睨んでしまっているかもしれない。
「い、いえ……一応、確認をしただけで……」
僕に声をかけてきた人は、ごにょごにょと口ごもり、人混みの中に逃げていく。
白けきった空気を無視して、僕はその場を後にした。
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