第144話 デッドヒート
あっという間に二週間が経った。
最初は横並びだったパーティにも、時間の経過に従って、随分な差ができてくる。
先頭集団は、アルセたちのパーティを含む、三グループ。
彼らはすでに50階層を軽く突破しており、あと一週間以内に最終階層に辿り着くのは確実な情勢に思われた。
ここまでくると、正解のルートは一つに絞られ、さながら脱出ゲームにも似た、知力と体力の限りを尽くす戦いが繰り広げられている。
その後に続くのは、別の三グループ。
だが、彼らは先頭集団とは10階層近い差があるので、最前線でよっぽどの事故がない限り、勝つのは難しい情勢と言えた。合理的で打算的な冒険者としては、リタイアしてもおかしくない状況だが、それでも攻略を続けるのはプライド故か。
さすがに各地方で英雄と呼ばれる人たちだけあって、上位グループではなくとも、高潔な精神を持っているらしい。
そして、30階層前後でくすぶっている下位グループが四つ。
その内の二パーティは未だ攻略を諦めてなかったが、僕たちの人形を含む、もう二パーティはもはやのんびりと撤退の準備に入っていた。
ちなみに、残りの三グループは、すでに脱落して、地上に帰還中のパーティだ。
その原因は様々だが、トラップで物資を失ったり、モンスターを奇襲を受けて装備を壊してしまったり、まあダンジョン探索には付きものの、想定の範囲内のトラブルだった。
彼らも平常時ならもっと活躍できたのかもしれないが、やはり、常時一挙手一投足を映されながら攻略を競わされるという特殊な状況が、ミスを誘発したのかもしれない。
ともかく、未だ死者は出ていないので、その点は不幸中の幸いだと言えるだろう。
「とりえず、上手くいったみたいだね。後は人形が戻ってくれば、僕たちの仕事は終了だ」
合格ラインを60点とするならば、80点くらいの成果を残してくれた精霊たちに感謝しつつ、僕はほっと胸を撫で下ろす。
もし、万が一、この先、人形が壊されても、僕は十分に報酬分の働きはしたと救世軍後援会に説明する自信がある。
「ええ。これだけ笑いを取れば、十分に依頼主も満足するはずですわ」
「少なくとも、下位グループでは一番注目を集めておったようでござるからな」
ナージャとレンが頷く。
まるで喜劇のように自ら危難を招いて、それをスレスレの所で回避していく様は、観ていて飽きない。
実況を聞いている限りでは、馬鹿にされているというよりは、『愛すべきお調子者』といったニュアンスで、ある意味、人気者の感すらあった。
僕の風の精霊は、おっちょこちょいだが、ひょうきんで憎めない奴なので、その性格が受け入れられたのだろう。
もし仮に僕本人があのダンジョンに潜っていたら、効率最優先の、エンターテイメント的には地味でおもしろくない攻略をしていただろうから、逆に良かったんじゃないかとすら思えてくる。
「で、任務のペナルティがなさそうなのはいいけどさ。あの勇者が怪しいって話はどうなったのよ。結局、勘違いだった訳?」
リロエが手持無沙汰にりんごに似たフルーツでお手玉をしながら呟く。
「それならそれでいいんじゃない? もし潜っていたら、こうして一観客として英雄の競争を観て楽しめなかったよ」
僕はポジティブにそう考えて、視線を映像に転じた。
『さて! 半月に及び皆様にお届けしてきたこの隠しダンジョン攻略もいよいよ佳境であります。圧倒的膂力で迷路の壁を粉砕し、文字通り力の差を見せつけてきた、火山の暴君 ベルケスパーティ! 卓越した知能でダンジョンを計算し尽くし、落とし穴すらショートカットに利用してみせた、知の巨匠 ルッケローニパーティ!。そして、小細工一切なし! 正攻法で王道を突き進む! 我らが勇者アルセパーティ! 異なる道を辿りながらも、ダンジョンマスターを倒すという一つの目的に向かって邁進する彼らが、いよいよ運命の交差点で邂逅します! お仕事中の皆様も、お勉強中の学生さんも、ご通行中の旅行者の方々も、今この時だけはお手を止めて、お近くのビジョンをご覧ください!』
実況が煽る。
彼の言葉通り、競争はいよいよ盛り上がりを見せていた。
『オラオラオラオラオラオラオラ! てめえらもっと活火山魂見せやがれ!』
ベルケスパーティは、前衛五人に、魔法を使うのは一人のヒーラーだけという極端な構成の一団だった。
彼らは、ダンジョンの壁を強引に破壊しながら、ゴリゴリと一直線に突き進む。
『謎は全て解けました! 私のバオリッシュ演算式によれば、正解はこのルートで間違いありません! トラップの位置は、46歩後、120歩後、523歩後です! モンスターは、40秒後、223秒後、473秒後に出ます!』
いつかドラマで見た天才教授のように、ダンジョンの壁に謎の計算式を書き連ねていた人間の貴公子――ルッケローニは、紙に一筆書きでルートを記すと、満足そうに床に倒れ伏す。
その周りに侍っていた仲間たちが彼を持ち上げて、えっちらおっちら運んで行った。どうやら、このパーティはどうやら、『天才ルッケローニとそれを支えるその他の人々』という明確な区別があるようで、ルッケローニ以外は、全員、頭に被り物をした黒子風の装備をしている。
パーティの人数は十二人と多めだ。
『さすがに、ここまでくると一筋縄にはいかないねっ! でも、ようやく地図が完成したよ!』
そして、アルセとその一行は、前の二つと違い、特筆すべきこともなく、時に行き止まりにぶち当たり、時にはモンスターに襲われながら、冒険者らしい冒険に終始していた。
ただ、マッピング、モンスターの処理、トラップへの対応。その、全てのレベルが段違いに高く、実況の言う通り、小細工なして前の二つのパーティのスピードと渡り合っている。
上位の三つのパーティは、互いに一歩も譲らず、ほぼ同時に51階層へとつながる階段の前に飛び出た。
三方向から、同時に三つのパーティが顔を鉢合わせる。
『うわっと! 追いつかれちゃった!?』
アルセが目を丸くして立ち止まる。
『オラオラオラオラオラ! どけどけどけ! 俺たちの行く手を阻む奴は、火傷をするぜ!』
大柄の獣人――ベルケスが、巨大な戦斧を振り回して、道を開けるように要求する。
『どうして、他のパーティがここに! 計算に合わないじゃないか! ああ! そうか! お前たちが壁を破壊したせいで変数が狂ったんだ! これだから、芸術を介さない野蛮人は困る!』
ルッケローニは黒子たちに持ち上げられたまま、その長髪を振り乱して、ベルケスを睨みつける。
『ああ!? なんだモヤシ野郎! 喧嘩売ってんなら買うぞコラぁ!』
ベルケスがルッケローニを睨み返す。
瞬間、辺りに一触即発の剣呑な空気が立ち込める。
『もう二人とも喧嘩はやめてっ! ここまできたら、みんな一番ってことでいいじゃない! 私たちの敵は、ダンジョンマスターでしょ! 力を合わせて一緒に戦おうよ!』
アルセは泣きそうな声でそう言って、ベルケスのルッケローニの手をぎゅっと握り、その胸に押し当てる。
「ちっ! 何をぬるいことを言ってますの、この娘は! これじゃあ、レースの賭博屋も商売あがったりですわ!」
ナージャが舌打ち一つ、軽い悲鳴を上げた。
「ナージャ……。もしかして、賭けたの?」
「おほほほほ。まあ、ほんのお小遣い程度ですわ。――ま、これだと、ノーコンテストで払い戻しですわね」
前科を思い出し、思わずジト目になる僕に、ナージャは誤魔化すように笑う。
「あー! ごめんなさい! マーレ様! 私、こんなにも優しいアルセさんに対して、今、一瞬、あざといと思ってしまいました!」
ミリアは信仰する神に謝罪しながら、戒めるように、彼女自身の頭をぽかぽかと殴った。
「タクマ。『一人の敵も作れない者には、一人の友も作ることはできない』。古の賢者の言葉。よく覚えておいて」
テルマが僕の服の袖を引いて呟く。
「いや、その格言に異論はないけど、現状、アルセさんが言ってるのは、普通に道徳的にも戦術的にもベストな提案だと思うよ?」
常識的に考えて、敵は少なく、味方は多い方がいい。
純粋に隠しダンジョンの攻略の効率を考えるなら、できる限り色んなパーティで共闘した方がいいに決まってる。
『ちっ。しゃーねーな。女を泣かせるのは趣味じゃねえから、ここはぐっとマグマを飲んでやるよ』
ベルケスが顔を炎のように赤くして、頭を掻いた。
『……ふう。紳士として、こんな美しいお嬢さんに頼まれてしまっては仕方ありません。同じ知的生命体同士で争うのはエネルギーの無駄ですしね。もう一度計算をやり直して、最適なルートを導き出しましょう』
ルッケローニはそう言うと、指をならして黒子の手に支えられる形で立ち上がると、再び壁に計算を始めた。
『ありがとう! 今から私たちは一蓮托生だからね!』
アルセはそう言って、両腕を二人の男性の肩に回す。
普通の冒険者ならまず間違いなく血を見る場面だが、今回はあっさり共闘の話がまとまる。
これも「人たらし」たるアルセの人望か、それとも、さすが各地方の英雄だけあって、元より人間ができているのか。
まあ、映像で中継されているからっていうのもあるのかもしれない。
この状況で独断専行を貫くのは、かなりイメージが悪いし。
『なんと我らが勇者アルセ、両英雄に共闘を提案! なんと素晴らしい心根! これぞ、アレハンドラの公平と博愛の精神の結実と言えるのではないでしょうか!』
僕たちの人形が映っていたスペースを潰し、感涙する実況者の顔がズームされる。
こうして、上位三チームは共に攻略を開始した。
それぞれの知識と技能を結集した結果、アルセたちの攻略はさらに捗り、たった二日で10階層を踏破してみせたのだった。
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