第135話 表敬

 翌日。


 僕はホテルまで迎えに来てくれた車に乗って、独りで都長を表敬訪問した。


 例の街の中心にある尖塔の一部が、公的機関のオフィスとなっており、僕は都長に連れられて、街の素晴らしい管理システム等々について諸々の説明を受けた。


 初めのうちはもの珍しさもあって楽しく見学できていたのだが、後半は都長が細々こまごまとした自身の功績を語り出して、ちょっと辟易した。


 どこそこの道が何メートル広くなったとか、失業率が0・云パーセント改善したとか、日常的にここに住んでる人にとっては重要なことなのかもしれないけど、旅行者である僕にとっては些事なので、適当に相槌を打つことしかできなかった。


 その後は、これまた尖塔のワンフロアで、立食形式のパーティーが僕を待っている。


 マニスの資本が入っている商会、冒険者ギルドの幹部など、公的機関と僕、双方にとっての利害関係者が招かれ、歓談しながらの食事をするということらしい。


 その中には、当然、『救世軍後援委員会』も含まれている。


「タクマ殿、こちら、救世軍後援委員会 会長のアルベルト=シューバッハ氏です」


 何人かと挨拶を交わした後、都長が、痩せぎすの中年男性を紹介する。


「ああ! 僕に依頼をくださった方ですね。タクマ=サトウです。ご挨拶が遅れましてすみません。今日中にでもそちらに伺いたいとは思っていたのですが」


 僕は無難な言葉を吐きながら、一礼する。


「いえいえ。むしろ、昨日の内にこちらからご挨拶に伺うべきでしたのに大変申し訳ございません。早ければ明後日にでも勇者様が到着されるとの報告があり、色々立て込んでおりましてな」


 会長も深々と礼を返してきた。


「へえ。勇者様がいらっしゃるんですか。一体どのような方なのでしょう? もちろん、マニスにも勇者様のご活躍の評判は届いてはおりますが、何分田舎者で、正確なところを知らないのです」


 僕は何とか会話を広げようと思い、そう尋ねた。


「そうですね。そのお力はもちろん、勇気と慈愛に溢れ、明るく、誰にでも親しみやすいお人柄です。まさに勇者とはかくあるべし、という御方かと」


 会長が毒にも薬にもならない論評をする。


 まあ、実際の勇者がどうであれ、この人も立場的に滅多なことは言えないのだろう。


「なるほど。さすがは勇者様ですね。僕ごときが先んじるのは中々厳しそうだ。これは早めに隠しダンジョンの攻略に関する相談をさせて頂いた方がよさそうです」


 僕は冗談めかして言う。


「隠しダンジョンの攻略の条件はなるべく平等に、ということで、勇者様が到着された後、攻略に参加される英雄の皆様方に、同時にこちらが把握している情報を開示させて頂きます。もちろん、先に到着された方々が個々人で情報収集して頂く分には一向に構いませんが」


 会長が申し訳なさそうに答える。


 招待状には『早急に危難に対処しなければならない』とか書いてあったので、発言に矛盾がある気もするが、突っ込んでも誰も得はしなさそうなので何も言わずに流した。


 ともかく、やはり皆で推測していた通り、興行ありきの隠しダンジョンだということは間違いなさそうだ。


「いやはや、タクマ殿は職務に非常に熱心ですな。私もアレハンドラの都長として、この度の隠しダンジョンの殲滅を全面的にバックアップしております。付近の住民の避難はもちろん、彼らの生活の保障も万全です。また、当該区域の閉鎖に伴う税収減は、後援会の皆様から寄付で補い、都の財政を全く損なうことなく――」


「ご歓談中の所、大変失礼致します! 会長、ちょっとお話が――」


 また都長の長いお話を拝聴しないといけないのかな――とうんざりしていた所に、息急き切って、一人の若い男性が駆け込んでくる。


「落ち着きなさい。タクマ殿の前で失礼ですぞ。一体、どうしました?」


「はい! 勇者ご一行様がアレハンドラに到着されましたので、どうしても会長にご報告しなければと思いまして!」


 男が呼吸を落ち着けながらそう報告する。


 会場が一気にざわめいた。


「なんと。もう着かれたのか。予定より早いではないか」


 会長が目を見開く。


「はい! 隠しダンジョンの存在をお知りになってから、勇者様は一刻も早く、アレハンドラを危難から救うべく、強行軍で旅程を早められたご様子です」


「むむむ……。なるほど、勇者様らしい。しかし、私は今、こうして取り込み中だ。副会長はきちんと対応しておるのだろうね?」


「はい。無論、もう動かれておりますが……」


「――あの、もしよろしければ、昼食会を一時中断し、皆で勇者様を迎えに参りませんか?」


 口には出さないが、みんな勇者の元に駆けつけたそうな雰囲気を醸し出しているので、僕は空気を読んで、昼食会の切り上げを提案した。


 実際、僕自身、勇者をこの目で見てみたいという気持ちも嘘ではない。


「しかし、タクマ殿、本当によろしいのですか?」


「ええ。勇者様を育んだのがアレハンドラならば、その勇者様を拝見することも、アレハンドラの文化を見学する一環かと存じますので」


 都長の確認に、僕はそれっぽい理屈で答える。


 少なくとも、中身のない会話や施設見学に終始するよりは勉強になるだろう。


「さすがタクマ殿は人間ができていらっしゃる! 私は大いに感動しました!」


 会長が大げさに手を叩く。


 それに合わせるように会場に拍手が巻き起こった。


「では、今、公用車を出させます! 是非、タクマ殿も、私やアルベルト氏とご一緒に勇者様をお出迎えください!」


 都長はそう言うと、近くに侍っていた部下らしき男性にテキパキと指示を下す。


 こうして僕は、急遽、勇者を出迎える人たちに同行することになった。


 尖塔から、天蓋のないオープンタイプの車が出発する。


 街の入り口付近に着く頃には、沿道に噂を聞きつけた人々が押し寄せて、異常な混雑を見せていた。


 警備の職員の人たちが、ロープや魔法で必死に規制線を構築し、好奇心旺盛に身を乗り出す人々と、一進一退の攻防を繰り広げている。


 彼らが必死に空けてくれた道を、車はスイスイと進んでいった。


 溢れる人々は地上だけではなく、家の屋根や空中にも及んでいる。


 精霊魔法を使うエルフや高価なマジックアイテムで浮遊した人々が、こちらでも今や遅しと勇者を待ち構えていた。


(あっ。リロエたちもいる)


 慣れ親しんだ顔を見つけ、僕は首を上向きにしてアイコンタクトを取る。


 向こうもこちらに気付いて手を振ってきた。


 やがて車が停止し、道路にぞろぞろと街のお偉方が降りる。


 手に花束やなにやらを持って、横一列に歓迎の陣形を組む彼ら。


 僕もその一番端に加わって、じっと入り口の一点を見つめた。


 やがて姿を現す、威風堂々立派な装備を揃えた総勢七人の人影。


 そのパーティの先頭に立つのは、ベリーショートの黒髪を持つ、快活そうな印象を与える少女だ。


「みんなー! お出迎えありがとー!」


 にこやかに手を振る少女。


「お帰りー! アルセ!」


「よっ! アレハンドラの『勇者』!」


「世界を救ってくれえええええ!」


 沿道から投げかけられる無数の歓声。


 待ちに待った主役の登場に、世界の中心たるこの街で、世界一の熱狂が始まろうとしていた。

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