第133話 世界の中心

 三日後。


 諸々の準備や、関係者への挨拶を済ませた僕たちは、アレハンドラへと出発した。


 空路で十日。


 いくつかの街を経由しながら、カリギュラとは逆方向に進むと、やがてそれは見えてきた。


 まず目につくのは、都市の中心にそびえる、巨大な尖塔だ。


 どこまで続いているのか――空を飛んでいる僕たちの目線よりもはるか高く、雲を突き抜けて宇宙まで届きそうな勢いだ。


 テルマの持っていた情報誌によると、尖塔は、最初は地下のダンジョンの管理のために、5階層くらいの常識的な範囲内の高さで建てられたのだが、時代を追うごとに技術が進歩して、どんどん増築され、今の形になったのだという。


 十階層くらいまでは公共の用を為すために都が所有しているが、上層は普通に商用として解放されているとのことで、特に住居部は、掛け値なしの世界一の高級物件であり、その最上階に住まうのは、全ての冒険者にとっての憧れ――らしい。


 まあ、僕からすれば、昇り降りするのがめんどくさそうとしか思えないのだが、魔法的なエレベーターとかでもついているのだろう。多分。


 その尖塔を中心にして放射状に整備された街路は、歯車にも似た形状で、カリギュラのようなある種の合理主義的な思想を感じられる。


 しかし、どこか冷徹な印象を与えるカリギュラのそれと違って、アレハンドラの街並みには温かみがあった。


 人を拒むような城壁が存在しないということがその一つの理由だろうが、主な要因は街に『あそび』があるからだろう。


 湖や整備された人工林、小高い丘など、自然を活かした憩いの場が所々に配置されているそれが、堅苦しい印象を緩和してくれているのだ。


 都市の規模は、今まで僕が見て来た他の異世界のそれと比べても格段に大きく、目算でマニスの20倍以上の規模があるだろうか。


『警告! ここから先はアレハンドラの領空内です! 入都するには、管理局で正規の手続きを踏んでください!』


 そんな街の魅力に惹かれるようにフワフワと近づいていった僕たちの行く手を、緑色のベールが阻む。


 同時にポップアップしてくる、赤色の警告の文章。


 魔法の光らしいそれは、明滅しながら、やがて矢印へと変化し、ご丁寧に地上の管理局の位置を示してくれていた。


 どうやら、アレハンドラの入り口へと続く橋の前にある、白亜の建物がそれのようだ。


「――っと。危ないわねえ! っていうか、これって、もしかして、ウチらの里にあった結界と同じ?」


 動きを止めたリロエが、そう言って目を見開く。


「そうみたいだね。でも、なんというか、さらにもう一工夫、二工夫ある感じだけど」


 僕は呟いた。


「言うまでもないことでござるが、いくつかの飛び道具が吾共を狙うてござる。無体な行動を慎まれますよう」


 レンが周囲に視線を配りながらそう注意を促した。


 よく目をこらさないと分からないが、僕の視力でも、地表に黒い突起が突き出しているのが見える。何かあれば僕たちをすぐに攻撃できる体制が整っているのだろう。


 上手くいえないが、エルフの里の結界をさらにバージョンアップしたような感がある。


「アレハンドラには、はるか昔から進歩的なエルフが進出して現地に根付いている。その知見が都市の防衛システムに提供されて、他の種族が持つ技術と混ざり合って今の形になったのだと思う」


 テルマが興味深げに呟く。


 アメリカのように、有能な移民が寄り集まって発展してきた都市ということなのだろうか。


 地球の基準で考えていいのか分からないけど、もしアレハンドラにアメリカくらいの国力があって、さらに地球のそれにはない歴史まで持っているなら、まさに『世界の中心』の看板に偽りなしという感じがした。


「ともかく、さっさと地上に降りて、手続きを済ませましょう。スイートルームがワタクシたちを待っていますわ!」


「ですね!」


「……(コク)」


 他の仲間たちが、期待を隠し切れない様子で声色を弾ませる。


 僕たちは警告に従い、結界の手前で地上に降り、徒歩で管理局へと向かった。


 建物の外まで、ものすごい行列が続いている。


 やはり、『救世軍壮行会』目当ての旅行客や行商が殺到としているせいだろうか。


 僕たちは列の最後尾に並ぶ。


「こんにちは。私は入都管理局の者です。手続きの迅速化のため、入都の目的や各種税金についての記入をお願いしております。どうぞご協力ください」


 列の整理をしていた男性が、ギルドカードに似た身分証を提示しつつ、僕たちに石板を差し出してくる。


 先に記入した痕跡がないところをみると、マジックアイテムなのかもしれない。


「こんにちは。タクマ=サトウと申します。この度、救世軍後援委員会様より、隠しダンジョン攻略の件でお招きに預かり、こうしてまかり越した次第です」


 僕は石板に自分の名前を記しながら、招待状を係の人に見せる。


「これは大変失礼しました! タクマ=サトウカリギュラ辺境伯ご一行様ですね。どうぞこちらへ!」


 係の人は僕たちを先導して、建物の裏へと連れて行った。


 どうやら賓客扱いの人間は別枠で手続きができるらしい。


 特別扱いされるのはあまり好きではないのだが、断ると逆に係の人を困らせそうなので、そのまま受け入れる。


 諸々の手続きを終え、ジュースを頂きながら係の人と観光名所などについて雑談していると、やがて別の男性が部屋に入ってくる。


「お待たせしました。タクマ=サトウ辺境伯とご一行様。そのままお進みください。アレハンドラ都長がお出迎え致します」


 その男性に案内されるがまま、僕たちはアレハンドラ市の入り口へとやってきた。


「ようこそ! アレハンドラへ! 私は都長のシラク=メディウムです。お待ちしておりました!」


 チョビ髭で小太りの男性が、両手を広げて僕を歓迎する。


 ちなみに、アレハンドラは民主制を取っているらしいので、日本で言うなら都知事的なポジションの人だろうか。


「これはご丁寧に。僕はカリギュラ辺境伯でマニス名誉市民のタクマ=サトウと申します。この度は歴史あるアレハンドラを拝見する機会を頂き、とても嬉しく思います」


 肩書を名乗るのはかなり恥ずかしい。


 でも、フロルさんやシャーレからそうするように言われているので、仕方なく僕はそう挨拶した。


「こちらこそ、英雄の誉れ高きタクマ=サトウ殿を迎えることができ、大変光栄です。では、早速ではございますが、本日はどうされますか? 私としては、日々都市の発展に尽力している都職員の仕事ぶりなどをご覧頂きたいと考えているのですが」


「そうしたいのは山々なのですが、旅の疲れもありますので、また明日伺うという形で構いませんでしょうか」


 僕としてはただ一介の冒険者としてふるまいたくても、その上に色んな立場が乗っかってくると、好き勝手にする訳にもいかない。


 カリギュラやマニスから預かった親書を手渡したり、関係各所に挨拶したり、いわゆる表敬訪問という仕事をこなさなければいけないらしい。


 しかし、明らかに退屈そうなイベントに、他の仲間を付き合わせるのも心苦しいので、そういう面倒事は僕一人で片付けるつもりだった。


「もちろんです。それでは、本日よりご宿泊頂く『グリーンウッドホテル』にお連れ致しましょう」


 都長がそう言って指差したのは、銀色でパソコンのマウスのような形をした、流線形の車だった。


 しかし、それを引くはずのホーシィやバッロなどの動物は見当たらない。


 都長が近づくと、車の側面部が自動でパカッと開く。


「さっ。どうぞ。お乗りください」


「失礼します」


 都長に促されるまま、僕たちは中に入って、フカフカのクッションに腰かけた。


「わーすごいですねー! 私、こんな乗り物初めて見ましたー」


「さすが、アレハンドラの技術力」


 ミリアとテルマが、感動の面持ちでそう囁き合う。


 僕たちが全員乗り込むと、また扉が自動で閉まった。


 瞬間、車体が透明に変わり、外の景色が見えるようになる。


 いや、外から見た時は銀色だったから、スモークガラスみたいな感じで、外から中は見えないが、中から外は見える仕組みになっているのか。


「君。グリーンウッドホテルまで頼む」


「かしこまりました――『大いなる力には、大いなる責任が伴う』」


 運転手らしき男性が呪文を呟くと同時に、音もなく車が地面を滑りだす。


 運転は、飛行機の操縦桿のようなハンドルでするらしい。


 速度はせいぜい20~30kmという所だが、それでも並のホーシィが引く車よりはずっと速い。


 なにより素晴らしいのは、乗り心地だ。


 この手の車に付きものの、突き上げるような揺れが全くない。


「これは素晴らしい車ですね。どういった原理で動いているのですか?」


 僕は思わずそう尋ねる。


「雷系統の魔法と大地の魔法を組み合わせているそうです。叡智神ソフォス様が残した理論を元に三代前の市長の時代に実現したものですが、私は生憎、魔道技術には疎いもので……。これ以上の詳しいことをお知りになりたければ、専門の職員を紹介させて頂きますが」


 都長は謙遜しつつも、どこか誇らしげにそう提案してくる。


「いえ、大丈夫です。少々気になっただけですから」


 僕は首を横に振る。


 単なる好奇心で職員の人の手を煩わせる訳にはいかない。細かな技術論を語られても素人の僕に理解できるはずもないし、それにどうせ核心の技術は秘密事項だろうから、本当に聞きたいことは教えてもらえないだろう。


 とりあえず、リニア的な原理だとでも思っておくとしよう。


「見て見て! 建物の壁が海になってる!」


 リロエが興奮気味に窓の外を指さした。


 30階建ての高層ビルの壁面を、小魚の群れが泳いでいる。



 次いで平屋の屋上から浮き出たクジラにも似た巨大な生き物が、僕たちの車ごとそれを呑み込んだ――と思ったら吐き出して、床で腹を胸ビレで押さえながらのたうち回り――やがて消え失せる。


『胃の不調には、メディス商会の爽草薬 12種類の薬草を独自配合』。


 どうやらCMだったらしい。


「幻影魔法の応用でござるな。カリギュラでも試験的な導入は試みられてござったが、本場には敵いませぬ」


 確かにカリギュラの貴族街で、家を装飾するのに、似たようなものは見たが、こちらは規模が違う。


 まるで街全体が一つのキャンバスになったようだ。


「――すごい着こなしをしますわね。この街だからなんとなく許されますけれど、あんな格好マニスでやったら、物笑いの種になりますわ」


 ナージャが、複雑な表情で街行く現地住民らしき女性を見遣る。


 その女性は、全身ピッチピチの銀色のタイツをはき、余った布が頭上で傘のようになっていた。


 ファッションは個人の自由だと思うが、僕的にはまるでビッグマッシュルームに人が食われているかのような滑稽な姿に見えてしまう。


「特殊な糸で織られた外套で、最近流行っているのです。熱や冷気を溜めこむ特殊なマジックアイテムの糸を使っているので、夏に熱を溜めこみ、冬にそれを放出すれば、あれ一着で一年中対応できるので、便利ではあるのですが……」


 都長が苦笑して言った。


 若者限定で流行っている奇抜なファッションということだろうが、それにしてもすごい。


(なんだろう。この街は、ファンタジーというより、むしろSFっぽい?)


 その瞬間、僕はふと、何かの小説で読んだ言葉を思い出す。


『高度に発達した科学は、魔法と区別がつかない』


 ならそれは同時に、『高度に発達した魔法は、科学と区別がつかない』とも言い換えることができるのかもしれない。


 僕が頭の中でそんな言葉遊びをしている内に、車はグリーンウッドホテルのある人工林の中へと、その銀色の車体を滑り込ませていった。

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