第161話 仕事

「――そういう訳で、あちしたちはお前らから盗んでしまったノダ。これからは、心を入れ替えて、リョウシュサマの所で働いて、盗んだ分を返していくから、どうか許して欲しいゾ」


 たどたどしいハミの謝罪に合わせて、残りの実行犯二人が一斉に頭を下げた。


 その後ろに控えている、まだ善悪の判断すらできなさそうな、ろくに言葉を話せない年齢の幼女たちも、ハミの真似をするように頭を下げている。


 ひとまず、僕たちが彼女たちの目に見える形で食事を提供したので、従う気になっているらしい。


「彼女たちもこう言ってますし、僕の顔に免じて、今回は許してあげてくれませんか。僕が彼女たちの身元を引き受けて、今後の行動を監督しますから」


 ひとしきりの謝罪が終わった後、僕はとりなすように開拓者たちに告げる。


「……はあ、まあ、俺は領主様に被害は立て替えてもらいましたし、これから滞りなく仕事ができりゃそれで構いませんや」


「ちっ、しゃあねえ。やられたことはむかつくが、ひもじさはどうにもなんねえからな」


「俺も、もういいですわ。他人のことを偉そうにどうこう言えるほど、まっさらな人生を歩いてきた訳じゃないんで」


 盗まれた被害者たちが、複雑そうな表情で頷く。


 骨と皮だけしかないようなみすぼらしい少女たちの姿に毒気を抜かれたのだろうか。


 開拓者の人たちも基本的に裕福な出自の者はいないので、貧困というものに対して同情的なのかもしれない。


「ふう。これで一応、問題は解決だな。ご苦労さん」


 シャーレがほっとしたように言って、僕の肩を叩いた。


「そりゃあ、あなたは目先の問題が片付けばそれでいいのでしょうけれど、こっちは問題大ありですわ。この子たちを働かせるとはいっても、肝心の仕事はどうしますの?」


 ナージャが肩をすくめて尋ねてくる。


「そうだね……。ハミたちは、一時期、街でちゃんとした仕事をしていたこともあるんだよね? 具体的にはどんなことをしていたの?」


 僕は腕組みして、ハミに尋ねる。


「んー、飯屋の皿洗いとか、街中で紙屑拾いをしたりとか、色々やったゾ」


 ハミが記憶を手繰るような間を空けつつ呟く。


「もし、ハミたちが差別を受けないようにして、それらの仕事を継続できる環境を整えたとして、盗んだ分を弁償できるほど稼げる?」


「稼げない。上手くいっても、あちしたち三人だけなら何とか生きていけるくらいの稼ぎだゾ。返すどころか、チビたちを食わしていくのすら、そういう仕事じゃとても無理なノダ」


 ハミが悲しげに首を横に振る。


「大変ねえ……。そうだ! いっそのこと、タクマが雇えばいいじゃない! せっかく、マニスの家でご飯屋さんをやってるんだし。母様一人だと大変そうだし、皿洗いとか、掃除とか、簡単な仕込みとか、雑用係にしたら?」


 リロエはポンっと手を叩いて僕の方を見た。


「うーん。僕の店は彼女たち全員が働けるほどのキャパシティはないからなあ……。現状、イリスさん一人でも回せる程度だし。イリスさんの負担を減らすための人員を入れるにしろ、一人いれば十分だよ」


「一人でもいいでしょ。タクマの店なんだから、いくら給料を払うかもあんたの自由でしょ。この子たち全員が最低限暮らしていけるくらいの額は、今のタクマなら余裕で払えるんじゃないの?」


 呻吟する僕に、リロエが呑気に答える。


 つまり、僕がハミたちを、普通に働くより大幅な高給で雇えばいいとリロエは言いたいのだろう。


「それだと、実質的に僕が養ってるのと変わらないよね。面倒を見ると言っても、それじゃだめなんだよ。一時的には僕が生活費を負担するにしろ、最終的に、経済的に自立できるような形じゃないと」


 僕は首を横に振った。


「タクマの考えが正しい。仕事というものは、生きるための糧を得る手段であると同時に、自尊心を保ち、社会性と関係性を育む機会でもある。安易な施しは、彼女たちのためにならない」


 テルマが僕を援護するように呟く。


「うー。難しいわねー」


 リロエが顔をしかめて首を傾げる。


 僕が、ハミたちを異常な厚遇で飼い慣らすことは、『あなたたちには市井で生活していく能力がない存在なので、養ってあげますよ』と言っているのと同じだ。


 そんな状況では、彼女たちは自分に誇りが持てるはずがない。


(僕も病院暮らしで母に養ってもらうしかない時は、心苦しかったっけ)


 一日でも早く病気を治して働きたいと思っていた日々のことを思い出して、僕は遠くを見つめる。


「……ドラゴンを殺すにはドラゴンの牙」


 ぽつりとスノーが呟く。


「えっと、『毒を以って毒を制す』?」


「ふむ……。そういえば、吾が諸国を遍歴していた頃、ハグレ者の傭兵から聞いた話でござるが、彼らは呪術で装備品にかかった呪いを打ち消せるそうでござる。その者は他の傭兵仲間が避けるような呪われた装備を集めて稼いでいたようでござったが……。ともすれば、ハミ嬢たちもそのような芸当ができるのではござらぬか?」


 レンが思い出したように呟く。


「ん……。多分できると思うゾ。物に対しては、呪術を使ったことはないけど、あちしたちは産まれてすぐに使えるツワモノかどうかを見極めるために、訓練と試験を受けるノダ。その中で、受けた呪いを呪いで消して回復する練習もあった」


 ハミが頷く。


「へえ。それって、つまり、解呪できるってことだよね! 解呪に必要な道具は、生贄だよね。これって、死体でいいの? 例えば、ダンジョンで殺されたモンスターとか」


「もちろん、構わないゾ。生き物が死ぬと、魂の綺麗な部分は天に昇っていく。お前たちの言うところの魔族は、これを餌にしているノダ。でも、怒りとか苦しみとかの汚い部分は死体に残る。これが『残穢ざんえ』だ。あちしたちはこの残穢を使って、呪術を使う。殺された肉には、大抵、たくさんの『残穢』がついているノダ」


 僕の問いに、ハミが頷く。


「じゃあ、ダンジョンに入れば、殺されたモンスターの死体はいくらでも転がっているから、タダで呪いが使い放題だよね。後は呪われた装備品を持ち込めば、それを解呪できる。これは商売になるんじゃないかな?」


「すごいじゃない! 何で今までやらなかったの?」


 リロエが目を輝かせて、手を打った。


「自分の身を守るか、誰かをやっつける以外の呪術の使い道なんて、考えたこともなかったゾ……でも、そもそもあちしたちはヒトの街のダンジョンには入れて貰えないノダ」


 ハミが困惑したような表情で呟く。


 ダンジョンに入れる条件は国によって違うが、マニスのような緩い所でも、最低限、冒険者ギルドに加入している程度の身分保証は要求される。


 ハミたちに冒険者ギルドに加入するほどの資金があるとは到底思えないし、社会的な信用を考えると、担当官についてもらうのも厳しかったのだろう。


「その辺は、僕が冒険者ギルドの保証金を建て替えれば済むことだから。少なくともそれでマニスのダンジョンには入れる」


 僕がそう請け負った。


「なんなら、私が担当官になってもいい」


 テルマが補足するように言う。


「希望が見えてきましたわね。ですけど、基本的に、解呪の仕事って、ヒーラーの領分でしたわよね?」


「はい。でも、私たちは、教義的に殺生に繋がる武器の類の解呪は請け負わないことになっています。マーレ様への信仰が下がるので」


 ナージャの問いに、ミリアが頷いて答える。


「へえ。じゃあ、武器の解呪はどうしてるの?」


「オレんとこでは、魔道具関係の専門職に頼むか、不良ヒーラーに頼んでるな」


 僕の質問に、シャーレが欠伸一つ答えた。


「じゃあ、すで既得権益ができあがってて新規参入は厳しい?」


「んー、そんなこともないんじゃねえか? 解呪って、基本的にコストが高いんだよ。やる奴が限られているし、危険性も大きいからな。特に武器関連は、魔道具関係のスキル持ちは手間賃云々の経費を要求してきやがるし、ヒーラーの奴らは信仰が下がるっつうんで、代償を相当ふっかけてきやがる。だから、かなりの値打ちが見込める装備じゃないと解呪はしないで、そもそも買い取り拒否って所が多い。そういうのなら安く手に入るんじゃねえの?」


 シャーレが他人事のような口調を装いながら、詳細を語ってくれる。


「つまり、武器を中心に、低級の呪われた装備を安く買い集めて、ダンジョンで解呪して売る。これなら、現状、どことも商売の内容がバッティングしませんわね。薄利多売っぽいですけれど、皿洗いするよりはずっとマシな稼ぎになるのではなくて?」


「そうだね。とりあえず、ナージャの言うような方針でいこうか」


 僕は頷く。


「ん。よく分からないけど、あちしたちは働けるのか?」


「うん。働けると思うよ」


 小首を傾げるハミに、僕は微笑みかけた。


「そうか! 一生懸命頑張るゾ! 本当だゾ!?」


 ハミが顔に喜色を浮かべて、ぴょんぴょんと飛び跳ねてやる気をアピールしてくる。


 後は……彼女たちをマニスに連れて行くとなると、とりあえず住む所が要るな。


「色々苦労もあると思うけど、頑張ろう。当面の住居は――シャーレ。確か、前に僕たちが屋敷を探していた時に、見せてもらった家があったよね。ほら、あの広い、元孤児院だったところ。あそこ、まだ残ってるかな?」


「おお。あれな。多分、大丈夫じゃねえかな」


 シャーレが曖昧に頷く。


「あんな物件、そうそう買い手がつくはずがありませんわ。前より値段が下がっていてもおかしくない――というより、ワタクシが下げさせます」


「後は、彼女たちのマニス周辺での犯罪歴が心配。余計な横槍を入れられないように清算しておかないと」


「ああ、そっちの処理もあったか」


 テルマの懸念に、僕はこめかみを抑える。


「まあ、何とかなるんじゃない? この地方ならどこでもタクマの顔が利くでしょ」


 リロエが呟く。


「カリギュラの方の処理は吾にお任せくだされ」


 レンが、静かに頭を垂れて、そう請け負ってくれる。


 こうしてそれとなく話はまとまり、僕たちはたくさんの幼女を連れて、マニスへと帰還することになった。

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