第146話 顛末
それから三日。
遅れていた後続三グループが、60階層に到達する。
彼らもまた、このままでは万に一つもアルセたちに追いつけないと、途中で共闘して効率を上げ、最下層を目指していたのだった。
彼らは、アルセの提案もあり、そのまま60階層の攻略に加わった。
頭数が倍近くになったことで、アルセたちの探索のスピードが劇的に向上する。
そしてさらに二日。
60階層の攻略も大詰めになった所で、最後尾の二チームが到着する。
これで、リタイアした四グループと僕たちの人形を除く、計八グループが60階層に集合する。
もはや、誰が一番かを競う空気はなくなっており、みんな一刻も早くこの不気味なダンジョンを後にしたいとでもいうように、ひたすら攻略に勤しんでいた。
『さて、いよいよ忌まわしきダンジョンの攻略の大詰めです。それを記念して、本日は勇者の育ての親としても名高い、クレハス養護院の院長、ナミームさんにお越し頂きました。ナミームさん。幼い頃の勇者アルセはどのようなお子さんだったんですか?』
『はい。あの子は幼い頃より芯が強く、誰にも分け隔てなく優しい子で――』
『なるほど。――おっと、失礼! 少々お待ちください。現場に動きがあったようです!』
実況もネタがなくなり、攻略参加者の関係者へのインタビューなどでお茶を濁し始めた頃、ようやく待ちに待った瞬間が訪れる。
『はあ。はあ。ようやく追い詰めたよ』
『もう逃げ場はねえぜ! この野郎!』
『全く非効率的極まりない作業でした……』
英雄たちの絶え間ない努力によって、鏡の迷宮は打ち崩され、今やだだのがらんどうになっている。
もはや砂と言っていいレベルまで砕かれた鏡の残骸が床に散乱する中、残された最後の一枚の鏡を取り囲み、英雄たちは武器を構えていた。
『そうです。破壊。破壊こそが本質。徹底的な。魅惑的な。宿命。運命。頑迷』
一メートル四方の空間の中で、仮面は相変わらずの落ち着き払った声で、独り言か寝言のような口調で言葉を繰る。
『……それで? 誰がこいつをぶっ壊す? 俺たち全員がこの小っこい鏡に殺到するって訳にもいかねえだろ』
ボルカスが仮面の言葉を無視して呟く。
『ふう。疲れました。もうここまでくれば誰が最後の一撃を加えるかなど、些末なことではありませんか。私は美しい勇者のお嬢さんにお譲りします』
ルッケローニはそう言って、黒子達の腕の中に倒れ込んだ。
『え? そんなのだめだよ。くじ引きとか、
アルセが眉をひそめて告げる。
『おいおい。クライマックスまできてそんなガキのお遊戯会みたいな間抜け面、万人に晒せるか。認めるのは
『ああ! やってくれ!』
『アルセこそがとどめをさすのにふさわしいわ!』
ボルカスの問いかけに他の英雄たちが頷く。
『ほら。みんなからのご指名だぜ! アルセ』
アルセの仲間の弓使いの男が、発破をかけるように言う。
『ふふっ。これは逃げる訳にはいけませんね』
同じく彼女の仲間のヒーラーが呟く。
『うーん。私としては申し訳ない気がするんだけど、みんながそう言うなら分かった。でも、私が代表でやるだけで、報酬は絶対にみんなで山分けだからね! ――じゃあ、いっくよおおおおおおおおおおお!』
刹那、アルセは剣を閃かせ、鏡を細切れにする。
パリ、パリ、パリン。
彼女はさらにその残骸をダンスを踊るような華麗な仕草で踏みつけて、視認できないレベルにまで砕いた。
バシュウ! と。
粉となった鏡の成れの果てが、煙となって蒸発していく。
『やりました! 我が街の勇者アルセが、並み居る豪傑たちを率い! ついに魔の巣窟を滅ぼしました! これは曙光! 世界救う旅に出発する勇者の、小さな、しかし偉大なる初めの一歩なのです――』
あらかじめ用意してあったかのように美辞麗句を並べ立てる実況。
『さすが勇者!』
『同じアレハンドラ市民として誇らしいです!』
『アルセー! がんばれー!』
ズームアップされる、歓喜に沸く群衆。
『やれやれ。ようやくこれでブレルクリッツ問題の証明に取り掛かれます』
『へっ。全く。骨が折れる割りに儲けの少ない仕事だぜ』
和気あいあいと武器を重ね合う英雄たち。
大団円。
完全無欠のハッピーエンド。
『――壊しましたね。仮面を。拒絶しましたね。鏡を。よろしい。よろしい』
その全てを嘲笑うかのように、ノイズ混じりの声が、どこからともなく響いた。
『な、なんだ!? この声は!』
『おかしいぞ! ダンジョンに崩壊の予兆がない!』
『ダンジョンマスターを倒したはずなのに!』
『キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
困惑を引き裂く悲鳴。
『仮面は優しい。あなたを誰でもない誰かにして、全ての責任から自由にしてくれる。鏡も優しい。姿形は映しても、真実までは映さない。――そのどちらもいらぬというのなら、向き合うがいい! 必然と! 現実と! 過酷に!』
そう呟いたのは、迷宮でも、鏡でも、仮面でもなく、つい先ほどまで賞賛の嵐の中にいた、アルセその人だった。
『あ、アルセ……』
腰砕けになるハーフリング。
『なにやってんだあああああああああ! お前ええええええええええ!』
獣人の大男の絶叫。
『――えっ?』
仲間たちの奇異な反応に、アルセは自身が喋ったことにも気が付いていないかのような茫洋とした表情のまま、視線を下に向ける。
その右手には血塗られた剣。
そして、左手には、先ほどまで彼女の
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