第143話 最低限
「ふう。何とか軌道に乗ったね。とりあえず、ギリギリ及第点かな?」
グリーンウッドホテルのスイートルームで、僕は僕の――いや。僕のふりをした人形がダンジョンを闊歩する様子を、投影された映像を通して観察する。
映像はパーティの数に合わせて十三に分割され、目立った動きがあるパーティの枠は大きくなり、退屈な行軍が続くパーティのそれは小さくなっていた。
「はえー。見た目に関しては完璧なお人形さんですね。タクマさんが実験されていた時にも感動しましたけど、こうして現場で動いているのを見ると、まるでドッペルゲンガーみたいです。日ごろ皆さんとご一緒している私ですら全く見分けがつかないんですから、他のパーティの人たちが気が付かないのも当然ですよ」
映像の中で動く精巧な人形たちに、ミリアが舌を巻く。
僕の考えていた作戦とは、いたって単純で、『僕たちを模した人形を精霊たちに操ってもらい、ダンジョンに派遣する』というものだった。
もっとも、僕と契約している精霊は基本荒事が得意で、こういった工作は苦手な個体ばかりだったので、人形を作ったのは、芸術に秀でたグリーンウッドホテルの精霊たちだ。
チェックイン時にオーナーが説明していた通り、このホテルには精霊の貸し出しサービスがあり、それを全力で利用させてもらったという訳だ。
土の精霊が作り上げた人形に、風の精霊が彩色し、服や装備は僕たちが日頃使っている物ををのまま流用した。
さらには人形の中の空洞に炎の精霊と水の精霊が潜み、その身体に纏う光の屈折率をいじって演出し、作り物っぽさをごまかしている。
なお、今、実際に人形を動かしているのは、グリーンウッドホテルのではなく、僕と契約している精霊たちである。
僕を模した人形に宿っているのは風の精霊であり、彼は同時に他の五体の人形の挙動も管理している。
彼は中々の芸達者だが、それでも限界はあるので、他の精霊が細かな助言をして、そのフォローをすることになっていた。
ちなみに、レンの人形に入ってるのが土の精霊、ナージャの人形に入ってるのが水の精霊だ。
精霊の発言なのに、素養がない者にも声が聞こえてるのは、人間の肺の代わりに、土や水を増やしたり減らしたりして内部の空気の流れを調整することで、発話しているからだ。
「うん。このホテルの精霊の技術はすごいね。でも、さすがにアルセと握手をし始めた時はひやひやしたよ。送り出した以上、僕たちは基本的に見守るしかないからね」
一応、風の精霊のネットワークを使えば現地に伝言はできるが、当然、多少のタイムラグがあるため、突発的な事態に、即座に対応して指示を出すのは無理だ。
「手甲を装備してござるからな。感触は生身と変わりませぬ。もし、素手なら危ない所でござった」
レンが頷く。
「というか、ワタクシが随分お間抜けさんな喋り方なのが納得いきませんわ。表情にも締まりがありませんし」
ナージャは、ポヤポヤスキップをする自身の人形に眉を潜める。
水精霊の朗らかな性格を反映し、ナージャの人形は若干、脳内お花畑風味になっていた。
「あんたのはまだマシじゃない! ウチのなんか、普通に鼻ほじってるんですけど!? 清楚で可憐で美少女なウチのイメージが台無しじゃない!」
リロエの人形は、両手の人差し指を左右の鼻に突っ込んで、ダブルホジホジスタイルをキメていた。
あれはリロエ自身が契約している風精霊の仕業だから、僕に抗議されても困る。
「――蹴りと頭突きを同時に放つのは難しい」
ぽつりとスノーが呟く。
あちらを立てればこちらが立たず、的なことだろうか。
ちなみにスノーの人形はただの置物のようになっていて、実質的に前衛の役目を果たせていない。
「まあ、精霊に名演技を求めるのは酷だよ。僕はあれでもかなり頑張ってくれていると思うよ」
僕は苦笑して言った。
精霊はそもそも、上手く嘘はつけるような存在じゃない。
『戯れに僕たちの真似をして遊んでいる』といった以上のことは、期待できない。
「どのみち、平素のタクマたちを知る人間はこの街にはほとんどいないのだから、問題ない」
テルマが冷静に言った。
彼女の言う通り、マニスならいざ知らず、遠く離れた異国のアレハンドラで、僕たちの違和感に気が付く者は少ないだろう。
ダンジョン探索中は、必要以外のことは喋らないのが普通だからボロは出にくい。
そして、派手な動きをせずに他力本願の地味な行軍を続けていれば、エンターテイメント的につまらないので、映像でもクローズアップされることは皆無と言っていい。
事実、今、目の前の映像の80%以上の面積を占めるのは、それぞれ三つのルートの最前線をいくパーティと、それを虎視眈々と狙うもう三パーティだ。
僕たちの人形を含む、それ以外の下位7つのパーティは、残りの20%の面積に、豆粒のように押し込められている。
当然、音声も切られていた。
「ま、ワタクシ共の目的は、必要最低限の任務をこなすことですものね。数合わせというか、その他大勢の賑やかしになれれば十分ですわ」
割り切ったように肩をすくめたナージャがの視線の先で、偶然僕たちの人形がクローズアップされる。
『うわー。なにこのボタン! おもしろそう!』
『主、軽率な行動は――』
『え? ――あ、あああああああああああ! 落ちるぅ! 落ちるぅ!』
僕の人形が、いかにも怪しいスイッチを押して、落とし穴に吸い込まれそうになっていた。
風の精霊は好奇心が抑えきれなかったのだろう。
『さ、主、掴まるがよい』
『しょうがないですわねー』
落とし穴の縁に必死にしがみつく僕の人形を、レンとナージャの人形が助け起こす。
「賑やかしというより、これでは道化でござるな」
レンが皮肉っぽく笑う。
「まあ、観ているお客さんは喜ぶんじゃない? 救世軍後援会の意図を考えると、ある意味でこれも仕事をしていると思うよ」
僕は、僕の形をした人形を客観的な心持ちで見つめる。
こういった三枚目がいた方が、緊迫したダンジョン探索の箸休めとして和むし、勇者を含めた『できる』パーティの活躍が引き立つだろう。
普通のパーティはわざわざ恥を掻くような行動はしないから、企画を立てる側からすれば重宝する存在だと思う。
「えっと、でも、あまり早く全滅しても具合が悪いんじゃないですか? 目標は、『最下位にならないこと』でしたから」
「うん。もちろん、そうできればベターだけどね」
ミリアの懸念に僕は頷いた。
どこまでやれば『真面目に仕事に取り組んだ』ことになるかというのは曖昧な部分があるのだが、他に先にリタイアしてくれるパーティがあれば、『少なくともあのパーティよりは頑張った』と言い張れるので、確実にペナルティはないだろう。
まあ、最悪、失敗して最下位になったとしても、人形がバラバラになるだけで、僕たちも精霊にも損害はない。
とはいうものの、外聞上、人形を派遣したということはできればバレたくはないので、何とかもたせて欲しいものだ。
「ともかく、あの子たちがどうなるかの結果が出るまで、しばらくウチらはこの部屋に引き籠りってことでしょ?」
リロエが退屈そうに欠伸をしながら言う。
「そうなるね。まあ、のんびり見守ろう」
僕はベッドに寝転がって天を仰ぐ。
いくら僕たちと面識がない者がほとんどとはいえ、生実況中継されている中、外を大っぴらに出歩く訳にはいかない。
「せっかくアレハンドラにおりますのに、外に出られないなんて口惜しいですわね。こうなったら、宅配サービスで、食べたかった料理を頼み倒してやりますわ!」
ナージャがじれったそうに情報誌をめくる。
「気持ちは分かるけど、控えめにね」
僕は、身体がなまらないように腹筋を始めながら、そうたしなめる。
このホテルのオーナーはイリスさんの知り合いということもあり、僕たちに対してすこぶる協力的だし、従業員の質も高いから宿泊客の情報を漏らすことは考えにくい。
だが、用心するに越したことはないだろう。
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