第141話 詳細
他のパーティより早くダンジョンから脱出した僕たちは、そのままグリーンウッドホテルへと帰還した。
テルマに事情を伝えた後は、映像で事の成り行きを見守る。
さすがスイートルームだけあって、壁にマジックアイテムから転送されてくる映像が投影されるサービスも完備しているのだ。
だが、結局最後まで大きな問題もなく、アルセによるダンジョンの案内は無事終了したようだ。
そして、二日後。
ついに隠しダンジョンの情報が公開された。
救世軍後援委員会の会見が、今も壁に映し出されている。
こちらはあくまで一般市民に向けての説明なので、隠しダンジョンの危険性や特徴、攻略に参加するパーティなどを、おおまかに紹介する形だ。正確な報道というよりは、イベントを盛り上げるために、大げさに表現を誇張した宣伝の感がある。
それとは別に、僕たちには、きちんと詳細な隠しダンジョンについてのレポートが配布されていた。
「……では、昨日の件を踏まえた上で、隠しダンジョンの攻略について話し合いたいと思う」
例の巨大ベッドの上で車座になり、一通りみんなでレポートに目を通した後、テルマがそう切り出す。
「えっと、まずレポートに記された情報を整理すると、今回の隠しダンジョンは、通称『霧の迷宮』。規模は60階層前後と推測される。細く複雑に入り組んだ通路が特徴のダンジョンで、トラップはその名の通り、霧など探索者を迷わせて混乱させるタイプのものが多い。出現するモンスターの強さは普通だけど、潜伏型が多いので不意打ちや奇襲に注意。ダンジョンマスターは不明。ここまではいいかな?」
僕はレポートを読みながらとったメモを読み上げる。
「はい。でも、もし仮にアルセさんが魔族であった場合、それを支援している救世軍後援委員会の人たちも怪しいってことになりませんか?」
ミリアが頷きつつ不安げにレポートを眺める。
「だとすると、このレポートも全然信用できなくなるわよね」
リロエが胡散臭げにレポートをめくる。
「まあ、その件については問題ないと思いますわ。ワタクシが昨日盛り場で隠しダンジョンの調査に参加した冒険者から入手した情報と、矛盾はありませんもの」
ナージャがそう請け負う。
「吾も知り合いの情報機関の者を当たり申したが、レポートの内容に偽りはないかと思いまする」
レンが同意するように頷いた。
「じゃあ、レポートの内容が正しい前提で話を進めるよ。みんなは、このまま霧のダンジョンの攻略に参加することについてどう思う?」
「率直に言って、怖いです。何を企んでいるかわからない、魔族の可能性がある人と視界不良な迷いやすいダンジョンに潜るなんて、どう考えても危険じゃないですか……」
ミリアが即答した。
「――財宝なければ火傷もなし」
スノーがぽつりと呟く。
君子危うきに近寄らず、みたいなことかな?
「ま、結局一昨日も何もなかったし、ウチら――っていうかその子の早とちりの可能性も高いけどね」
リロエが僕の風精霊に半信半疑の視線を向ける。
『だから本当だって! このわからずや! 洗濯板! ばーか! ばーか!』
「まあ、一昨日ダンジョンを攻略することになったのは、たまたまあの場に僕が居合わせた流れからの偶然の成り行きだから、アルセさんが仮に何かを企んでいたとしても、あの場で仕掛けてこなかったのは当然だと思うよ。とりあえずは、最悪の状況を想定して話を進めようよ」
僕はそう言って、いじけたように懐に飛び込んできた風の精霊を慰めるようにその頭を撫でる。
「うーん。安全策を取るなら、今すぐアレハンドラから出て行くのが正しいんでしょうけど。そう簡単にはいきませんよね? テルマさん」
「直前の任務キャンセルにはそれ相応の違約金が発生する。もちろん、命には代えられないから、個人的にはキャンセルしても良いと思うけど」
ミリアに水を向けられたテルマが、冷静に答える。
「じゃあ、姉様。一瞬だけダンジョンに潜って、一階層ですぐ引き返してくるのはどうですか? 別にウチらが何階層まで攻略しなきゃいけないとかいう義務はないんですから、一応参加したという建前だけあればいいんじゃ……」
「理屈の上では不可能ではないけど、それはタクマたちのパーティの信用を大きく落とすことになるからかなりお勧めできない作戦。キャンセルするより、任務を受けておきながら怠業するのは、なお依頼主の印象が悪くなる。正直に言って、今後の仕事に響くと思う。なら、いっそのこと違約金を払ってキャンセルした方がマシ」
テルマが、リロエの案に首を横に振る。
「駄目ですわ! 今回の任務は簡単でおいしいだけに、逆に違約金の設定は高めでしたもの! あんな額を持っていかれたら、ワタクシたちのハネムーン計画が台無しですわ!」
ナージャがベッドをポスポス叩いてそう凄んだ。
「うーん。うーん。じゃあ、えっと、いっそのこと、アルセさんが怪しいって、他の参加者や街の人に教えちゃえばいいんじゃないでしょうか。アルセさんが黒でも、レポートが正確だったということは、後援会の人たちまでが黒とは限りませんよね。よくない噂が広まって、主催者の人の方から危ないから中止、ってことにしてもらえれば、丸く収まるのでは?」
ミリアが腕組みしてうんうん考え込んだ末、そんな案を出した。
僕たちの方から断れないなら、向こうから断ってもらえばいいという考えか。
「それは厳しいんじゃないかな。街全体で勇者一行を応援しているような状況でアルセさんを告発しようものなら、むしろ僕たちの方が魔族扱いされかねないよ。
僕は首を横に振った。
アレハンドラでは権力機構や民衆を含め、街全体がアルセの味方だ。
ましてや興行まで絡んでるとなれば、後援会側は、金の卵の勇者への誹謗中傷を徹底的に潰してくるに違いない。
もし本当にアルセが敵なら、他のパーティに警告してやりたいと思うが、僕の精霊の発言以外に現段階では何の証拠もない以上、実質的には不可能だ。
「結局、リスクを取るか取らないかの問題。推測では絶対的に正しい答えは導き出せない」
テルマがまとめるように呟いた。
そろそろ意見も出尽くしたか。
「じゃあ、とりあえず決を採ろうか。霧のダンジョン攻略の任務に参加することに、賛成の人」
「ワタクシは賛成ですわ! ドラゴンの巣に潜らなければ、財宝は手に入りませんのよ!」
ナージャが勢いよく手を挙げた。
「1名ね。じゃあ、反対の人」
僕も含め、それ以外の全員が手を挙げた。
「6対1で反対の勝ち」
テルマが票をまとめる。
「こんなの多数決の横暴ですわ! ワタクシは認めませんわよ!」
ナージャがベッドに大の字に寝転がり、聞き分けのない子どものように手足をバタバタさせる。
「そう言っても、仕方ないじゃない。ウチも本当にあの娘が魔族なのかは微妙だと思うけど、命は一つしかないのよ? ヤバいかもしれないって事前に分かっていたのに突っ込んで死んだら、あの世で後悔するわ」
「然り。生きておれば命を懸ける機会もござろうが、今は明らかにその時ではござらぬ」
リロエとレンが諭すように言う。
「理屈ではもちろん分かっておりますわよそんなこと! でも、感情が納得できないんですの! ダーリンなんとかしてくださいまし!」
ナージャはそう叫びながら寝返りを打ち、僕の腕にすがりついてくる。
「ええ……。僕?」
「もちろんですわ! 一人の嫁も残らず幸せにしてこそ、夫の甲斐性というものでしょう! 今のままではワタクシは不幸ですわ! いいんですの!? ハネムーンで嫁を不幸にして! このままじゃ『女殺』の名折れですわよ!」
ナージャがよくわからない脅迫をしてくる。
不本意な二つ名を返上できるなら喜んで――と言いたいところだが、せっかくの旅行がこんな形で終わるのは、僕としても残念なことだ。
「……うーん。じゃあ、やっぱり隠しダンジョンに潜ろうか? 一応、考えがないでもないけど」
僕は一瞬躊躇してから、そう呟く。
「本当ですか!?」
ミリアが目を輝かせて尋ねる。
彼女だけでなく、他のみんなも興味津々と言った様子で僕を見た。
多くが霧のダンジョン攻略作戦への参加に反対したとはいっても、やっぱりみんな、本音ではこのままハネムーンを続けたいと思っているんだな。
夫云々関係なく、みんなが喜んでくれるなら、試してみる価値はあるか。
「要は僕たちの身が確実に安全で、かつ、そこそこ真面目に隠しダンジョンを攻略しようとしたっていう実績が残せればいいんだよね」
「もちろん、そうだけど……。そんな都合のいいことができる訳?」
リロエが疑念と期待の入り混じった声色で問うてくる。
「多分、できると思う。もっとも、完璧ではないよ。多少はパーティの評判が落ちる可能性が高いし、僕の力だけでは難しいから、今の時点では、はっきりとは断言できないんだけど――」
そう前置きした上で、僕は胸に秘めていた作戦を皆に説明するのだった。
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