第142話 攻略開始

 三階建ての住宅の前に、僕たちは集合していた。


 隠しダンジョンを内包しているのは、マニス基準ならそこそこ立派な家だが、アレハンドラでは特に強調することもない、普通の一軒家だ。


『やって参りました。待ちに待ったこの日。アレハンドラの平穏な市民生活を脅かす魔のダンジョンは、今も不気味に沈黙を守っております。これに挑むは、世界より選りすぐられた、総勢十三パーティ。それぞれ地元では押しも押されもしない大英雄であります。あらゆる者を拒むような深い霧と隘路あいろを制し、正義と勇名を天下に轟かせるは一体誰でありましょうか。それでは、早速、各チームを紹介して参りましょう――』


 活舌の良い男性の声が、街中に響き渡る。


 事前のくじで決めた順番に従って、次々と今回攻略に参加するパーティが紹介されていく。


 七番目に勇者一行の名前が出た時には、周囲から爆発的な歓声が上がった。


 ちなみに僕たちは十番目だ。


 全ての紹介が終わると、地元の楽団と子どもたちによる激励の演奏や、都長、その他関係者の挨拶が述べられる。


『会長、ありがとうございました。――それでは、早速参りましょう! エントリーナンバー1。アグノー地方の牙狼! ガンズパーティ! あなた方に栄光あれ!』


 やがて、実況の煽りと共に、第一陣が出発する。


 もちろん、撮影班も一緒だ。


 さすがアレハンドラは金も技術も世界一ということなのか、一パーティに一人、マジックアイテムを持った撮影班が同行することになっていた。


「――続いて、エントリーナンバー2。ルトエ地方の流星! スレートパーティ! ご武運を!」


 十分程経ってから、第二陣が出発する。


 入り口が狭いダンジョンのため、一度に全てのチームがダンジョンに殺到すると、混雑して大変見苦しい状況になる。そういった事情から、順次、間隔を空けてダンジョンに侵入することになっていた。


 先に入った方が、もちろん、早く攻略を開始できるメリットはある。だが、同時にモンスターやトラップの露払いをすることによって消耗が激しくなるので、一概にどちらが有利とは言い難い。


 まあ、どのみち、60階層にも及ぶダンジョンになると、攻略は余裕で半月以上に及ぶので、最大二時間程度のタイムラグは誤差の範囲内だ。


 僕たちは待機用に設えられた天幕の下で、じっと自分たちの出番を待つ。


 三番目、四番目……、どんどんチームがはけていく。


「なんか、改めてこうやって名前を呼ばれると、緊張するねっ!」


 僕の前の席に座っていたアルセが、ピンっと張り詰めた空気に耐えかねたように、振り向きざまに話しかけてくる。


「またまた! アルセはこういうの慣れっこでしょ!」


 僕は右手を振って、軽く突っ込む。


「そんなことないよー。私たちだっていつもは誰かと競って任務をする訳じゃないし! っていうか、キミ、前は他人行儀だったのに、今日は随分フランクに話してくれるね! 嬉しいなっ!」


 アルセはそう言って、顔をほころばせる。


「あはは、前は偉そうな人が集まったきちんとした場面だったから、ちゃんとした方がいいと思ったんだよ。だけど、今はこれからダンジョンを攻略する対等なライバルだから、敬語はおかしいと思って! 後は緊張を誤魔化すための空元気かな!」


 僕は口の端を上げて答える。


「ははっ! そうなんだ! キミも緊張してるんだね! とにかく、お互い頑張ろうね!」


 アルセはさわやかに言って、握手を求めてくる。


「うん!」


 僕はその手をしっかりと握り返した。


『――お待たせしました! エントリーナンバー7! 我らが救世軍! アルセパーティ! 彼女たちの伝説はここから始まる!』


「あっ! はい! ――じゃあ、お先に失礼するねっ!」


 地元民からの応援の声に包まれて、アルセが仲間たちと共にダンジョンへ向かって行く。


「……主。僭越ながら、戦の前に敵と慣れ合うのは軽率ではなかろうか」


「えー。だって、僕は『女殺』だし、女の子には優しくしなきゃでしょ?」


 レンの諫言を、僕は微笑みと共に受け流す。


『――続いては、エントリーナンバー10! オルキス地方の魔将殺し! タクマパーティ! 数多の勇敢なる冒険者を屠ってきたこの迷宮でその精霊魔法が真価を発揮するのか!』


「あ、はーい。じゃあ、みんな行こ!」


 名前を呼ばれた僕は立ち上がって、仲間と共に隠しダンジョンのある住宅へと向かった。


 広間を越え、部屋の斜め奥。


 元は寝室に偽装されていたのだろうか――ベッドの形の火焼け跡が残った部屋に、その穴はあった。


 直径二メートルほどで、ダンジョンへと続く入り口としては、かなり小さい方だ。


「じゃ、降りるね」


 僕は穴の奥へと続く縄梯子に足をかける。


「主。その前に、ナージャ嬢に確認を」


「あっ。うん。でも、さっき、他のパーティが入ったばかりだから、大丈夫かなー、なんて、――冗談冗談! みんなが緊張してるかと思ってさ」


 レンに突っ込まれ、僕は縄梯子から足をどけた。


「……」


 ナージャが無言でダンジョンへと降りて行く。


「問題ないですわー」


 間延びした声で、ナージャが地上に呼びかけてくる。


「じゃあ今度こそ行こう」


 僕たちはぞろぞろとダンジョンに侵入していく。


 さすがは霧のダンジョンと名付けられるだけあって、一階層でもうっすら煙が立ち込めており、視界が悪い。


「これ、邪魔だな」


 僕が右手を振るうと、煙が風で吹き流され、一気に視界が晴れる。


 しかし、今この瞬間にも、じんわりと、新たな煙が壁から漏れ出してきていた。


 時間が経てば、またその不愉快な靄が辺りを支配するだろう。


「さすがはタクマ。無詠唱でも魔法を使うことができるんですのねー」


 ナージャがどこか説明口調で言う。


「それで主。どの道を選びなさる?」


 レンが目の前の三叉路を指して尋ねる。


 ここから30階層くらいまでは、先達が調べた地図があるので、ルートがある程度判明していた。


「んー。モンスターの気配が――じゃなくて、とりあえず、強そうな人たちの後ろについていけば安心じゃない? 先行して敵をやっつけてくれてるはずだから。さっき見た感じだと、エントリナンバー2と5の人が選んだルートがよさそう」


 僕は皆にそう作戦を告げる。


 英雄にあるまじき他力本願だが、効率と安全を重視すべき冒険者としては正しい判断だ。


 撮影が入っていることもあって、他のパーティは結構かっこつけている感があったが、僕たちのパーティはいい意味でも悪い意味でも評判は気にしない。


 急ぐでもなく、サボるでもなく、ハイキングに行くような軽やかな足取りで、僕たちのパーティはダンジョンの攻略を開始した。

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